59 宝石の夜
その空間は美しかった。
「宝石に酔う夕べ」と銘打った夜会は、広い庭園の中で催された。周囲の松明を極力減らし、そこここに置かれた大小の台や卓の上に、様々な宝石が飾られている。
凝った細工の首飾りや王冠のような装飾品もあったが、結晶した時のままの原石も多く、色も形も様々で不思議な世界を醸し出している。
そして宝石を最も効果的に輝かせるように、極小さな明かりが側に置かれていた。その光を拾った石は光を様々な角度で放ち、庭に咲く夏の花や木の葉に反射する。
今夜は曇っているので空には星は見えなかったが、それさえも地上の星を際立たせるための演出のようだ。庭園はさながら幽玄の世界で、その中にいる者はまるで星の海に迷い込んだ錯覚さえ覚えた。
庭園の真ん中によく茂った大きな木があった。その下の小道には辛うじて小さな蝋燭が灯され、光の道を浮かび上がらせている。向こうのやや高くなった場所には小さな四阿があり、何か置かれてもよさそうなものなのに、そこだけはなぜか空っぽだった。
「なんて幻想的な光景かしら!」
「この水晶の結晶は大きいわねぇ。まるで槍のようにあちこちに突き出しているわ」
「不思議な金色だ、まるで自分で発光しているかのようだな」
あちこちで客たちがさざめいている。
招かれた客はそう多くはない。展示品が高価なものだけに、身元の確かな人物が多いようであった。
彼らはゆらゆらと薄青い空間を漂っている。
「客層はまずまずだな」
ティガールは油断なく四方に目を配りながら呟いた。
庭に入れるものは招かれたものだけだ。その上、屋敷に連れてくる従者も二人までと決められていた。だから、ティガールは側近のオセロットとヒューマだけを伴ってきていた。ただし、屋敷の直ぐ側に目端のきくウンピョウと数人の衛士を潜ませている。
「だが、どうも妙な雰囲気だ。俺たちはまるで舞台の上を歩く俳優の役割をさせられている」
「あなたにそんな例えができるとは思わなかったわ」
レイフェリアは悪戯っぽく微笑んだ。しかし、彼女もその言葉が的を射ていると感じている。
──こんなに綺麗なのに、どうも落ち着かない、落ち着けないわ。
庭の横には料理や飲み物が並べられた広間がある。しかし、庭園に明かりが漏れてこないように、帳で仕切られてあり、そこから出てくると一層不思議な感覚に陥ってしまうのだ。
「ようこそお越しくださいました、レイフェリア姫……それから南方領主後継殿」
どこからともなく現れたファハルが、いつものように丁寧な所作で辞儀をする。彼の服装もこの前会った時と同じような黒づくめのものだったが、あちこちにきらりと光る石が縫い込まれている。
「お招きありがとうございます。とても美しくて不思議な雰囲気ですわね」
レイフェリアは礼儀正しくあいさつしたが、ティガールは軽く頭を下げただけだ。しかし、ファハルは彼のほうを一瞥もしなかった。彼はレイフェリアだけを見つめている。
濃い、闇色の瞳で。
「そうでございましょう? 私と私の祖先が大陸のあちこちから集めた石ばかりでございます。まずはこれを」
そう言ってファハルは、手品のように取り出した紫の花をレイフェリアに差し出した。
「まぁきれい。これはなんですの?」
「絹で作ったただの造花でございます。真ん中に石がはまって綺麗でしょう? ご出席くださったご婦人の腕に巻くように差し上げてるのですよ。ほら皆さん、色とりどりの花をつけていらっしゃる」
レイフェリアの躊躇いに先んじてファハルは尚も言い重ねた。
確かに薄闇の中でぼんやり光るものがある。宝石の輝きより弱いからさっきはあまり気がつかなかったが、言われてみれば女性の陰には花がくっついていた。はめ込まれた石は色が違い、それが松明の光を吸って花弁を照らしている。ゆらゆらと動いて見えるのは、身につけた婦人たちがそぞろ歩いているからだろう。
「庭が暗いのでね、同伴の殿方にご自分のお相手を見分けていただこうと思って。今宵の趣向です。姫もどうぞ、お手を」
そこまで説明されては断れない。レイフェリアが仕方なく左腕を差し出した。
「俺がつける」
ファハルがレイフェリアに花の腕輪をつけようと身を屈めるのへ、ティガールは割り込んでさっさと腕輪をつけてしまった。この暗い中で器用なものである。
「あ……ありがとうございます」
「よくお似合いです。ゆっくりお見回りください。後で本当のご婚約の祝いの品をお贈りしたいと思います」
そう言ってファハルはレイフェリアに微笑むと、丁寧に頭を下げて行ってしまった。
「……どうも胡散臭い男だ。お前を見る目つきが気に入らない」
ティガールがその後ろ姿に眉をひそめる。
「そうね。でもあの方こそ何か目印をつけたらいいのに。真っ黒の服だから庭に下りたらわからなくなるわ」
「あんな奴のことは考えるな」
「ヒューマとオセロットは? ホールで別れたきりだけど」
あの二人が大人しく従者用の控え室で待機しているとは考えにくい。
「オセロットはこの屋敷の使用人からそれとなく情報を聞き出しているだろう。ヒューマあたりは、ひょっとしたらどこからか、俺たちを見ているかもしれない。あいつはすばしっこいからな」
「そう……私たちも庭を一通り見て見ましょうか。あなた夜目がいいでしょう?」
「そうだな。それに鼻も利くぞ。真夜中前には雨になる」
「ほんとう? そういえば月は雲に隠れているわね」
「隠れていても月はある。今夜は立待月だ」
「立待月ってなぁに?」
「満月から二日経って、ちょっとだけ欠けた月のことを言う」
「へぇ~、ティーって案外物知りなのね」
二人は仲睦まじげな様子を見せながら庭園を歩き回った。何人か声をかけてくる者達もいたが、皆ティガールの知り人のようで、特に怪しく感じる人物はいない。若い娘は松明に照らされた美丈夫を気にしてちらちらと視線を送っているようだった。
「ティーはモテるのね。娘さんたちが見ているわ」
「冗談だろう? 男に見られているのはフェリアだ。俺は今すぐにも帰りたい」
「それはだめよ。何も探れなくなるわ。もう少し庭を眺めていましょう。主は何を考えているかわからないけれど、趣向だけは素敵だわ」
宝石と花が闇に浮かび上がった庭は本当に美しく、元々鉱物が好きなレイフェリアは、ここが東方領主の屋敷でなかったらもっと楽しめるのにと残念だった。
「屋根に兵士が隠れていたり、物陰に武器が仕込まれている様子はない。妙な匂いもしない」
鋭敏な感覚を研ぎ澄ませて、辺りを警戒しているティガールだが、今ここに物理的に彼を脅かせる敵はいないようである。
「だが、俺が奴から受ける印象は蛇だ。静かにゆっくり辛抱強く獲物を狙い続ける」
「ええ。でもファハル様は確かご家族がいらっしゃるのよね?」
「ああ。数年前、領主となってすぐに妻を娶っているはずだ。俺も一応親父殿の名代で参列した」
「どんな奥方様だったの?」
「覚えてない。服は立派だったが、なんの印象もない」
「あなたらしいわね。でも、ご家族は王都にはいらっしゃってないのかしら? お子様はおいでなの?」
「知らない」
これ以上ティガールに尋ねても無駄だと知ったレイフェリアは、もう少しじっくり考えて見ることにした。
──今までのことを考えてみても、東方領主が南方の領土を狙っているのは確かだろう。そしてティーを嫌っていることも何となくわかる。どう見ても合わない二人だもの。
これは現在のこと。そしてもう一つ過去の疑念がある。
──七年前、東方領主が叔父と結託して私の父を陥れたと仮定するとしても、彼の利益は何もなかったはず……よね。私は何か間違えたのかしら? 父の事とファハルは無関係だったのだろうか?
「フェリア、何かが始まるようだ」
レイフェリアが考え込んでいると、ティガールがそっと背中を押した。見ると、客たちが誘導されて中央の小道の付近に集まっている。レイフェリア達も用心しながらその中に混じった。
「今宵は我が家の秋の宴にお運びくださり、ありがとうございます。お集りの皆様、我が趣向を楽しんでいただけているでしょうか?」
いつの間にか姿を現したファハルが、松明の下に立っていた。
「そして方々、今宵は特別なお客様がおいでくださっています」
ファハルはそう言いながら芝居がかった様子で片手をこちらに差し向けた。
「そちらにいらっしゃるのは、南方領主後継ティガール閣下と、その婚約者レイフェリア姫です」
人々が一斉に振り返る。
こんな趣向があるとは聞いていなかったレイフェリアは驚いた。ティガールも驚いているようだ。しかし、賓客を前に不適切な振る舞いはできない。おそらくそれも考えてのことだろう、ファハルは松明の下でゆったりと微笑んでいる。
「お二人には心からの祝辞を! そして私から心ばかりの祝いの品を、この美しい恋人たちに捧げたいと思います」
客たちから拍手が巻き起こる。近くにいた客たちからは「おめでとうございます」と、挨拶をされた。
二人は失礼のないように応じながらも油断なく身構えていることしかできない。
「さぁ、ご覧ください」
ファハルは芝居がかったような仕草で辞宜をする。その片方の手は水平に先の四阿を示していた。
見ると、空っぽだった奥の四阿に優雅な台座が置かれている。その上には何かが飾られているようだ。すぐに柱の燭台に明かりが灯され、中が明らかになった。
先ほどはわからなかったが、四阿の中は花々で美しく飾られていた。真ん中の台座の上にはレイフェリアの拳ほどもある桃色の宝石が輝いている。
「おお!」
「あれは!」
それは「石の薔薇」と言われる、結晶が幾重にも重なった非常に珍しい宝石だった。いくつもの花を固めたような宝石に客達はため息を漏らす。
「レイフェリア姫、どうぞお受け取りください。ですが、少し重いかもしれません。南方領主後継殿、あなたが台から下ろして差し上げてくださいますか?」
周りの紳士淑女は上品な拍手をした。
ティガールが細い小道を油断なく進む。小道の脇にはごく小さな蝋燭が灯されているから、その通りに歩いていけば良い。
下からの光を受けて豪華な髪の男が雄々しく進む。皆、それに見惚れた。
レイフェリアの周りには遠慮があるのか、人々はやや離れ小さな空間ができている。
そして、ティガールが中央の大きな木の下を通った時。
ガシャーン!
いきなり大きな金属音と共に、大きな檻が彼の上に降って来たのだった。




