対抗する者
バイトの休日。何時もならば外出して楽しむところだが、要次は部屋から一歩も出ていなかった。
「そ、外に出たら繭樹さんが」
居るかも知れない。その事に対する恐怖心が膨張する。
「ふッ、ふー」
今日は買い出しに行こうと思ったがどうしようか。外に出る勇気が無い。
ピンポーン
チャイムが鳴る。
大きく身を震わせた。誰だろう。マイクに向けて口を開く。
「はい。何方でしょうか?」
「おい、私だよ。東口雅美。声震えてるぜ?」
限界まで張り詰めた緊張感がブッツリと切られた。直後に襲い来る脱力感にガクッと背と頭を下げる。
「なんだ東口サンか」
「なんだとはなんだ。入れろ。」
早く入ってと部屋に上げた途端、沸き上がる安心感。
「目のクマが酷いぞ。寝てんのか」
「昨日寝れなかった。」
雅美はまた部屋を見渡した。
特に変化は無い・・・が、ちゃぶだいの上に置かれた分厚いアルバムが目に入る。
すぐに掴み上げる。アルバムを開く。目も見開く。
「おい!?これ何だよ!?」
何てうらやまけしからんアルバムなのだ。要次の普段見られないあんなシーンやこんなシーンのオンパレード。
視線を写真じゃない方の要次へ移す。
「昨日何かあったのか!?言えよ!」
「そういう写真撮る人は誰だと思う?」
彼はゆっくり此方を向いた。
「っ繭樹か!?それとも坂井か!?」
「繭樹さんが昨日来たんだよ。また来たんだ。」
「彼奴未だ懲りてねぇのか!?ふざけやがって」
怒りが込み上げて来る。沸騰しそうだ。あれだけ彼を傷付けて、怖がらせて、心を歪めて。
「だから怖くて寝れなかったんだ。」
彼は虚ろな目を眠そうに擦る。
「まぁ何とかするよ。警察とかに相談しよう。ところで東口サンは今日何の御用で?」
「そう軽く話題変えられる事じゃねぇだろ!」
「え?だってほら」
しどろもどろになって何か答えようと試みている。話しても何も変わらないと思っている。
「東口サンに迷惑掛けられないよ。そうだろ。」
中学の時の事で負い目があるのか。無いだろう。助けられたのは自分だ。
未だ借りも返しきっていないだろうが。
「相談しよう、そういうの大事。」
「・・・・・・うん。」
それから昨日起きた事をゆっくり説明して貰った。自宅に押し掛けるだなんてこいつが一人暮らしじゃなきゃあ出来なかっただろう。
そもそもどうして一人暮らしなんかしているのだ。本人の志望だそうだがそれをこんな壊れかけのやつにやらせるとは。
道徳的に考えればさせないだろう。親がそこまでの人間だったと言う事か。結局は近所の目を優先したに過ぎない。
「警察に相談するってのは嘘だろ」
出されたお茶をぐびっと飲んで言い放つ。彼は疑問の表情だ。
「嘘言う時の仕草。首の後ろに手を回す。」
要次は苦笑いして一枚のメモ紙をちゃぶだいの上に置いた。雑なボールペン字で「もしも警察に相談とかしたら予備ばら撒くよ☆」と書き殴られていた。
「コレ必要ないとか言っときながらバッチリ活用されてんだよ。」
じわじわと心を崩して最後に堕とす気なのかも知れない。同じ人間を想う者として、こういうやり方は、
「狡い。」
「え、何か言った?」
「なーんにも」
「・・・・お腹減ったね。」
「コンビニに買いに行こうや。」
「ちょっと外は・・・」
「出ないでどーやって暮らすんだ」 雅美は要次の手を掴んで引っ張り上げ、手を思いきり握って引き寄せる。
勢いが減らなかったからさりげなく片腕で抱き止めた。
「うえ!?ちょ、東口サン!?」
要次の顔が真っ赤だ。
「行くぞ、要次。」
思い切りドアを開き外に出た。若干雅美はにやけている。
「簡単だろ?」
「うん。」
要次は素直に頷いてしまった。何故か彼女と居ると安心感が出て来て、大丈夫な気がしてしまったのだ。
「何にもいねえ。大丈夫だ。」
そう言って長い長い黒髪を降り一瞬近くを睨む。
「どうしたの?」
「何でも。行こうか、立ち食い蕎麦。」
「コンビニじゃなくて?」
※
「うひいいいいいっ!?」
コンクリートの塀越しに隠れる繭樹。歯がガチガチ音を立てる。
「冷や汗がドバドバ出るー」
深呼吸して顔を上げる。何なんだあの女は。此方に気付いていた。彼奴に睨まれると尋常でない恐怖感が走り、まともな行動が取れない。
「うー、怖っ。」
今は邪魔された悔しさより恐怖が勝っていた。今日は止めておこう。
さりげなく東口が神崎を名字でなく名前で呼んだの気付きました?