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11 形見

 国王の勧めで自分を迎えにきた男の家の秘密を探り、証拠を握る。

 このことは、気が強いと自覚があるレイフェリアにも相当な負担を感じさせた。

 彼女も一応年頃で、この国の結婚適齢期なのだ。普通の娘ならば、国王に他の領主後継の花嫁候補として推挙されただけでも、嬉しくて舞い上がってしまうような事態だ。

 推挙とは打診されたということなので、命令や強制ではないから、もっともな理由さえあれば話を白紙に戻すことはできるのかもしれない。例えば、ティガールに他に愛する娘ができた時など。

 それに、レイフェリアは貴族の娘としては相当弱い立場にある。

 自分からこの話を断る選択肢はない。

 けれど、うら若き乙女として、少しくらい悩ましい時間があっても構わないだろう。

 ──もしかしたら、あの人が私の夫になるのだろうか?


 ティガールと対峙して二日目。

 レイフェリアは今日も一人部屋にこもっていた。叔父からは何も言ってこない。そろそろ大人しくしていることに飽きてきていた。外に出たい。

 ──それに、一度森の屋敷に帰って旅に必要なものを取りに行かないと。

 オセロットがくれた三日間の猶予は明日までだ。明後日には客人の一行とともに出立しなければならない。

 もしかしたら一生帰ってこられないかもしれないのだ。父母の形見の品だけはどうしても持って行きたかった。

 形見と言っても、高価な宝飾品や礼装などの衣装は、全て叔父とその家族に奪われてしまったから、レイフェリアが持っているものは両親が残した手紙や、僅かな品々だけだ。

 特に父が死ぬ前に密かに母に託した小箱は、今も密かに屋敷の物置に隠している。その小箱には厳重に封がされていて、母からもギリギリまで辛抱してどうしてもダメだと思う時に開けなさいと言われているものだった。

 それだけはなんとしても持ち出さなければならない。

「何かもっともらしい理由を作って叔父上に頼んだら、取りに行かせてもらえるかしら」

 しかし、それは難しいだろう。この部屋からも出歩くなと命じられ、晩餐にも出席させてもらえないのに、城から出る許可が出るとは思えない。

 だけど、どうしても行きたかった。

 だとすれば──。

 ──黙って取りに行くしかないわ。

 叔父から何か接触があるとしたら今夜の晩餐後だろうから、それまでしか時間はない。

 幸い今日は曇天でも、雪が降る気配がない春を間近に控えた天候である。今は朝だから、急いで出かければ夕方までには戻れるはずだ。

 頭が痛いから横になりたいから食事もいらないと、ルーシーに言っておけば気を利かせてくれるだろうから、誰も入ってくることはないだろう。たとえ叔父にばれたところで、一旦外に出てしまえばなんとでもなる。少々叱責されても平気だった。

 だいたい叔母かアリーナの嫌がらせか、今朝の朝食も忘れられているくらいなのだ。空腹だが、屋敷に行けば保存用の食料が少しはあるから、着いたらそこでなにか食べればいい。

「そうと決まれば早速行くしかないわね」

 レイフェリアは手早く身支度をした。

 ここにきた時と同じ、男物の足通しに大きなフード付きの外套。背中に背負える袋にはカンジキと氷滑り用の金具。小物入れと水筒。火を起こす道具。いつもの持ち物だ。

 階下に降りて裏口から出る。後は城壁の側を伝って門を出たら城の外だ。

「大丈夫よ、きっと」

 今はお客が来ているから城門は閉ざされている。しかしフードを深く被れば、門衛も使用人の用事だと思って、脇の小門から通してくれるだろう。イェーツの指示もそこまで徹底していないに違いない。まさか今更、レイフェリアが一人で北の屋敷に戻るとは思っていないはずだから。

 しかし、レイフェリアはその考えがすぐに甘かったことを知った。

 こっそり裏の階段から裏口へと続く廊下へと下りたつもりだったのに、そこで家令を連れた叔父と鉢合わせしてしまったのだ。

「レイフェリア、どこに行くつもりだ」

「ずっと部屋に籠っていましたので、ほんの少し外の空気を吸いたいと思って……裏庭の散歩に」

「空気など、窓を開けたらいつでも好きなだけ吸えるだろう。さっさと部屋に戻れ!」

「……どうして、私を閉じ込めたがるのですか?」

「この期に及んでわからないのか? お前は南の領地に行くのだ。逃げることは許さん」

「逃げたりなぞ致しません。私はご命令どおり南へ行きます」

「当たり前だ。だが、私はお前を信用しきれないのでな。何しろ反逆罪に問われたあの兄の娘なのだから」

「叔父上」

 レイフェリアの紫の瞳に炎が宿る。

 自分のことはなんと言われても構わないが、父のことを悪く言われるのだけは我慢ならなかった。しかもこの男は異母弟とはいえ、父と血の繋がった兄弟なのだ。身内をその娘の前で侮辱する。今まで聞き流していたこともあったが、なぜか今日は我慢できなかった。

「……なにがおっしゃりたいのです? 父上は無実を訴えていました。自死を選んだのは名誉を守るためです! あえて父を反逆の徒と呼ぶのなら、叔父上だって父の弟なのですよ」

 レイフェリアの気迫に、イェーツは我知らず顎を引いた。

「ふ、ふん! 屁理屈をこねおって、この生意気な罪人の娘めが! 黙って俺の命に従え! おい、連れていって部屋に閉じ込めておけ!」

 イェーツは背後に控えた家令に命じた。彼は慇懃無礼な態度でレイフェリアに一礼すると、強い力で腕を取り、無理やり部屋に連れ戻そうとした。

「放しなさい無礼者!」

「これは淑女にあるまじきお言葉、見かけだけでなく中身までも落ちぶれられたか」

「私は北方侯家の直系だ! お前の汚い指で私に触るな! 放せ!」

 レイフェリアは激昂して叫んだ。

「うるさいぞ! とっとと連れて行け!」

 業を煮やした叔父が、暴れるレイフェリアのもう一方の腕を取ろうとした時。

「イェーツ殿」

 低い声が薄暗い廊下に響いた。

 それは聞き間違いようのない獰猛な感情をはらんでいる。

 三人は思わず声のする方角を見た。ホールから差し込む光を背に受け、廊下に立ち塞がる大きな影がある。

 影は足音も立てず、大股でこちらにやってきた。

 ティガールだった。

「なんの騒ぎか、イェーツ殿」

「これは申し訳ない。お客人にお見苦しいものをお見せしましたな。いやなに、言うことを聞かないこの娘を部屋に連れ戻そうとしただけですよ」

「……」

 嫌なところをこの男に見られてしまった。レイフェリアは力なく(うつむ)く。今日はもう諦めるしかない。

 ──明後日には出立だというのに……。

 その時、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。

「イェーツ殿、しばらくレイフェリア殿をお借りしたいのだが」

「は? なんですと? そ、それは……」

 その言葉にイェーツだけでなく、レイフェリアまでが目を()く。

「心配()さるな、イェーツ殿。大丈夫、俺は少し姪御殿と話をしたいだけだ」

「話?」

「ああ。少々退屈していた。レイフェリア殿にこの城の周りを案内して頂きたく。南から来た無骨者には心洗われる美麗な青い風景だと思ってな。何か土産になるものを見繕いたい」

「土産……湖のほとりに小さな村がいくつかありますが」

「ああ、そこいらを回ってみよう」

「ですが、あまり遠くに行かれるのは困りますぞ」

 イェーツは気が進まなそうに応じたが、ティガールはそんなものに少しも頓着しない様子で(うなず)いた。

「わかった。午後には戻ると約束しよう。レイフェリア殿には観光案内を頼みたい」

「そういうことなら……まぁ好きにされるがよろしかろう。我が城下は治安もすこぶる良い」

「では、決まった。幸いすっかり準備はできているようだ」

 ティガールは男物の服と外套をまとったレイフェリアを眺め、口の端で笑った。

 ──観光案内ですって? 

 レイフェリアは思いがけない成り行きにものも言えず、ただこの派手な男を見つめるばかりだった。






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