湧いて出る獣
ハチャメチャ過ぎて自信無くす
「要次、最近はどうなの?上手く行ってる?」
一ヶ月振りに会う母が心配そうに要次に訊くと、向かい合う要次は笑顔で答弁した。
「うん。上手く行ってる。友達も出来たよ?バイトも慣れたし。」
繭樹の事は話さない、話せない。
「そう・・・・・あんたが一人暮らし始めるって言い出した時、もう心配で心配で・・・」
如何にも安心した様にホッと息を突く自分の母に苦笑する。都合の良い人だと考えてしまう。
「・・・・そうする様に言い出したのは母さんだよ?」
とは言わなかった。今更何を言おうが状況は変わりゃしないのだ。
「・・・・・・・・」
会話が止まってしまった。いきなり眉を潜めて黙りこくるからこうなる。
幾ら母が都合良く記憶を改暫していてもギクシャクした関係のまま。
「もう帰るね。お金ありがと」
もう用は無いなと踵を反した時、
「ちょっと待って!」
呼び止められた。
「何?」
彼女の前には弁当箱。
「唯が忘れちゃったみたいなのよ。」
彼の姉の名前を口に出した。
「悪いけどコレ学校まで持って行ってくれる?」
「嫌だよ。母さんが持ってきゃいいじゃん」
姉なんて。もう放課後だし持って行ってもきっと食べない。
「あの子水泳部だからお腹空くでしょー?私は忙しいのよ。だからね、お願いよ。」
楽しようっていう算段だろう。それとも進学した立派な彼女の事を見せてさりげなく追い詰める気か。
「お前は親不孝だとか言いたいの」
「え?何?」
「何でもない。」
母の顔は前と同じの悪いものを嫌々見る様な目付きに変わっていて、体の方はテレビの方に向き始めていた。
「はぁ」
玄関を出て角を右へ。高校は割と近場で、歩いて十分という所か。
ちょっと前まで良く行った小さな雑貨店を横切る。いろんな建物を通り過ぎた。
特に何も感動の無いまま学校に着いてしまった。既に帰宅している生徒もいる。校門を見ると果たして自分が入って良いのかと思う程の威圧感を受けてしまう。
うつむきながら生徒達の間をすり抜けて、水泳部の活動場所を探す。やっぱりプールなのだろうか。
カルキ臭が濃い方に取り敢えず早足で歩いた。早く終わらせて帰りたい。
こんな時間に私服で校内に入って来た少年に好奇の目を向ける生徒達。きっと彼を知っている人間も居るだろう。
プールの前に来たは良いがどうやって姉を見つけようかとオロオロする。
「要。」
声を掛けられた。
「唯さん。」
声の主に返す。。弁当箱を突き出した。
『処女作は得てして不出来である。』
とは良く云うが、要次は彼女こそが傑作だと思っていた。
「他人行儀なのは止めてよ。家族でしょう。」
「分かったよ、姉さん」
濡れて垂れ下がった黒い髪。中々に綺麗な姉を持ったなあと強く感じる。彼女は全ての面に於いて要次に勝っている。学力、友人関係。人格。
「オーディエンスが煩いね。お弁当、持って来てくれたんだ。」
二人が姉弟だと知るやヒソヒソと周囲の数人の生徒が噂し始める。
「母さんでしょう?」
姉が少し声を強める。
「何で貴方を苛めるのかしら。仕方ないじゃない?貴方が学校に行かないのは。キツく言っとくわ。私の言う事なら聞くでしょう。」
相変わらず表情は変えていない辺り何か雅美と近い所が有るのではと思う要次。
「兎に角有難うね。頂かしてもらいまーす」
「じゃあね。」
家族で彼に優しいのは父と姉だけで、母は要次をいびる。家から引き離した。
「僕は悪くない」
用も済んだし帰りますかと踵を返して歩を進める。
校舎裏を通って時間短縮。暗くなる前にアパートに帰りたかった。
土を踏んで石を一つ蹴飛ばした。丁度真ん中に差し掛かった時、そいつ等は出た。
「要次さんこんちゃーす!!」
無視して立ち去ろうとすると後ろから物を投げ付けられた。
「痛っ」
「無視とか酷いじゃんよ。」
ウイイイッとモーター音がした。振り向くと、少年少女が八人程居て、その中には義手や義足、電動の車椅子に乗った者も混ざっていた。
「何で此処に居んのかなァ~?」
向けられた要次の視線は冷たい。
「忘れ物届けに来たんだよ。」
この学校不良生徒なんか一人も居ないと聞いたんですがね。と内心毒突いた。
「元気してた?」
義手をわしゃわしゃと動かして一人の少女がリズムを付けて言う。
「元気にしてないのは君も分かるんじゃないかな?」
「うん、分かる。」
全員が前に出る。皆ニコニコ笑っていた。要次は何か危険なモノを察知しあとずさる。
「そうそう!最近『シて』ないんですよ!」
車椅子の少女が大きく声を上げた。一人の少年が頷く。
「凄い苦しそうだったよ。そうだ要次君!助けてあげてよ!」
皆身体を不自由そうにしている節があるが、自業自得なのだ。自傷行為に至り欠損した身体。
彼等も中学の頃は爪弾きもので敬遠されていたが、要次は何も気にせず接していた。
ソレは優しい彼だから出来た事だ。皆自傷や奇行でしか自己表現が出来なくて、誰にも好かれず独自のコミュニティを作り上げていて、鬱蒼とした日々を過ごしている所に要次が通り掛かったのを救いの手と勘違いした。
本当は助けて欲しい。振り向いて欲しい。でもどうすればいい?「助けて」だなんて素直に言えない。どうしよう?そうだ心配させよう。
彼等は彼に付いて行きながら不安を煽る様な言葉を吐いた。でも賢い彼には通じなくて。満たされなくて自傷。彼は悲しそうな表情でガーゼを貼る。
それだけ?もっと。もっと繋がりたい。崇高なあの子ともっと親しくなりたくて。今までの方法ではなりたくてもなれなくて。じゃあどうする?どうする?
こう『する』。
二年前彼等は大きな過ちを犯した。彼を傷付けた。謝りたいけどやっぱり素直になれなくて。
そして、今。
「あの、もうシないって決めたんですけど」
「やっぱり無理です。」
冷や汗が噴き出した。下着がじわりと湿る。駆け出した。
彼女等も追い掛けて来る。電動車椅子に乗った少女が室内に逃げ込もうとする要次に追突した。
「うぁっ」
呆気無く転んだ要次の足に乗り上げる。数人が彼を押さえ付けようと腕を伸ばす。
「うわあああっ!!」
要次は恐怖に叫ぶ。スタンガンを取り出して振り回す。一人の少年に当たる。
「いてぇ」
包帯でぐるぐる巻きの腕を押さえた。要次の腕を掴んでスタンガンを取り上げる。
「これ本物じゃん」
躊躇無くスイッチを押して要次に当てた。うっと低く唸るのを確認してソレを投げ捨てた。
要次の上に片目に眼帯を付けた少女が覆い被さる。要次の胸元に顔を押し付けて匂いを嗅ぐ。嗅ぐ。
「邪魔!」
少女は眼帯を外す。その目は健康そのものだった。要次の潤む目を見て皆が口々に謝る。
「分かってます。卑怯ですよね。狡いですよね。でも、やっと素直になれたんです。御免なさいって言えます。御免なさい。」
「便利だなぁ。神崎君、私手ぇ付け替えたの分かる?プラ製のやつ。」
「本当はアパートにお邪魔しようと思っていましたが、貴方が此処にいらっしたので此処で済まさせて貰います。」
謝るが、良心の呵責は余り無い。何故ならコレは彼に近付く為の大事な儀式なのだから。
「今回こそは『最後まで』行きます。声出さないで下さいね。変な事したらコレですよ」
彼女は刃物をちらつかせる。
彼は諦めた。周囲で少年が携帯のカメラを起動する音がした。
夕焼けが綺麗な日の事。




