41 告白
「……あっ!」
レイフェリアが飛び起きた時、すでに陽は高く上っていた。
気がつくとここは借りていた離れの小部屋で、自分はちゃんと寝台で寝ている。どうやら一人きりのようだ。ティガールはあれからどうなったのだろうか? ヒューマは昨夜は戻らなかったのだろうか?
──私だけここに運んでまた出て行ったのかしら?
服は身につけたままだったので、急いで水盤で顔を洗い、外に出る。そして出るなり、村長宅のおかみさんとばったり顔をあわせてしまった。
「まぁあんた!」
「お、おはようございます。あの、すみません……私の連れはどこに」
なぜか驚いた様子のおかみさんに、レイフェリアはどう返したらいいかわからず、とりあえず手近なところから尋ねてみる。
「それが奥さん、大変だったんですよ! 昨夜は!」
「……お、おくさん?」
それが自分のことを指すのだと飲み込むまでにいくらかかかったが、おかみさんの言葉から、昨夜の捕物で村が大騒ぎになっていることは理解できた。
「そういえば昨日なにやら騒がしかったようですね。私は疲れてずっと眠っていたのでよく知りませんが」
「ええ、そうなんですよ。昨日、旅芸人の話をしたでしょう? その芸人の一座が実は悪い一味だってことがわかったらしく、昨夜遅く警備隊がやってきて、全員捕まえちゃったみたいなんですよ! 私も主人から聞いてびっくりです」
「まぁ、驚いた。ウ……ウチの人も、その公演を見に行ったはずなんだけど。怪我はなかったのかしら?」
レイフェリアもなんとか話を合わせて驚いて見せた。
「いえ、旦那さんは大丈夫そうでしたよ。なんだか出ていったときと服が違ってましたけど」
「……」
確かにあのまま獣に変異してしまったら、着ていた服はダメになっただろう。おそらく、レイフェリアが眠ってしまってから人型に戻ったのだ。そして部屋に寝かせた後、急いで服を着たのに違いない。当たり前のことだが、レイフェリアはその瞬間を見逃したことを残念に感じてしまった。
──てことは、私は裸の彼に抱かれて戻ってきたのね。なんでそんな時にぐっすり眠ってしまったんだろう?
昨夜、獣の暖かさを背中に感じた途端、ひどく安心して眠ってしまったのだ。こんなことは今までになかったことだ。
「おかみさんは起きて待っていらしたの?」
「ええ、主人が心配でしたし、嫁と二人で待っていたんですよ。一時は大騒ぎになってたんです。でも幸い、怪我人はいなかったようですけど。転んで足を挫いた人が出たくらいで」
「まぁ、私ったら、何も気が付かずにお手伝いできずにすみません」
「いえ、あの部屋は少し離れているからね。眠っていてよかったですよ。なんだか化け物を見たって人もいてね」
「化け物?」
それは間違いなく、ティガールの変異した獣のことだろう。村人の何人かはあの姿を見てしまったのだ。それがティガールだとは気がついていないにせよ。
「化け物ってどんな?」
「さぁ、なんでも四つ足のでっかいもんだったらしいんだけど、誰も恐ろしくってまともに見た人はいないらしくて。多分、悪い奴らが飼っていた動物が逃げ出したんじゃないかって、警備隊の隊長さんは主人に言ってました」
「そうですか……」
よかった、とレイフェリアは思った。警備隊の隊長という人物は知らないが、もし領主家の忠実な僕ならうまく村人をごまかしてくれたに違いない。
「それで、うちの人ったらどこに行ったのかしら……」
だんだんその呼称に慣れてきたような気がして、今度はすんなりとその言葉が出た。
「ああ、旦那様なら今朝方、お供の方と二人で出かけて行かれましたよ。多分、村の人と一緒に、悪い男たちが連れて行かれるのを見に行かれたのだと思います。うちの人も孫も、嫁まで見に行っちゃいましたからねぇ。こんな辺鄙な村では一大事件なんですよ」
「そうなんですか」
レイフェリアが寝こけている間に、ヒューマが警備隊を連れて戻ってきたのだろう。
「そういえばお供の人は、子ども──男の子を連れていました」
「えっ?」
男の子というのは、ウンピョウのことだろう。昨夜ヒューマが警備隊に引き渡すと言っていたが、結局そうはならなかったのだろうか?
「おかみさん、私も今から外に見に行ってきます!」
レイフェリアがそう言って扉に向かった途端、不意に扉が開き、勢い余って鼻をぶつけてしまった。
「んぅ!」
「今戻った」
反動で後に撥ね返った肩をがっしりと掴まれる。
ティガールが立っていた。当然ながら。もうどこにも獣の片鱗は残っていない。
「おはようございます」
ヒューマもいた。彼の後ろには、昨日見たウンピョウと言う少年がくっついている。そのさらに後ろには村長とその孫も立っていた。どうやら男たちの警備隊への引き渡しが終わったらしい。
「疲れは残ってないか?」
「……わ、は、はい! お帰りなさい。あの……それで、村はどうなっていましたか?」
ここには村長家族たちがいるので、レイフェリアは当たり障りのないように尋ねた。
「すっかり落ち着いている。まぁ、朝飯を食いながら話そう」
「つまり……彼らは音曲を使って村の人達に不安感を与えていたんですね」
村長がわかったような、わからないような顔で言った。
前の大きな卓には焼きたてのパンに野菜と卵の汁物、薄切り肉が置かれている。こんな辺境の村の朝食としては豊かなものであった。皆腹が減ってるのか、食欲旺盛だ。
「そうだ。俺が警備隊長から聞いた話では」
ティガールはパンに肉を挟んだものを大きく噛みちぎりながら答えた。その歯はやや尖っているが、牙とは言えない。
本当はあらかじめ想定して事に当たったのであるが、ティガールは村の人々が理解しやすいように順序立てて、あらましを語った。口下手だと思っていたが、その合理的で配慮のある話しぶりに、レイフェリアは密かに感心してしまう。
「なんでも、東方との国境で揉め事を起こして、それで一儲けしようと企んでいたらしい。つまり後ろにもっと悪い奴がいるって事だ」
「へぇえ〜、この頃どうも、あちこちの村で喧嘩や小競り合いが多いって聞いてたけど、旦那の今の話じゃあ、私らは危なかったって事ですね」
「そうなる」
脱力したようなおかみさんに、真面目に頷き返しながらティガールは尚も言った。
「俺たちがここにやってきたのも、怪しまれないように調査するためだった」
「えっ、それじゃあ兄さんたちは薬屋ではなく、本当はお役人さんなんですか?」
「まぁ、似たようなものかな?」
ティガールの代わりにヒューマが答えた。隣に座っていたウンピョウがはっとその顔を見上げる。
「どうりで……なんだか雰囲気があたしらとは違うと思ってたんですよ〜、こちらの奥さんも美人すぎるし」
「いや、この人は……その……俺のつ、妻だ!」
隣でむせているヒューマを睨みつけながらティガールは言い放ち、レイフェリアの視線を避けるように残りのパンに齧りついた。レイフェリアは笑うしかない。しかし、もう気持ちに迷いはなかった。これからのことを話す時間は二人にはたっぷりある。
「そうですね、さぁ早くご飯をいただいてしまいましょう。あなた」
「うぐっ!」
呑み込んだパンに咽せているティガールを妙な目で見てから、村長は話を続ける。
「だけど、薬屋さんでないのは残念だねぇ。こんなとこじゃ、なかなか巡回のお医者さんもこないんで、備えの薬草を補充しときたかったんだが」
「いいえ、薬草はちゃんと持ってきています。小分けにして効能も記してありますから、あとで家々に配ってもらえるかしら? ヒューマ」
「はい! 朝食を食べ終わったら回ってきます。おい、手伝ってくれるよな、ウンピョウ!」
ヒューマは横で黙々と食べている少年の方を叩いた。
「え? なんで俺が……」
「いいから、いいから。俺一人じゃ回りきれないだろう? ほら、早くスープを飲んじまいな。行くぞ、終わったら馬に乗せてやる」
「ちぇっ」
「じゃあ、俺達は失礼します。主様はゆっくり休んでいてください」
ヒューマはまんざらでもなさそうなウンピョウをせきたてて出て行った。その瞬間、二人の男達が素早く目を交しあった事に、レイフェリアは気がつかなかった。
「ヒューマはあの子をどうするつもりなのかしら? お城に連れて帰るのかな」
「さぁ……」
「なんだか気が合いそうな感じだったわ」
「へぇ」
少年の態度はまだ硬いながら、表情は昨夜よりも豊かになり、ヒューマを慕っている雰囲気が感じられる。彼については、あとで詳しくヒューマに尋ねてみようとレイフェリアは思った。しかし、ティガールの態度は今ひとつ無関心なような気がする。
「一緒に行けたら嬉しいわ」
「ふぅん」
「あの……何か怒っているの?」
「……」
質問の答えはない。しかし、レイフェリアに寄越された視線は非常に熱っぽいものだった。
──あれ? 無関心って感じではないような……?
「あんた方はもう一泊するかい? 離れの部屋ならいつまで使ってくれてもいいんだよ。薬草をくれたことで皆感謝するだろうし」
「ありがとう、おかみさん。でも私たちは今日中に……」
「そうだな。もう少し休んで……そうだな。多分、明日の朝、ここを発つことになる」
「え? 今日じゃないの? なんで多分?」
「いや、俺もちょっと疲れたから……」
「……」
そんな訳がないでしょう? とレイフェリアは思った。
ティガールの戦闘能力と体力で、特に武人でもなさそうな男達を十人足らず倒すことぐらいは朝飯前のはずである。
──まぁ、私は寝てしまったけど、二人は眠ってないのだろうから、まぁ眠いのかもしれないわね。ヒューマも帰ってきたら寝ちゃうのかも。
「じゃあ、私は気晴らしに散歩でもして……え? ええっ⁉︎」
レイフェリアがお茶を飲み干すと、その腕をひっ掴んでティガールが有無を言わさず食堂から連れ出した。
「行くぞ。やり残したことがある」
「え? あ、あのっ……ごちそうさまでした!」
扉を抜ける寸前、呆気に取られている村長の家族に食事の礼を伝えたが、ティガールはずんずん裏口から奥にある離れの部屋に歩いて行く。
「ちょっと、なんなのですか?」
レイフェリアを部屋に放り込み、慎重に扉の鍵をかけているティガールの背中に問いただす。
「変に思われるかもしれないわ。それにまだやることがあるの?」
「ある」
「なんです?」
「俺は獣だから」
「知ってます。綺麗な獣だわ」
「獣の名は虎と言う……だが、今はどうでもいい」
ティガールは刹那躊躇った後、こう言った。
「……もう我慢できない」
「何の?」
「俺は飢えている」
「あんなに食べたのに?」
「まだ足りない。あなたを喰いたい。今すぐ」
この続きは明日の更新を待て(月面含む)!




