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14 誹(そし)り

 城に戻ったレイフェリアは(うまや)の前でティガールと別れた。

「今日はご同行くださり、そして色々とお気遣いただき、ありがとうございます」

 感謝を込めて頭を下げる。

 叔父をいなして家に連れて行ってくれたことや、貴重な品々を持ち帰らせてくれたことに対し、レイフェリアはお礼の気持ちを伝えたかったのだ。

 ところが。

「ん」

 城内に入った途端、ティガールは元のぶっきらぼうな態度に戻ってしまった様子で、彼女にさっさと背を向けて立ち去ってしまった。

 手にはレイフェリアの荷物の袋を下げたままだ。荷物はおそらく検分されて、馬車の中に積み込まれるのだろう。ただ、一番大切な小箱は何も言われなかったので、自分の外套に入ったままだ。

 ──全くよくわからない人だわ。それでも助かったことには違いないんだけど……。


「どこに行ってきたのよ!」

 レイフェリアが足早にホールに足を踏み入れた途端、いきなり甲高い声が上から降ってきた。見上げると、従姉妹のアリーナがつかつかと正面階段を降りてくる。

「何よ! 黙ってないで答えなさい!」

 アリーナは自分より背の高いレイフェリアに対抗するためか、階段を二段残して彼女を見下ろした。

「お墓まいり」

 険しい顔つきでいきり立っているアリーナの横を通り過ぎながら、レイフェリアはそっけなく応えた。叔父には墓参りとは言わなかったが、外出の許しは得ている。アリーナに糾弾(きゅうだん)される(いわ)れはない。

「はぁ? お墓? そんなことに何でティガール様が同行するのよ?」

「……?」

 思いがけずティガールの名を聞いて、レイフェリアは足を止め、初めて年下の従姉妹を視界に入れた。

 ──この子はいったい何を気にしているのだろう。

 アリーナはすでに晩餐の支度を整えている。

 濃いめの化粧を施し、一番いいドレスを着ていた。髪や首にはいくつもの装飾品が巻きついている。アリーナは普段から着飾ることが好きな娘だが、今夜はいささかやりすぎの感があった。

「さぁ? 知らないわ。城にいても退屈だからついてきただけだと思うけど?」

「いい気にならないでよね! 罪人の娘が! ティガール様にあんたの父親のこと、ばらしてやるわよ!」

 レイフェリアの注意を引いたことに勢いを得て、アリーナは残酷な言葉を吐いた。

「なにが言いたいの?」

 いつもなら面倒臭いので、黙って通り過ぎるところだが、父のことを持ち出されたことが気に障り、レイフェリアはぐるりとアリーナに向き直った。

「あんたがどういう事情で城を追い出されたのか、ティガール様に話すって言っているのよ」

 アリーナは巻いた頭をそびやかせて言った。しかし、その態度のどこかに自信のなさが滲み出ている。レイフェリアはアリーナが言葉ほど傲慢な娘ではないことを知っている。

「どうぞ? あなたが何を言っても、私にはどうと言うことはないわ。それに彼はある程度、こちらの事情を知っていると思うわよ」

「それでなんで二人一緒に出かけるのよ!」

「さぁ? 私はただ明日は出立だから、最後にお墓まいりに行こうと思ったの。ティガール様はこの辺りを見てみたいと言われてついてこられた。それだけよ、他になにか?」

「あんた、自分が南の領地に行けると思って喜んでいるんでしょう?」

「王様とあなたの父上が私に行けと言ったのよ。私に否やは言えないでしょう?」

「……なんであんたなのよ!」

「……?」

 アリーナが階段を飛び降りて詰め寄った。

 彼女が激昂(げきこう)しているのはわかるが、その理由がさっぱりわからないレイフェリアは、眉を(ひそ)めて彼女の言葉を待つ。

 ──この子はなにをそんなに憤っているのかしら? いつもは私をせせら笑うか、馬鹿にする言葉を投げつけて満足しているだけなのに。

「あんたなんか……なによ! 私の方がずっと早く、都であの方にお会いしていたのよ! そうよ、何度も夜会で踊ったわ!」

 アリーナは金切り声でまくし立てる。

「あんたなんて昨日今日、ティガール様に会ったばかりじゃないの! それなのに、なんであんたが婚約者として南に行くことができるのよ!」

「……は」

 レイフェリアは、やっとこの支離滅裂な従姉妹の言わんとすることが理解できた。

 ──ああ、そういうことか。

 つまり、アリーナはあの男のことが好きなのだ。

 彼女とその両親は、レイフェリアの父が不名誉な死を遂げるまで、この大陸の宗主国、真国(しんこく)の王都、ミッドウェルシュに住んでいた。叔父のイェーツは、留学中に王都の富裕な商家の出のギンシアを(めと)ったのだ。

 彼はアリーナが生まれてからも、兄の治める北の領土にはあまり戻ってこず、娘のアリーナには王都の影響が色濃い。今もアリーナの兄である、リンディスが王都に留学中である。基本、叔父たちは都会っ子なのだ。

 王都、ミッドウェルシュはこの大陸で一番の大都会である。

 レイフェリアも父が健在だった頃、何度かミッドウェルシュへ出向いたことがあった。

 残念ながら幼すぎて、覚えているのは最後の二回くらいなのだが、建物は白くて高く、緑や花に溢れ、音楽堂や劇場がたくさんあり、とても素晴らしいところだと感激した覚えがある。

 父も王都を素晴らしい都であると常々言っていた。

「……あんたなんか嫌いよ」

 アリーナは吐き捨てるように言った。

「知ってるわ」

 昔のアリーナは大人しい少女だった。

 王都の叔父の邸を訪問したレイフェリアが久しぶり会う従姉妹と遊ぼうと思っても、いつもろくに話もしないで屋敷の奥に引っ込んでしまい、仲良くした覚えはない。

 アリーナはレイフェリアに常に劣等感を持っていた。

 彼女の父イェーツは北方領主の異母弟で、しかも末息子である。その娘の自分には、領主の身内だというだけで公的な身分もない。対してレイフェリアは領主の後継者で、王都では姫と呼ばれる身である。アリーナは常にレイフェリアに対して引け目と羨望を感じていた。

 しかし、今や現北方領主の一人娘はアリーナになったのである。そして彼女はレイフェリアへの敵愾心(てきがいしん)をむき出しにしているのだ。

 ──アリーナは王都でティガールに会って彼を好きになったのだわ。そして、現在進行形で今も恋している。

 この数日、レイフェリアがアリーナに会うことはほとんどなかったが、城内に高い笑い声が響くのを幾度も聞いたし、遠目にも美々しく着飾っている姿を見てもいた。

 彼女は自分がティガールの花嫁候補になれると思っていたのだろう。だから、それがレイフェリアだと聞いて激昂しているのだ。

 ──私に選択権なんかないって承知しているでしょうに。

 第一、南方を嫌っている叔父が自分の娘を差し出す訳がない。

「あんたは、この陰気な北の領地に引っ込んでいなさいよ! あんたにはそれがお似合いよ!」

「そうね。その通りだわ」

 必死で優位に立とうとするアリーナに哀れみを感じて、レイフェリアは同意した。

 四方侯の地位は国王に次いで高いのだが、派手好きなアリーナにはこの北の領地はあまりに似合わなかった。

 しかも父の事件以来、北方領主の地位は四方侯の中でも最下位に位置付けられ、交易も制限されて領地の力は弱まっている。

 アリーナが王都で出会い、この地で再会したティガールに憧れるのも無理はない。無愛想な部分を差し引いても、彼は雄々しく立派で人目を引く美丈夫なのだ。

「でも、もう決まったことのようよ。私にだって思いもよらないことなの。残念だけど、どうしようもない」

 レイフェリアは幼い子どもに言って聞かすようにゆっくりと応じてやる。

 思いがけず国王の推挙を受けたのはレイフェリアだ。南がどんなところか、これからどうなるのかもわからないが、旅立つのは紛れもなく自分なのだ。

「認めないわ! もう一度お父様にお願いして、私がティガール様と王都へ行くのよ! あんたは邪魔! さっさとあの惨めな屋敷に引っ込んで、一生墓守りでもしていなさいよ! この女狐!」

「墓にはもう(もう)でた」

 延々と続く金切り声を遮ったのは、低く短い言葉だった。

 二人の娘が同時に振り返ると、扉の前に立ちふさがった男がいる。ティガールだ。馬を厩に入れて戻ってきたところだろう。

「ティガール様!」

 アリーナがドレスの裾を翻して駆け寄る。

「おかえりなさいませ! 今日は外出に最適の日だとは言えませんわね。レイフェリアに無理やり付き合わされたのではなくて?」

「いや、違う」

「明日は私が近くの町を案内いたしますわ。温泉の湧き出る素敵なところがありますのよ。とっておきの美しい場所ですの! 宿泊もできて、私たちも時々湯治(とうじ)にまいりますのよ」

「明日は出立だ」

「父に言って延期してもらいます! もう少し暖かくなるまでゆっくりして、旅の疲れを癒してくださいませ」

「すごい……」

 レイフェリアはすっかり感心してアリーナを見つめた。

 取りつく島のないティガールの態度にも少しも(くじ)けていない。果敢に無口な男に挑戦している。彼女は意地悪だが、自分に素直で何より行動力があった。よほどティガールのことが好きなのだろう。

「部屋に戻る」

「ではご一緒いたしますわ、今日の晩餐もお隣に座ってもいいですわね!」

「構わない」

「嬉しいですわ!」

 アリーナはレイフェリアに勝ち誇った微笑みを向けて言った。

「だが、今夜はレイフェリア殿も同席する。その時はさっきのような言葉や態度は慎むことだ。淑女だと言うのならば」

 静かな、だが断固とした声が頬を染めているアリーナの口元を強張らさせる。

「部屋まで送ろう、アリーナ殿」

 そう言うとティガールは、二人の娘の意見は聞かずにすたすた先へと歩き出した。



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