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16 ヒューマ

「あなたは?」

 レイフェリアは自分とティガールの間に立った青年を見上げた。

 確か、最初の日に挨拶をした時に近くにいたような気もするが、あの時はほとんどティガールに目を奪われていたので、あまり意識していなかったのだ。

 改めて見てみると、彼は客人の中でも一番若く、南方人らしく浅黒い肌の色をしていたが、髪の色は黄色で人懐こい顔をしていた。

「あ、失礼しました。俺ヒューマって言います。ティガール様の従者です。初めまして、お姫様」

 ヒューマが置いてくれた大皿には、肉や野菜が(いろど)りよく盛りつけられていた。利口そうな青年だが、手先も器用なのかもしれない。

「ありがとう。でも私、お姫様じゃないわ」

「俺にとってはお姫様ですよ。とってもお綺麗だし。お料理、勝手に取り分けてすみません、お嫌いなものがなければ良いのですが」

「大丈夫。上手にお皿に盛れるのね。とても食べやすそう」

「えへへ。俺、いつもお城じゃこんなことやってるもんで。ティガール様のお皿も俺が満たすんです。で、その時に指示されたんで」

「……」

 レイフェリアがこっそり隣を見ると、ティガールがこちらを見ながら、もりもりと料理を平らげていた。この青年の席はティガールのずっと下座のはずだ。一体いつの間にそんなことをしていたのだろう?

「俺、素早くてわからないように立ち回るの結構上手いんですよ。もっと取ってきましょうか?」

 レイフェリアが不思議に思ったのを察したかのようにヒューマが笑った。確かに機転が利いて重宝されそうな若者だ。

「いえ、大丈夫よ。あなただってお客様でしょう? ご自分も召し上がって」

「俺は大丈夫ですよ。言ったでしょう? 誰の邪魔にもならずに動くの得意なんです。じゃあゆっくり召し上がってください。後で、お菓子をとってきますからね!」

「あ……ありがとう」

 屈託のなさそうな青年の言葉に、レイフェリアも思わず微笑みを返す。

「どういたしまして、お姫様!」

「ヒューマ、用事が済んだら席に戻れ」

「おっと、はいはい。主様(あるじさま)

 低く飛んだ叱責にヒューマはおどけて肩をすくめ、自分の席へと戻った。確かに足音もたてない、しなやかな動きで、給仕たちの間をするすると抜けて行く。

 ──ありがたいわ。最近ほとんど食べてなかったし。でも……。

 ヒューマの言葉が本当なら、ティガールは空っぽのままの自分の皿を気にかけてくれたことになる。この城で理不尽に軽んじられることが知られてしまって恥ずかしい。もう一度目を上げると、こちらを見つめる金色の瞳とまともにぶつかった。ここで、知らんぷりしてしまっては自分まで無礼者になってしまう。

 さりとて叔父やアリーナがいる場で、お礼の言葉を述べるのもはばかられ、レイフェリアは目を伏せて頭を下げるだけにとどめた。

「給仕!」

 ティガールが、短く近くの召使いを呼ぶ。さっきまでレイフェリアを無視していたその男は、いそいそとティガールの前にやってきた。

「御用は?」

「酒ではない飲み物を」

「かしこまりました」

 すぐに水に果物を漬け込んだ綺麗な飲料が運ばれてくる。女や子どもの好む甘い飲み物だ。ティガールは杯を受け取ると、長い腕を伸ばすと黙ってレイフェリアに差し出した。

「……ありがとうございます」

「食え、そして飲め。明日の昼には立つ。故郷の味を堪能できる日は当分こないかもしれない」

「……」

 レイフェリアはもう一度頭を下げると、食べることに専念することにした。空腹が程よく満たされていく。

 羊の骨つき肉なんて久しぶりだ。たっぷりソースが絡んだそれに思い切りかぶりつく。骨つき肉は食器を使わないのが習わしなのだ。

 夢中で食べていると、向こうからアリーナの声が聞こえてきた。向かいに座る父に話しかけているらしい。

「お父様! お願い、私も南の領地に行けるように国王陛下にお願いして!」

「それはできない。アリーナ、お前はたった一人の娘だ。あまり遠くに行ってしまっては母上も寂しがるだろう。いずれしかるべき嫁ぎ先を見つけてやる」

「イヤよ、こんな冬の長い寂しい国はイヤ! だって、私は都であの()より先にティガール様にお会いしてたのよ! 私の方が早く知り合っていたのに!」

「アリーナ、お父様にわがままをいうものではありませんよ」

 ギンシアが形だけはたしなめているが、その声はどこか投げやりだ。彼女も今回の件については不満があるのだろう。

「ですがあなた、アリーナの気持ちもお察しくださいな。この子は幼い頃から王都で育ち、洗練された教育を受けたんですのよ。もう少し世間を見せてやってもよいのでは?」

「それはおいおい考える。だが、今回は駄目だ。南へはレイフェリアを行かせる」

「お父様ぁ!」

「アリーナ、お前にとってこの北の地は、一年の半分を雪と氷で覆われるつまらない地なのだろう。だが、本当はそれだけではない、北方領土はこの大陸の中でも重要な場所なのだ。お前が王都での教育を誇り、外の世界に憧れるのであれば、そのうちこの父が良いように考えてやる。だが、今は駄目だ!」

 イェーツはこれでこの話は終わりだというように、断固とした調子で言った。

「……」

 レイフェリアは食べることに集中するふりをしながら、叔父の言葉を聞いていた。

 そうだ、この北の領地は厳しいだけの土地ではない。山地には砂金の採れる川があり、宝石を含む鉱物資源、森林資源も豊かだ。ここ数年は交易は制限されているとはいえ、領主の懐は見かけよりもずっと豊かなのである。

 ──父が亡くなったどさくさに紛れて、叔父は財産を丸ごと手に入れてしまったのだ。

 そこにはなにか陰謀があったのだろうとレイフェリアは疑っている。しかし、それは今詮索するべきことではない。

 そうこうしている内にあらかたの料理は食べ尽くされ、菓子や甘味が配られ始めた。北の作法では正餐が終わり、菓子や蜂蜜が給仕されると、席を立ったりしても良いことになっている。

 そしてまたしてもアリーナの馬鹿馬鹿しい嫌がらせのお陰で、今回もレイフェリアの席の前には何も置かれなかった。

 ──何が洗練された教育なんだか。

 けれど、再びヒューイが果実酒に浸したしっとりした焼き菓子を持ってきてくれた。かなり大きな一切れである。レイフェリアは遠慮なくそれに手をつけることにした。甘いものは大好きだが酒が混じっているので、何だかお腹の当たりが熱くなってくる。

 多分、アリーナも酔っているのだろう。こちらは菓子だけでなく、本当の酒を過ごしてしまったようである。

「ねぇ、ティガール様ぁ、私お願いがありますの」

 アリーナはついと席を立ってレイフェリアとティガールの間に割り込んできた。南の衣装を着ている彼女の立ち姿を初めて見たが、色がややぼんやりしているとはいえ、豊かな曲線を持つアリーナにはとても似合っていた。

 叔父も叔母も気がつかないふりをしている。

「ティガール様、ティガール様は昔私と王都で会ったことを覚えているとおっしゃられましたわよね?」

「会ったことだけはと言ったが」

「私、ティガール様がこちらにいらっしゃって嬉しくて嬉しくて、ええ」

「……」

「都の夜会で踊っていただいた時から、もう一度お会いしたいとずっと思っておりました。そしてその願いは叶いましたの」

 聞きたくもない言葉が否応なく耳に飛び込んでくる。レイフェリアはアリーナのくだらないおしゃべりが早く終わればいいのにとひたすら念じていた。

「私思うのです。こんな北の果ての地で、再び出会ったのは運命ではないかと」

「運命だと?」

「そう! 運命ですわ! 私たちは出会うべくして、再び出会ったのです」

「……運命。出会うべくして再び」

 ティガールはどういう訳か、すっかり考え込んでしまったようだ。それがアリーナに力を与えたらしい。

「その通りです! ねぇ、お願い。私も一緒に連れて行くとおっしゃって?」

「父上のおっしゃられたことを聞いていたはずだ」

「……」

 あまりにも当たり前な返答にアリーナは一瞬鼻白んだように押し黙ったが、この強気な娘はそっと身を屈めるとティガールの耳元でこう囁いたのだ。

「この後、私のお部屋に遊びに来てくださらない?」

 レイフェリアは思わずむせそうになった。別に聞きたくはなかったが、アリーナの甲高い声は潜めているつもりでも、近くにいるものには聞こえてしまうのだ。

 ──アリーナ! あなたなにを言ってるの?

 いくら、真夜中ではないと言っても若い男を部屋に引き込むなど、どういうつもりなのだろうか? だが、アリーナの背中に阻まれて、ティガールの様子はわからない。何か唸るような声が聞こえただけだ。

「まぁ、誤解なさらないで? 何も二人だけでというつもりではありませんのよ。アリーナはそんなふしだらな娘じゃありませんわ。侍女もたくさんおりますもの。ティガール様に私の収集した毛皮を見ていただきたいんですの。この地で取れる極上の白(てん)もありましてよ。お気に召したものがありましたら、お土産に差し上げますし。ね? ほんの少しだけでも見にいらして……え? まぁ! 嬉しいですわ! お母様、ティガール様が私の毛皮を見にきてくださるって!」

 これを聞いてレイフェリアは何ともいえない気分に陥った。結局、この男もアーリアの言葉には逆らえないのか? 抜け目のない彼女のことだ。なんだかんだとうまく立ち回って、既成事実を作ってしまおうとしているのかもしれない。

 ──まぁ、どうでもいいわ。どうせ私たちは政略の間柄なんだから。好きなだけアリーナと仲良くすればいいんだわ。

 うんざりしたレイフェリアが最後のケーキを頬張りながら下座の方をみると、こちらを見ているヒューマと目が合った。

 その目はとても愉快なことがあるかのように可笑(おか)しそうに(またた)いていた。






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