店長とバイト仲間、あと旧友と再開
その日、要次はバイトに行った。
「毎度あり」書店員の格好で要次は客に言う。勿論笑顔も忘れない。営業用スマイル等では断じて無い。根っからの笑顔である。
ただ、締まりが無い。
「精が出るね。いい事だ。うんうん。」
誰に言うでも無く、独り言のように呟きながら店の中から一人の男が出てきた。手にはこのご時世珍しい煙管。先端が金属製の長いヤツだ。
「へへ、有難う御座います。」またニコリと笑う。
彼の名前は、伊藤葉。一応この書店の店長だ。
彼の場合はやる気が無い。
昔から要次が通っていたこの書店。個人経営の店で、他の店より物の値段が安い事で評判だった。
中学を心が擦り切れそうになりながら卒業し、高校に行けずにバイト先にも悩んでいた彼を雇ってくれたのが彼だった。
「君死体みたいな目ぇしとるな」
「あ…ハイ。色々あったんで。て言うか死体の目って見た事あります?」
「んん?聞きたいか?」「いえ。良いです。」
「バイト先探してんだろ」「はい。」
「ウチ来ない?バイト代高いぞー。」「あ、お願いしますっ!」
「元気でたなぁ」といった具合で採用が決まったのだ。適当過ぎんだろ。
「…随分笑う様になったし、これからも頑張れそうッスね。」
そう話しかけてきたのは、バイト仲間の田浦だった。要次より三歳年上だが、まるで同年代の様に接してくる。
「田浦先輩クマが凄いですね。ちゃんと寝てます?」
要次が聞くと、田浦は二ヘラと笑う。コイツも笑顔に締まりが無い。「ネトゲで忙しいんスよ。あと先輩は余計」
「俺が教えたヤツにどハマリしてよー、手がつけらんねー」
と伊藤。
あ、そうだ、と彼は呟く。
「神崎君本並べといてー」「わかりましたー」
「カウンター俺がしとくから。」
プリント片手に、本を棚に並べる。背の低い彼には少しキツい仕事だった。小説、というかライトノベルの棚はでかくて背が高いから大変なのだ。
自動ドアが開く音。お客さんだろう。丁度棚に並べ終わったので、退散しようと若干俯き気味でカートを押す。
多分声からして学生だろう。二、三人は居る。足音が段々近づいて来る。もしかしたら中学時代の知り合いかも知れないと思い、足を早める。
女子高生三人とすれ違う。一人が足を止める。方向転換して近づいて来る。
「神崎?」彼女は彼に話しかける。彼は聞こえない振りをしてせっせか歩く。
「待てや」荒々しく言いながらダッシュで追い付き、肩を掴む。
要次の額を脂汗が伝う。最悪だ。たまに出会う中学時代の同級生は、皆自分を色眼鏡で見て、笑い飛ばす。嘲る。それをしなくともヒソヒソ声で噂話だ。
「こっち見ろや」女子高生はハスキィな声を落ち着かせ若干優しさを含んだ口調で言い放ち、両肩を掴み力づくで自らの方を向かせる。
「…あっ」要次の心を支配していた恐怖感が、彼女の顔を見た事で一瞬にして消え去った。
「東口さん。」要次は彼女の名前を呼んだ。
「久しぶりだな。要次。」彼女はニンマリと笑って肩をポンポン叩く。「ナニナニー?知り合い?」彼女の友人らしき二人の女子高生達が歩いてくる。
「ん。コイツは神崎。私の中学時代の友達だ。」
「女の人みたいだね」たれ目気味の一人が言う。
「可愛いな」ニコニコしたもう一人が言う。
「久しぶりだな。」東口は長い髪を揺らしながら言う。
「本当に。」神崎も笑いながら返す。
「あ、そうそうこの本ある?」東口が広告を見せる。
「ああ、ソレならさっき其処に並べたよ。」
「東口ぃ!あったよ!」さっきのニコニコさんがはしゃいでいる。
その後本をレジに通した後、東口と少し雑談をし、メールアドレスを交換して別れたのだった。
「神崎君ー他の本並べた?」
「あっやべ」
「忘れんなよ」
主人公が起こした事件はその内明かされます。