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奴隷の生き方 B

 奴隷としての生活。鉱山で強制労働するよりかは幾らかましだった。飯が食えないひもじさと比べれば随分ましだ。

 馬車馬の代わりに荷物を運び、食事係の代わりに大量の飯を作る。戦場では最も面倒なトイレの始末をするのも俺の仕事だった。寝る場所は提供されず、竈の傍で燃えカスに暖められながら眠った。

「ゴホッ、ゴホッ・・・」

 エルフの連中は俺のことを本当にただの家畜かサンドバックぐらいにしか考えていないようだった。命令をきくのは当たり前。仕事をこなすのは当たり前。失敗すればボコボコにされるのも当たり前だった。

「何度言えばわかるんだよ!てめぇには脳みそ入ってんのか!」

 剣の腹で側頭部をぶん殴られた。刃先が耳を掠り、付け根に血が滲む。

「同じ空気吸えてるだけで感謝しろって言ってんのに、咳でてめぇの汚い息をまき散らす奴があるか!」

「すみません・・・」

 理不尽だと怒る気力も無い。俺はただ、散らばってしまった荷物を急いでかき集めていた。行軍に遅れたら遅れたでまた殴られる。ただでさえ日々の雑用で疲れてるってのに、これ以上体力を失いたくはなかった。

「ったく・・・」

 短い銀髪をバンダナでまとめているエルフが悪態をついていた。彼女はエルフとしては非常に珍しい褐色の肌をしていた。

「おいおい、サンドラ。あまり殴りすぎるなよ。その男がいなくなったらお前がまた雑用兼食事係に逆戻りだぞ」

「・・・んむむ・・・そいつは嫌だな・・・治癒魔法でも使ってやるか」

「それこそ本末転倒じゃない。死なないなら放っとけばいいのよ。失敗したら殴るぐらいでちょうどいいわ。お猿さんはそうでもしないと頭に入らないんですから」

 好き勝手に言われているが、俺には口を挟む権利はない。

『貴族は沈黙を好み、平民は沈黙を嫌い、奴隷は沈黙を美徳とする』

 どっかの世界で聞いた諺だった。

「まぁ、物覚えだけはいいからなこいつは。中隊長もなかなかいい者を手に入れてくれたよ」

 サンドラはそう言って剣を鞘に戻した。とりあえず、荷物を持ちなおした時間は合格点に達したようだった。

「本当ですね。あとはもう少し頑丈であってくれればよろしいんですけど」

「言ってやるだけ無駄でしょう?まぁ、殺さないように加減するのは難しいですよね」

「本当に嫌になるわ。人間って種族は」

 向けられる侮蔑の視線と棘を伴う言葉の刃。それが俺の心に突き刺さることはない。この程度、もう慣れてしまっていた。この世界で慣れたわけじゃない。今まで経験した数ある人生の中で味わい続けてきた感覚だった。

 理不尽だと嘆くのはもう疲れた。

 その日の行軍が終わると同時に俺はすぐに食事の準備に取り掛かった。野営用のテントは俺には触らせてくれない。俺の居場所は竈と簡易トイレと馬達の間だった。

 そこで馬からその日の食事と水を降ろして料理を始める。俺は野戦料理も家庭料理も経験してきた。三つの竈を同時に操りながら俺は手際よく料理を進めていく。これが遅いとまた殴られる。エルフの拳は想像以上に重い。あまりくらいたくはなかった。

 特にあのサンドラとかいうエルフは渾身の一撃をぶちこんでくる。多分、体の中の臓器はいくつか痛んでいると思う。数日前から一歩歩く毎にボディーブローをくらい続けるような痛みが続いていた。

 それを慮ってくれるエルフはここにはいない。痛みを訴えたところで一笑されるだけだろう。

多分、俺はそのうちここで死ぬ。そんなことを最近考えるようになった。

一通り料理が終わってもまだ仕事は終わらない。中隊長以上に飯を運ぶのも俺の仕事だった。

隊長が一番最初。気の強そうなエルフだが、彼女はまだいい。良くも悪くも俺に興味を示さないからだ。

「お食事を運んでまいりました」

「ああ、そこに置いておけ」

 それだけの会話をして下がる。

 問題はそこから先だった。

「お食事を運んでまいりました」

「なんですの、これは?」

 自分の仕事を最初に教えてくれた隊の中隊長。ふっくらとした巻髪を持つエルフ。言葉遣いがやけにお嬢様くさい。名前はテスラ。

「本日のお食事です」

「どうしてこの料理に食前酒が付いていませんの?こういうメニューならそれぐらいするのが当たり前でなくって」

「申し訳ありません。気づきませんでした」

「・・・気づきません?」

 彼女の声が不穏なものに変わる。次の瞬間、顎先を蹴り抜かれた。目にも止まらぬ速度で接近され、真下から蹴り上げられたのだろう。首が折れたかもしれないと思う衝撃、激痛なんてもんじゃない。金属バットで殴打された時と同じぐらい痛かった。それでも、まだ生きているのは彼女が手加減したからだ。

「猿のくせに味も理解できないの?脳みそがいらないのならわたくしが消し飛ばしてさしあげますわよ?」

「・・・・・・・うう・・・っ・・・っ・・・」

 地面に横たわりながら咳を無理やり止める。息を止めて席を抑え込む度に首がひどく痛んだ。

「ふむ、まぁ味付けは合格としてあげるわ。次から気を付けなさいよ」

「・・・はい・・・」

 横たわっている暇なんかない。まだあと二人の中隊長に飯を届けなくてはいけないのだ。

 二人目。最悪なタイミングだった。

 エルフの中でも一際小柄な彼女、シャルルが剣の素振りをしていた。

「おう、ちょうどいいとこに来たな。お前、稽古台になってくれよ」

 拒否するとう選択肢はない。俺は剣を持たされた。食事もろくにもらえてない状態で鉄の剣なんか重くて持てるわけがない。それに加えてエルフという種族の腕力だ。一太刀受けるだけで俺の剣は吹き飛ばされた。そして前腕や脛を滅多打ちにされる。

「ほら、訓練にならないだろ。早く剣を取ってこいよ」

 倒れた地面から起き上がろうと手をつく。その瞬間、上から頭を踏みつけられた。

「おいおい、早く立てよ。こんな体の小さい女に足蹴にされて悔しくないわけ?抵抗しろよ、ほらほらほら」

 踵をぐりぐりと押さえつけられる。顔が地面にめり込みそうな勢いだった。耳に頭蓋が軋む音が聞こえている気がする。

「まぁいいや。おい、食事が終わったらうちの隊に来いよ。みんな稽古台が欲しいって言ってたんだ」

「・・・はい・・・」

 だいたい三日に一度はこうして誰かの隊に呼ばれる。稽古台なんてただの名目。ようは娯楽だった。うっぷんを晴らすゲームだ。俺を気絶させないようにどれだけ長くいたぶれるか。そうでなかったら拷問の練習台だ。

 痛む手足を引きずり、俺は三人目の中隊長の元へ向かう。名前はシファー

「遅いじゃないの」

 この時点で既に彼女の顔には憤怒が満ちていた。言い訳は意味がない。謝罪も意味は無い。ただ罰を受けるだけだ。

 俺はまた蹴りを顎に貰った。今度はその腹に踵落としのおまけつきだった。何も入っていないはずの胃袋から胃酸が逆流した。だが、中隊長のテントで嘔吐するわけにもいかず。俺は自分の服の中に胃酸を吐き散らした。

「汚らしいわ。食事する気も失せたわよ。どうしてくれるのかしら?」

 息も絶え絶え。何を言えばいいのかもわからず、頭に浮かんだ言葉をそのまま口走った。

「殺して・・・ください」

「嫌よ。あなたの死体を片付けるのが面倒くさいわ」

 俺はそのまま蹴り出されるようにしてテントから追い出された。

 それでもまだ夜は終わらない。食器を洗い、エルフの服や鎧を磨き、稽古台に呼び出されて体中に青あざを作って、ようやく俺は眠りについた。

毎日がこんなことの繰り返し。死んだ方が幾分か楽だろうと思うのは転生の経験がない者の思考回路だ。死んでもう一度転生した時、もしかしたらこれ以上に酷い環境の中で生きるかもしれない。ここは痛くて、苦しくて、理不尽ばかりなだけだ。飯と水とそれなりに暖かい寝床がある。それだけで今は十分だった。

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