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生贄の生き方

 そこはどこかの神を崇める一団の住処だった。

 太陽も月もない地底の町。噴煙と砂埃だけがこの町の天気だった。

 ここに住む神は土の中にいた。神は血と肉を求め、人々は己の命を差し出す。彼等は憎悪などの負の感情を喰うことで人々に平安をもたらす。

その教えを聞き、ここに潜んでいるのは悪魔だろうと俺は思っていた。

 ここに人の子はいない。いるのは皆平等に神の子だと言われた。人々の役目は占い師が決める。

 曰く『この者は我らが土地を守護する者なり』

 曰く『この者は神に捧げる供物を育てる者なり』

 曰く『この者は人々の罪を聞く者なり』

 曰く『この者は外の世界を浄化する者なり』

 そして、俺に5歳で告げられた言葉はこうだった。

『この者は神の御許にお仕えする者なり』

 俺の6度目の転生先は牢獄だった。

 俺は12で生贄として土の棺桶に埋められ、焼き殺されることが決まっていた。

 神が求める憎悪の為に、俺に与えられたのは空腹だった。

 皆が俺の前で飯を食い、俺には生きる為の最低限の食事しか与えられなかった。

 生きる為に俺は動くことを止めた。考えることもやめた。

 飢え死にしないためにエネルギーを節約する方法は経験則で知っていた。

「・・・今日の食事だ・・・しっかり食べろよ。もうすぐお前は神の御許に行くのだ」

 出された食事を眼だけで確認する。

 水しかなかった。

「・・・・・・・・」

 それに手を伸ばし。喉に流し込む。

 まだ、生きている。

 それを喉の奥だけで実感する。

「・・・・・・・くそっ・・・」

 空になったコップを俺は地面に転がした。

 投げ捨てる気力も無かった。

 こんな時に思い出すのはいつもあの二人だった。

「・・・・・・・・てすら・・・さんどら・・・」

 7歳の頃は期待していた。9歳になる頃には諦めていた。11歳になってからはそれだけが心の支えだった。

 でも、もうそれも折れてしまいそうだった。

 もう俺が焼き殺されるまで時間はない。

そしてここは誰の目にもつかないように隠された地底の町だ。俺からは合図をあげることも、探しにいくこともできない。

 彼女らが見つけてくれる可能性はほとんど残されていなかった。

 だから、やっぱり、あの時死んでおけばよかったな。

 今では時折、無感動にそう思うだけ。不思議と彼女達に怒りは沸いてこなかった。

 理不尽にはもう慣れている。あとはただ受け入れるだけだ。

 次が無いことを祈りながら。

 そして、数日がたち、数週間がたつ。

「さぁ、いよいよだ。神の御許へ行くための準備をしなくてはな・・・さぁ!出ろ!」

 俺はいよいよ連れ出された。

 手足は棒のように細くなり、肋骨が浮き出る程にやせ細っていた。その上からぶかぶかで燃えやすそうな服を着せられる。そして俺は、荷台のようなものに座らせられた。

 逃げ出さないように手足は枷で縛られている。この服はそれが見えないようにするためのものでもあるらしい。

 こんなことしなくても逃げやしないよ。

 そんなことが出来るような身体じゃないんだから。

 仰々しい音楽と共に町を練り歩く。この町は記憶にある町と変わらない。ただ誰もが俺を仰ぎ見て、尊敬のまなざしを向けてくる。

 そんなことはどうでもいい。

 どうでもいい。

 俺はただ・・・幸せに生きたいだけなんだ・・・

 連れてこられた町の祭壇。そこには轟轟と火が炊かれていた。そしてその前には俺が入る土の棺。ご丁寧に火が通りやすいように工夫がなされている。呼吸だけはできるようにしているのが、なんとも人道的だった。

 俺はここで生きたまま、死ぬまで焼かれるんだ。

 幼き頃に聞いた悲鳴を思い出す。

 いや、もうやめよう・・・もう・・・辛いのは現実だけで十分だ。自分が苦しむ様子まで想像する必要はない。

 俺は神官達に両脇を支えられ、荷台から降ろされた。

 土の棺は目の前だった。

 俺は、目を閉じた。もう、何も見たく無かった。

 横たえられ、棺が閉まる音がする。

 どこからか聞こえてきた祈りの声が、地獄へと俺を引きづり降ろそうとする悪魔の声のように聞こえていた。悲鳴のような巫女の歌声は多分、讃美歌だ。俺を殺す為の歌だ。

 熱がこもっていた。炎の熱気が棺を熱していた。

 棺が動く。炎にくべられるのだろう。

 俺は最後に祈るように二人の名を呼んだ。

「テスラ・・・サンドラ・・・」

 背が炎の熱気だけで焼かれる。

「・・・・・・・・また・・・会いたかったよ・・・」

 服に火が燃え移った。

熱い。熱い。熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い

燃え盛る炎。気持ちとは裏腹に俺は土の棺を掻き毟った。

狭い空間でのた打ち回る。避けることも逃げることもできない。それでも心の奥底に眠る本能が必死に逃げようとする。

酸素が急激に薄れていく。俺は必死に呼吸の為の穴から空気を吸った。

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

燃え盛る炎に熱されて、空気は肺を焼くほどに熱い。それでも俺はそのか細い空気の流れにしがみつく。

「はぁっ!たすけてたすけて!!だれかぁぁぁぁあぁ!」

 助けを求めても意味はない。

 それでも、叫ばずにはいられなかった。

「だれか・・・たすけてぇぇぇぇぇええ!!」

 その時だった。

 棺の蓋があいた。

 転がり出るようにそこから飛び出る。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 地面をのた打ち回って火を消そうとする俺の身体に冷水がぶちまけられる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

「やっぱり人間の子供だ。助ける必要はあったのか?」

「しょうがないだろ。中隊長の命令なんだから。とりあえず、まだ罪の無い子供の命は救ってやれってさ。まったく、甘いよねあの人も。貴族の出だろうに」

 ボロボロの身体で、自分を助けてくれた人を見上げる。

 涙がこぼれた。

「おい、お前。生きていることに感謝しなさいよ」

「というよりも私達エルフに感謝しなさい」

「ぅぅ・・・・ぅぅぅ・・・・」

 違う。この人達は違う。テスラでもサンドラでもない。でも、涙が止まらなかった。

 彼等はエルフだ。前の世界で出会ったエルフと特徴が同じだ。

 俺は本当に同じ世界に帰ってきていたのだとようやく実感できたんだ。会えるかもしれない、また・・・どこかで会えるかもしれない。

 だから今、生きていることがこんなにもうれしい。

「おい、二人共、制圧は終わったのか?」

「はっ!祭壇の制圧は終了しました。生贄になりかけていた少年を一人保護いたしました」

「邪神の魂の糧を増やさなくてよかったな・・・これがその少年か?」

「はい」

「ぅぅ・・・・・ぅぅ・・・・」

「少年、いつまでも泣かなくていい。私達は邪神を崇めるこの国を滅ぼしにきた。もう、お前が無駄に命を散らすことはない」

「・・・・・・・・・・・・・ぁ・・・」

 頭を撫でられた。

 顔を上げる。

「・・・・・・・・・・・あ・・・・」

「さて・・・と・・・って、テスラ隊長、ここまでいらっしゃらなくても」

「不愉快なこの祭壇の破壊具合を見に来たかったんですの。やはり、来て良かったですわ。全員を避難させたらこの町は埋めますわよ」

「わかりました。生き残りがいないように徹底的に洗います」

「ええ、お願いしますわ。サンドラ」

 去って行こうとする背中。

 待って、待って!待ってくれ!!

 声が出ない。歓喜のせいか、昂ぶりのせいか、それとも喉が焼けたのだろうか。

 そう錯覚するほどに体全体が熱く火照っていた。さっきの火など馬鹿にならないぐらいの火だ。自分を焼き尽くしてもあまりある炎だ。

 だって・・・だって・・・

「ぇ・・・ぅぁ・・・・・」

 そこに、そこにいるんだ。

「ぁん・・・ぉぁ・・・・」

 彼女の背中が止まった。

「えす・・・ぁ・・・」

 ゆっくりとその背中が振り返る。

「さん・・・おあ・・・テスラ・・・サンドラ・・・テスラぁあああああ!!」

 振り返った彼女達と目があった。あの時の姿をのまま、腰まで髪の伸びたテスラがそこにいた。焼けた肌はそのままに、あの時よりずっと凛々しく、身体つきもより豊満になったサンドラがそこにいた。

「あなた・・・いま・・・わたくしたちを・・・」

「まわり・・・・・・なのか・・・」

 目が滲んで何も見えなくなる。それでも、それでも、そこに彼女達がいる。その事実だけは変わらない。

「・・・『おにぎり』・・・つくってやるからさ・・・俺を・・・奴隷にしてくれ・・・」

「か・・・カズシィィィ!!」

「マワリィィィィィイ!!!」

 抱き上げられ、抱きとめられる。

 二人の間でもみくちゃにされながら、俺は枯れたはずの涙を永遠と流し続けていた。

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