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奴隷の生き方 A

 森を手前に軍隊が列を広げていた。膨大な数の人間を集め、鎧と槍で武装した集団。

 最前線における重装備の部隊。左翼右翼に位置する騎馬部隊。中央に陣取る歩兵部隊。それぞれが一律の黒い鎧で統一し、紅の旗印をかかげていた。その様はまさに鉄の大地。完成された陣形で全てを押しつぶし、蹂躙することを目指して練り込まれた堅牢の陣。

相対する軍隊はほんのわずか。遊撃隊とでも言うべき少数の部隊が、軽装備で森を守るように立ちふさがっていた。

しかも、その全てが女性。

肌は白く、耳は妙に尖っている。長身痩躯だが、女性としての豊満な身体は惜しげもなく晒している。その四肢も戦場にいるのが場違いな程に細い。

ただ、そんなことはどうでもいいのだ。

彼女達を形容するのに多くの言葉の羅列は必要ない。

彼女らは美しかった。例え無骨な鎧に身を包んでいても、身の丈を超えるような大剣を担いでいても、美しいのだ。

それがエルフ。神の現身と呼ばれる種族だった。

その中から一人の女性が歩み出る。

瞳に凛とした強さがあるエルフ。彼女は腰まである髪を後頭部で丸めて邪魔にならないようにしていた。この種族の年齢は非常にわかりづらいが、先陣を切らんとする隊長にしては極めて若い。

「下等な人間種族の猿どもに告ぐ。これより先は女王の森。エルフの土地と知っての愚行を行う貴様らは我らが蹂躙する!」

 交渉もなし。舌戦もなし。お互いの意思の確認もしない。ただ彼女は人間の軍隊を殲滅すると宣言した。エルフにとってはこの森の近くにこれだけの人間が集まっていることそのものが不快なのだ。彼女らにしてみれば、これは獣狩りと同じだった。人里に下りてきた熊を射殺すように、彼らは人間を狩りとる。

両者の軍に緊張が走る。

単純な人数差は10倍近い。人間の軍隊はその全てが男であり、屈強な筋肉を持つものばかりだ。それに対してエルフの軍は全員が女性。しかも鎧らしい鎧もつけていない。籠手と脛当て、あとは最低限の胸当てぐらいだ。武器は更に極端だ。巨大な剣を持つ者、今にも折れそうな程に細いレイピアを持つ者、挙句の果てに武器すら持たない者もいた。

これがお互いが人間であれば勝負などする以前の問題である。

だが、相手がエルフである。

この一点の違いは大きかった。

なにせ、士気を損ねているのはどう見ても人間側だったのだから。

「怯むな!我ら人間の力を見せてやれぇぇぇ!」

 鬨の声があがる。

 戦端が開かれた。

 直後、暴風が、炎が、雷が、人間の軍に降り注いだ。

 圧倒的な自然の摂理達が意思を持った獣のように軍隊の中を切り裂いていく。

「汚らしい豚畜生め・・・我々が駆除してあげる」

 冷たい視線で人間を睥睨し、エルフたちは各々の得物を構えた。

 相手が人間であれば難攻不落の陣形も、都市ですら脅かすような自然の理に敵うはずがない。

 彼等とて、当然魔法に対しての対策はしていた。防御の魔法を張り、何十名の意思の力を総動員していた。にも関わらずその防壁は一瞬で粉砕されていたのだ。

 人間を遥かに超える魔法の力。筋肉量という物理原則すら無視する膂力。そして、長い年月で研鑽を積むことができるという長命故の経験値。

 これがエルフという種族が四つの国と国境を接する森を長年守護し続けられた理由である。

「さぁ、狩りとなどと言う気はない。これはただの糞の処理だ!」

 先頭のエルフが駆け出し、続けて後方の部隊が三つに分かれて走り出した。

 エルフ達が人間の軍隊に次々と襲いかかる。一突きが二つの身体を貫き、一振りが胴を三つ薙ぎ、一つの呪文が四人を吹き飛ばす。

「右翼より伝令!至急増援を!」

「中央持ちこたえられません!」

「左陣、壊走をはじめました!」

 人間側も十二分に準備はしていた。持ちうる戦力を最大限に生かせる陣を組んだ。

 しかし、それでも彼等は勝てないのだ。種族の差とはそういうことだ。生まれ持った力の差とはこういうことなのだ。

 中央に位置していた司令官は唇をかみしめて撤退の合図を出した。

「隊長!敵陣が引いていきますわ!」

 たっぷりとした髪を蓄えたエルフが隊長にそう言った。

「私の部隊が追撃してやるよ!」

 エルフにしては随分と小柄な者がそう言った。

「あら、自信があることはいいことですが、空回りしないようにね」

 この種族にしては珍しい黒髪のエルフが挑発するように言った。

「中央の部隊だけ叩いておく。また猿の異臭を森にふりまかれてはかなわん。ああ、それと奴隷が欲しいとか言っていたな。捕虜を連れてくるなら好きにしろ」

「あらぁ、それはありがたいですわね。今まで使ってあげていたのは逃げようとしたから弓の練習台になってしまいましたからね」

「できるだけ丈夫そうな奴がいいな。ぶっ壊れにくいの」

「頭数はいりません。私達の隊を臭くされてはかないませんのでね。だからせめて見た目ぐらいは良い物を連れていきたいところです」

 中隊長達の話を聞き、隊長はにやりと笑った。

「それなら一人か二人だ。生き残っているのを連れていく。それでいいな?」

「了解しましたわ」

「はいはーい」

「わかりました。善処します」

 三者三様の返事を聞き、彼女達は再び人間の陣へ向けて走り出した。

 彼等は神の現身。

 故に自分勝手で、故に気まぐれで、故に残酷だ。

壊走する相手へ容赦の無い攻撃が迫る。逃げようとする者、立ち向かおうとする者。分け隔てなく鉄の刃や炎の風が襲いかかる。一人でも多くの害獣を駆除するかのようにエルフ達は進撃を繰り返した。

いずれ歯ごたえのある中央の近衛兵は先に逃げ、しんがりを務めさせられ、捨て駒にされた貧弱な部隊が残る。こうなってしまっては駆除どころではない、ただの遊びだった。殺すも殺さないも、痛めつけるも楽に死なせるのもエルフ達の気分次第。

そして、最後に残った男を見下ろして中隊長達は冷たく笑った。

「あら、一人になってしまいましたわね。シャルルが殺しすぎるからですよ」

 ふんわり髪のエルフが小柄なエルフにそう言った。

「テスラの部隊だって殺しまくってるくせに。あぁあ、選択肢ないじゃん。少しは考えて戦えよな」

 シャルルと呼ばれたエルフはそう言い返す。

「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」

 テスラは見下すような物言いでそう言った。

「おやめなさいな二人共。醜くってよ」

 黒髪のエルフがそう言い、二人の中隊長の顔が苛立つように歪む。黒髪のエルフは名をシファーと言う

「お前達、喋っている暇はないぞ。我らの森の傍に猿の死体を転がしておくわけにはいかない。さっさと魔法で焼き払う支度をしろ」

「わかっていますミシェーネ隊長。このシファー、真っ先に仕事にかかります。というわけでそこの奴隷の扱いはあなた方に一任しますね」

 シファーはそう言い残し、黒髪を翻して自分の部隊と共に去って行った。

「あたしもこいつに興味ないもんね。もっと頑丈そうな奴ならよかったのにさ。てなわけで、あんたが世話しなよ、テスラ。一番奴隷欲しがってたんだから」

 シャルルもまた自分の部隊を引きつれて戦場だった場所へと向かっていった。

「あの方たちは自分勝手なのですから。あれでも本当にエルフの中の名家というのだから驚きですわね。品性の欠片もない」

「テスラ。陰口は感心しないぞ」

「おっと、これは失礼をしました。ミシェーネ隊長の御耳にいれることではございませんでした。お許しを」

「お前が言うと嫌味に聞こえんな」

「嫌味ではありませんから。これはわたくしの本心です」

「まぁいい。奴隷の扱いは任せたぞ」

「はい」

 ミシェーネが一人去るのをテスラの部隊は一礼して見送った。

「・・・さて」

 そして、テスラは人間に向き直る。

「お猿さん。聞いての通り、あなたはこれからわたくしたちエルフの奴隷になるの。感謝して仕えなさいな」

 無様に尻もちをつき、安物の鎧しか身にまとっていない貧相な身体の男。

 彼は「ゴホッ、ゴホッ」と小さく咳をした。

 すぐに片刃の剣の峰が振り下ろされた。

 肩を打ち据えられ、男は痛みに地面に這いつくばった。

「つっ・・・・」

「返事は?」

「・・・はい・・・わかりました」

「それでいいのよ」

 彼の目は既に絶望に満ちていた。エルフの部隊の捕虜にされ、奴隷同然の生活が待っているのならばさもあんなりだろう。

 誰もが、エルフさえもそう思った。

 だが、彼はそんなことに絶望しているわけではなかった。

 彼は自分の人生そのものに絶望していた。

 5度目の転生の果てはエルフの奴隷だったのだから。


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