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木漏れ日の舞うカフェテリアで

作者: Xenon

短編作品です。

気が向いたときに何度でも読み返してみてください。

主人公 藤城健吾ふじしろけんご

の親友 野上稜弥 (のがみりょうや)

たちと同クラ 吉川優子よしかわゆうこ

-私には物心ついたときから父がいなかった。両親が離婚し私は母親と共に暮らしてきた。

「なんで僕にはお父さんがいないの?」

母は微笑んで答える。

「お父さんはね。好きな人ができたの。だからお母さんとは一緒に暮らしたくないんだって。」

涙を堪えるような母の顔。

「ごめんね。ごめんね。」

何度も呟く。

母は何も悪くない。

分かっていた。だけど、口に出すのは臆病な僕には難しかった。


それから私は母に育てられてきた。母は器用でなんでもこなしていた。母との生活には何一つ不自由を感じなかった。学校では良き友に恵まれた。私が他の子どものように成長できたのはすべて母のおかげであった。


そして私は大学2年生のとき運命の出会いをした。

大学の3限目の授業も終わり、なにか食べようと学食に向かっている最中だった。

「ノート、忘れてますよ。」

やわらかな声を聴き私は振り返った。

「あ、教室に置きっぱなしだったかな。」

私がそう言うと彼女はくすっと笑った。白くてキレイな肌に子どものような笑顔、もう春なのに赤いマフラーが印象的だった。

「届けてくれてありがとう。えっと、君の名は?」

「吉川優子だよ。優しい子どもって書いて優子。あなたは藤城健吾くんだよね?」

私ははっとした。

「どうして僕の名前を?」

そう言うと彼女はまた、くすっと笑って

「だって私たち中高と同じクラスだったのに。覚えてないの?」

私は中学・高校の記憶を遡ってみた。家から一番近い学校に通ってたので中高同じ学校の人は大勢いた。確かに親友である野上稜弥とは6年間同じクラスだったが、他に6年も同じクラスだった人はいただろうか?そもそもこんなにも可愛らしい子はいただろうか?

「ごめん。覚えてないみたいなんだ」

私が申し訳なさそうに言うと、彼女は少し残念そうな顔をして

「そっか。あんまり話したことなかったもんね。それに、私大学に入ってから髪も切ったし仕方ないよ。」

また、彼女は子どものような笑顔になった。だけど唇が少し震えているようにもみえた。

そんな彼女を見ていると私はなんだかやるせなくなって

「あのさ。もし良かったら今度お茶でもしない?ほら、中高の思い出とか話し合ってみたりとかさ。それに―」

彼女と目が合う

「君のことももっと知りたくてさ。」

彼女に負けないくらいの笑顔で私が言うと、彼女は少し驚いた顔をして、それから笑い出した。

「藤城くんってそんな事言う人だったんだ。いつも男子としか喋ってないから女の子に興味無いのかと思っちゃってたよ。」

彼女が笑ってくれて少しほっとした。

「いいね、お茶。今度の日曜にでも行こうよ。」



一人暮らし先のアパートに帰ってからの私はぼうっとした気分だった。

《吉川優子》

彼女の笑顔が脳に焼きついて忘れられなかった。

しかし、未だ釈然としないのが彼女と、6年間も同じクラスだったということだ。あれほど可愛い子ならさほど女好きでもない私でも記憶に残っているはずだが…。

やはりこういうときに持つべきものは友だろう。かなり女好きのあいつに聞いてみるか。早速電話をかけてみる。

「もしもし、野上商店でーす」

間抜けた声が受話器から返ってきた。

「稜弥?俺だよ。藤城だよ。」

「おおー。健吾かー。久しぶりじゃねえか。大学でも元気か?」

そういえばこいつに電話を掛けるのも久しぶりだったな。

「元気にやってるよ。そっちはどうだ?」

「お陰様で店で親友から電話をとれるぐらい繁盛してるぜ。」

野上は高校卒業後親の店を継いでいる。今の言いぶりだと客は今いないらしい。

「で。わざわざお前が店に電話かけてくるぐらいだから何か用があるんだろう?」

流石、6年間の付き合いは長いものである。

「ああ。お前俺と中高6年間同じクラスだったよな?」

「そうだぜ。それがどうかしたのか?」

「それで俺の他に6年間同じクラスだったヤツっていたか?」

もし一緒なら女好きの稜弥なら覚えてるはずだ。

「えっ?ああ。確かに居たなー。」

「もしかして、吉川優子か?」

「おおー。人の名前覚えるの苦手なお前がよく覚えてるじゃねえか。」

やっぱり6年間一緒だったのか。じゃあ、なんで覚えていないんだ。

「あ、ああ。そりゃ覚えているさ。あの色白で可愛い吉川さんだもんな。」

「はっ?お前何言ってるんだ?」

一瞬思考が停止する。

「あの《そばかすメガネ女》だろ吉川優子は。」

持っていた携帯を落としてしまった。明らかに動揺している。今、私の脳内を覗いたらおそらくはてなマークだらけだろう。落とした携帯から稜弥が心配する声が聞こえた。慌てて拾い上げる。

「ああ。悪い。ちょっと気が動転しちまった。」

「大丈夫なんか?ところでお前は一体全体なんで年中冬服で暗くて地味な吉川さんを《色白で可愛い》と思ったんだ?」

冷静な稜弥の声で落ち着きを取り戻す。

「今日偶然、その吉川さんに大学で会って、それで色白で可愛かったから…」

「惚れたのか?」

「なっ…。」

たまにこいつはこういう冗談を言う。

「いや、ただあまりに印象が変わってからだな、吉川優子って言われてもピンと来なくてだな」

「まあ、そういうこともあるだろう。大学に入ってから印象が変わるなんてよくある話やっと…お客さん来たし切るでー。じゃあなー」

「おっおい。待てって。」

切れてしまった。

(ふぅー)

ベッドの上に横になる。

(確かに稜弥の言う通りかもな)

大学デビュー?というのかどうかは知らないが、そういう人も多いのだろう。いくら6年間同じクラスだったと言えど話したこともなければ印象が変わっていても気付かないだろう。そしてそんな彼女に惚れてしまうことだって…。

(バカバカしい)

ああ、人はこんなにも、こんなにも簡単に恋に落ちてしまうものなんだなあ。



約束の日曜日。

彼女のことが気になってろくに授業も身に入らなかった。稜弥からの言葉もあって期待と不安が入り混じったような複雑な気持ちだった。

朝食もあまりとらずに家を出る。足が重かった。吉川さんに会いたいという気持ちもあって、けれどいざ会って話せるかわからなくて頭の中をぐるぐる同じことばかり考えてた。そうこうしているうちに約束のカフェテリアに着いてしまった。待ち合わせの時間には10分ぐらい早かったが、彼女はもう1番奥の木漏れ日が射し込む席に分厚い上着と赤いマフラーを巻いて座っていた。そして私を見つけると微笑んだ。

彼女を見ても何も言葉が出てこなかった。

「藤代くんおはよう。」

彼女に先に声をかけられてしまった。

「うん、おはよう。」

ぎこちない返事だ。それを聴いて彼女はクスッと笑った。

「どうしたの?緊張してるの?」

「いやぁ。あはは。」

上手く話せない。

「私のこと思い出してくれた?」

1番話したくなかった内容を問われた。こうなれば答えないわけにもいかない。

「思い出したよ。吉川さん。」

「そう。」

少しの沈黙も長く感じられたので私は

「あっ。稜弥に聞いたんだ。覚えてる?野上稜弥。」

「覚えているよ。藤城くんと野上くんはいつも仲良さそうだったもんね。」

少し緊張がほぐれた。稜弥には感謝することがたくさんある。

「変わったでしょ。私。」

一瞬言葉が詰まる。

「そ、そうだね。」

すると彼女はまたニコッとして

「ねえ、藤城くん。変わるのってとっても難しいことじゃない?」

少し戸惑う。

「うん、そうだね。」

「変わるのって…何かを変えるのってとても難しくて大変なの。私の場合は時間をたくさん使っちゃったよ。」

彼女の努力は私には想像もつかないものだろう。

「それでね、変えるものが大きいほど、強いほど費用コストがかかっちゃうんだよ。」

彼女はたくさんの時間を費用コストにしたのだと感じた。

「特に…家族とかね。」

不穏な空気が立ち込める。さっきまで木漏れ日に照らされていたこの席も厚い雲に覆われ少し暗くなっていた。

「私ね6歳の頃、両親が離婚したの。」

「俺も同じだ。」

思わず口に出してしまった。

すると、彼女は一切驚きを見せずに続けた。

「ママがね、パパじゃない男の人と仲良くなっちゃって、喧嘩いっぱいしちゃった後に結局、離婚したの。

そこからパパはお酒いっぱい飲むようになっちゃって、私に暴力を振るようになったんだ。」

彼女は微笑みながら語っている。私は驚きを隠せなかった。自分の身近に、自分と同じようにいや、自分よりももっと苦しんでいる人がいるのにそれに全く気づけなかったなんて。

「私のママは自分の家族を変えるために私やパパの心身を費用に使っちゃったんだね。」

彼女の頬には涙が通っていた。

「パパが暴力振るうようになってからは本当に辛かった。傷もすごくできちゃって半袖が着れなかった。」

彼女は厚い上着の上から自分の腕をさすりながら言った。

「でもね、パパは私が高3のときに入院してそのまま死んじゃったんだ。」

「そう…なんだ。」

返す言葉が見つからなかった。

私が今見ている彼女は色白で可愛くて、それは確かなことなんだけど、心にも身体にも傷を抱えている少女だった。

「私ね、パパのこと嫌いじゃないんだ。

確かに暴力は嫌だったけど、私のことここまで育ててくれたんだもん。」

なぜか自分の母と重なってしまう。私の母も辛かっただろう。だけど母は強かった。だから私に暴力を振るうようなことはなかったんだろう。

「私が憎んでいるのはママとママの新しい旦那さん。」

そう言うと彼女は私に抱きつき首にキスをした。

「ねえ、本当は知ってるんでしょ。全部。」

鼓動が速くなっているのがわかる。周りの会話が煩く聞こえてくる。

そうだ、私は全て知っていたのだ。

中学一年生になった私は両親の離婚の理由に好奇心を持ち出した。自分の両親が離婚しているという事で他の人へ優越感と劣等感のどちらも持っていたのだろう。だから離婚のときの裁判の書類には何度も目を通した。私の父の不倫相手もまた、既婚者だったこと。相手の苗字が吉川だったこと。もう二人の間に子どももいること。そして、中学校での1番最初の参観日で母が吉川さんを睨んでいたこと。二回目以降は来なくなったことも。全部全部知っていたのだ。いや、逃げていたのだ。実家に変えればボケた母親がいることからも。私は長い間逃げていただけなんだ。

彼女に全てを打ち明けたあと、彼女と目を合わす。二人ともお互いを見ているようで、お互いが違ったものを見つめていた。

「そうだったんだね。」

先に口を開いたのは彼女だった。

「藤城くんは自分の記憶を変えるために母親を費用コストにしたのね。」

彼女はこわばった表情だった。

「うん、そのことも忘れてしまっていたみたいだけど。」

見つめあったままの二人。穏やかとは言えないがすっきりとした空気が流れているように感じた。

「私は藤城くんよりも早くには知らなかったよ。不倫相手を知ったのもつい最近。中高のうちはまだ知らなかったよ。

知っておけば良かったのかな。藤城くんを好きになる前に。」

「それはどうだろうね」

私は平然として答えた。

「俺は全て知った後でも吉川さんのことが好きになったよ。」

笑って話してみる。彼女の顔は緊張したままだった。

「それは、藤城くんがさっき思い出した時に好きになったっていうこと?」

不思議そうに聞いてきた。

「そうだよ、さっき思い出して、さっき改めて好きになったんだよ。」

「改めて…?」

笑って答える。

「お茶に誘ったときから少し好きだったんだ。

でも今は、もっと好きだよ。」

彼女は子供のような笑顔をうかべた。

「だけど、私のママがあなたの家族を壊しちゃったんだよ?それでも私のこと好きなの?」

「俺の親父だって君の家族を壊したさ。

こんな俺達だからこそ良い家族になれると思わないかい?」

2人は見つめあって笑い出した。

「じゃあ、私たちが恋人になるためには何か費用コストが必要じゃないかな?」

「そうだね。」

木漏れ日が私たちを包み込む。

「じゃあ、この店の美味しいコーヒーと心地よい木漏れ日を費用コストとして満喫しよう。」

彼女に子どものような笑顔がうかんだ。

fin.










お読みいただきありがとうございます。

途中に登場した費用コストという概念は超能力みたいなものとお思い下さい。

ちなみに健吾のボケた母親は後に2人で介護しました。

稜弥も無事良い女性を見つけ結婚したでしょう。

あっ、あとカフェなのに全く店員さんが注文取りに来ずにすみません。

次回作もお読みいただければ幸いです。

本当にお読みいただきありがとうございます。

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