15 晩餐
ティガールの言った通り、その夜の晩餐にはレイフェリアも出席するようにとのお達しが、イェーツから届けられた。
「祝賀の形をとるので、見栄えがするようにして臨席するように」とのお言葉付きだ。
おそらく、婚約成立の体裁を整えるために、無理やり祝いという形にしたのだろう。
夏の夜なら近隣の地主や、その家族たちも招いての夜会でも開いたのかもしれないが、今はまだ冬のため、少し規模の大きな晩餐会という形になった。客人は南からの者たちと、たまたま城に滞在していた数人の商人だけだ。
北の領地では冬はひたすら耐え忍ぶ季節なのだった。
しかし、自分のことや南方を嫌っている叔父としては、今夜の晩餐会は破格の大盤振る舞いなのだ、とレイフェリアは思った。
せいぜいもてなして、明日には自分とともに客人たちも厄介払いしてしまおうという魂胆なのだろう。そして国王の心証を良くしてもらえたら、万々歳だと思っているのに違いない。
そう思いながら少ない私物を袋に詰めていると、部屋に衣装箱が届けられた。届けてくれたのはルーシーである。
「南のお客様からご伝言で、レイフェリア様に今夜はこれを着て、晩餐に臨んでいただきたいとのことです!」
大きな箱を抱えたルーシーは好奇心を隠さずに言った。
「そうなの?」
──一体どなたが用意してくれたのかしら?
開けられた箱の中には、色鮮やかな南国風の衣装と装飾品一式が入っていた。開けただけで陰気な部屋が明るくなるような色合いである。
「わぁっ! レイフェリア樣見てください、とても綺麗なお衣装ですね!」
「ほんとね」
「うわぁ、上等の木綿! でも、これ南国風ですよねぇ、私にちゃんとお着せできるかしら?」
ルーシーは美しい布地を眺めながら考え込んでいる。
「そうねぇ、本で見た南の服の中には、とても珍しい着方をするものがあったようだけど……」
広げてみると、一応こちらの文化に配慮してくれたのか、色は明るくとも、この地方の衣類と同じように仕立てられていた。してみると国を出る時にすでに準備していたものらしい。
──もしかしてあの人が気遣ってくれたのかしら? でも……。
あの無口で、ぶっきらぼうな男が女物の衣装を選んでいる姿など、想像しがたい。多分、お付きのオセロットあたりが女の召使いに頼んだのだろう。
「ああ、これなら着られそうだわ。確か図書室から持って来た本に絵が載っていたもの」
「素晴らしいお衣装ですねぇ、布地は木綿のようですけれど、柔らかいのに生地がしっかりしていて、高級品ですよ。それにやっぱり、染料が全然違いますね。あと、この首飾りも素敵! なんの宝石かしら? いろんな色が混じっていてとても綺麗です!」
ルーシーはレイフェリアに衣装を当てながらしきりに感心している。
「じゃ、早速着付けをしましょ! お顔を洗ってくださいな。化粧水もつけてくださいね!」
「……そうね」
確かに、そろそろ晩餐の支度をする時間だ。
レイフェリアはルーシーほどはしゃぐ気にはなれないものの、鏡の前に立った。
身につけているものは朝出かけた時のままの男物だ。確かにこれではアリーナに馬鹿にされても仕方がない。レイフェリアは苦笑しながら服を脱いだ。
「レイ様はお綺麗だし、姿がいいから、飾りがいがあります」
下着姿になったレイフェリアにルーシーはてきぱきと服を着せていく。
雑用係だと言っていたわりに手慣れた手つきだ。首に巻かれたのは、さっき手に取った色とりどりの小粒の宝石を繋げて作った独特の首飾りだった。北の地方では美しく重い金や銀が尊ばれるが、この首飾りは重くはなく、肌に直接付けてもとても柔らかい感触だ。
「さぁ、今度は御髪ですよ。あ、衣装とお揃いの髪飾りがあります……さて、どんな風に結えば映えるかしら?」
そう言いながらルーシーは、レイフェリアの薄い色の髪を梳った。
北の地方ではアリーナのような豪華な濃い金髪が良いとされるので、銀色の混じったこの髪も馬鹿にされる要因の一つだったのだが、ルーシーの手際と、美しい髪飾りによって見違えるようになった。
「脇の髪はひと掬い垂らしておきましょうね。そのほうがお衣装にも合うし……はい、これでどうですか?」
「……」
鏡に映った娘は、自分だとは思えない明るい色に包まれていた。
送られた衣装は赤を基調としており、それでいて上品な色合いである。縫製も申し分なかった。
「とても素敵よ。ルーシーはとても腕がいいのね?」
「ありがとうございます。お化粧は頬と唇に少し紅をさすくらいにしておきましょう。どうせアリーナ様はべったり塗りたくられるはずですから、レイフェリア様は清楚にいきましょう。まぁ、何もなさらなくても、レイフェリア様はお綺麗ですけど。あ、アリーナ様の悪口は内緒ですよ」
「いいわよ。でもあなた、アリーナの侍女ではなかったの?」
「いえ、私はこちらに来て半年ですので、まだ侍女にはなれません。侍女というお仕事には憧れていますけど……。でも、たとえ侍女になれても、あの方はちょっと……っていう気がします。私は、レイフェリア様のお付きになりたいです」
「ありがとう……でも多分無理よ。私はどうやらお客人とともに、ここを出て行かなくちゃならないようだから」
レイフェリアがそういうと、ルーシーはちょっと考え込んでしまったようだった。しかし、その時に晩餐の時刻を知らせる鐘が鳴り、レイフェリアはルーシーに見送られながら部屋を出た。
今夜は自分がこの城で過ごす最後の夜になるかもしれない──そう感じながら。
そして、重い気分を抱えつつ臨んだ晩餐会。
冬場はほとんど使われない大広間は、貴重なロウソクをふんだんに灯され、炎が石壁に反射してとても明るい。
羊を丸ごと一頭捌いたのか、卓の真ん中にこんがり炙った大きな肉の塊が置かれている。その周りにも燻製のハムや、骨つき肉の煮込み、新鮮な魚の揚げ物、冬野菜のスープなどが所狭しと置かれているのだ。冬場のこととて生の葉物野菜や果物はないものの、干した果実を生地に練りこんで焼いた菓子まである。
レイフェリアにとっては、この城に両親と共に暮らしていた時以来のご馳走だった。どうせ末席だと思っていたのが、どうやらティガールの左隣の席だ。つまり、アリーナより上の席になる。
アリーナもやはり客人から送られたのだろう、南の地の布で仕立てられた衣装を着ていたが、その色はレイフェリアのものよりもずっと淡く、濃い化粧の彼女には余り似合っていない。
アリーナは、自分より上座についたレイフェリアに憎しみの目線を投げて来た。しかし父親の手前、悔しそうに扇を握りしめている。その前のギンシアも同じようにレイフェリアを睨んでいた。
──睨まれたって、私にはどうしようもできないわ。叔父上だって仕方なしにやったことだろうし。
レイフェリアはうんざりしながら二つの視線をやり過ごし、ティガールの隣へ腰を下ろす。
卓の大きさの割に出席者が少ないので、席の間はかなり大きく取ってある。これではひそひそ話はできないだろう。
「おお! レイフェリア様、なんと美しい。我が南の衣装がとてもお似合いでございます!」
黙っている主人の代わりにすかさず褒め言葉を紡ぎ出したのは、客人の中では一番年かさのオセロットである。
彼はレイフェリアが席に着く時に、わざわざ自分の席を立って椅子を引いてくれたのだ。ちなみにティガールは根が生えたように椅子に座り込んだまま、レイフェリアを見上げているだけだった。金色の虹彩がやや広がっているように見えるのは部屋が少し暗いからだろうか?
「ありがとうございます。とても美しい服ですね。初めて着ました」
「もちろん、北国のお衣装も良くお似合いでしょうけれども! それに、瞳が大変に素晴らしい! そのお珍しい色は北の領主家直系の証だと伺っております!」
オセロットは、レイフェリアには些か大げさではないかと思えるほど賛美の言葉を並べた。
「いや、ご婦人のお目を覗き込むなど、礼を失しておりますな。申し訳ございませぬ」
彼は平素は思慮深そうな様子を見せていたから、もしかしたら何か狙いがあっての態度なのかもしれない。北方領主家直系を示す、この瞳のことを持ち出すと、叔父の家族が嫌な思いをすることを知っているのだろうか?
「恐れ入ります。でもどうぞお座りくださいな。オセロット様」
案の定、不味いものでも食べたような顔をして、叔父がこちらを見ている。ここで面倒なことは避けたいレイフェリアは急いで話題を変えた。
「この地では、こんなに鮮やかな赤を発色する染料はございません。南の国のご婦人たちは、いつもこのような色の衣装をお召しになっておられるのですか?」
今日この問いを発するのは二回目だ。我ながらなんて話題に乏しいのだろうと、レイフェリアはいささかげっそりしながら尋ねた。
「そうですねぇ。わが国で一番尊ばれるのは緋色です。でもまぁ、一色だけではとてもご婦人方は満足されないので、赤や、それに近い美しい色をたくさん愛でておられます」
「赤以外の色はございませんの?」
「おお、それはもちろんありますぞ。南方は色彩豊かな地方です。南の空を切り取ったような水色や、この国で喜ばれるような黄色など。青色は北方の染料が鮮やかなようですが。後東方の鮮やかな緑も有名ですね」
「東方の緑色ですか?」
レイフェリアが興味を示し、尋ねようとしたところでイェーツが立ち上がった。領主が晩餐の始まりを告げるのだ。それに応じて皆一斉に姿勢をただす。
「今宵はお集まりいただき、感謝に存ずる。長かった冬も、もう終わりが見えている。また、この場で方々にご報告申し上げることがある。我が姪、ノーザン・レイフェリアがこの度、ゼントルム国王陛下のご推挙により、こちらの南方領主後継、サザン・ティガール殿の婚約者として彼の国に参ることとなった。まだ結婚が決まったわけではないが、とりあえずはめでたいというべきだろう」
その口ぶりはとてもめでたいと思っているようには思えなかったが、レイフェリアは慎ましく首を垂れる。
「では方々、来たる春と、北と南の領地の交流の発展に杯を上げよう! 乾杯!」
「乾杯!」
主に男たちが唱和し、杯が干された。
「イェーツ様、おめでとうございます!」
「おめでとうございます。これで南方の絆が深まれば、この地はもっと発展することでしょう」
「いやめでたい!」
招かれた商人たちが口々に祝いの言葉を述べている。
レイフェリアも自分に注がれた琥珀色の液体に口をつけた。舌先がピリピリするほど強い北の酒だ。自分は大人になる前に城を離れたから、余り酒に耐性がない。しかし、アーリアやギンシアは平気で飲み干している。
乾杯が終わると料理が給仕された。大皿に盛った料理は直接取るのではなく、給仕が切り取って取り分けてくれるのだ。酒も杯が空になると注いでもらえる。しかし、レイフェリアのところにはなかなか皿が置かれなかった。
見るとアーリアがニヤニヤしながら、優美な杯を傾けている。
──この期に及んで嫌がらせか。
実のところ、レイフェリアはかなり空腹だ。
部屋で取る食事は量も質も適当で、ほとんどパンとスープのみでとても若い胃袋を満足させるものではない。住んでいた家の暮らしも決して豊かではなかったが、それでも罠を張って小動物を取って週に数度は肉を食べていた。だから、レイフェリアはこの城にきてから却って痩せてしまったくらいなのだ。
──どうしよう……。
一応淑女である自分が自分から料理を取ることは形式上許されない。レイフェリアが戸惑っていると、後ろからことりと皿が置かれた。
振り向くと、明るい茶色の瞳の青年が笑っていた。
「どうぞ? お姫様」