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奴隷の死に方 H

「おい・・・おい!しっかりしろよ!」

「目を、目を開けなさい!お願いですから!!」

 体を揺さぶられ、意識を呼びおこされた。

「あ・・・カズシ!!」

「・・・・あれ・・・」

 見下ろしてくる二人のエルフ。その向こうに日が沈みきった夜の森が見えていた。

「・・・生きてる」

 やけに楽に喋れる。息苦しさも全然ない。さっきまで喉の奥に何かが詰まって満足に呼吸もできなかったはずなのに。

 また、助けられたのだろうか。

「・・・・・・・あれ・・・」

 おかしな感覚だった。

 口が動かない。喉が動かない。呼吸もできない。

 なのに言葉が出せるし、全然苦しくない。

「・・・・・・おれ・・・どうなったんだ」

「・・・マワリ・・・マワリ・・・」

「・・・なんで・・・サンドラが泣いてるんだ?」

「・・・どうしてわたくし達を庇ったのですか!!」

「え・・・?庇った・・・?ああ・・・」

 そんなことをした。どうせ放っておいても俺の命はもう、尽きかけていた。だったら最期ぐらい、やりたいことをやってもいいじゃないか。

「あの程度の魔法で俺達が傷つくわけがないだろ!」

「無駄なことをして、無駄な怪我をして・・・・このおバカ!」

「なぁ・・・おれ・・・どうなったんだ?」

 腕を体の上に持っていこうとして、違和感を覚える。

「・・・あれ?」

 右腕があがらない。いや肩から先はあげているはずなのだ。なのに、動いている感覚がない。

「・・・・・・ああ・・・」

 首だけでそっちを見て納得した。右腕から先がもう消えてなくなっていた。

 止血はしてくれたのだろうか。乱雑に巻かれた包帯からは今も血がどんどん滲んでくる。

 不意に口の端から何かが滴り落ちた。涎かと思ったけど、多分これは血なんだと直感した。

 口の中に満ちている液体は全部血なんだ。

「俺の声・・・聞こえてるのか?」

「聞こえていますわ・・・あなたの意思を拾って・・・音にしてますの」

「ははは・・・やっぱり魔法か・・・」

 そんなことじゃないかと思った。多分、息苦しさがないのは昼間にかけてもらった魔法と同じだ。

「・・・・・・・二人が泣いてるってことは・・・俺はもう・・・死ぬんだな」

「そんなことない!出血が・・・出血が止まれば・・・まだ、可能性はあるんだ!!だから!だから・・・」

 泣き眼を腫らした姿でそれを言っても説得力は皆無だ。

 サンドラの涙が滴となって俺の頬に落ちた。

「ああ・・・死ぬのか・・・」

 俺の涙も流れるかと思ったが、そんなことは無かった。涙は血からつくられる。血を流し過ぎた俺にはもう、涙を流す力も残ってなかった。

「ごめん、ごめんなぁぁぁぁ・・・もっと、もっと早くお前のことを・・・ちゃんと気づかってやれたらぁぁぁぁ・・・あぁぁぁあぁぁぁ」

 子供のように泣きわめくサンドラ。

 ああ、でも、こうやって死ぬ間際に誰かに泣かれるってのは初めてだった。

 誰かに泣いてもらえるってのは少しだけ、嬉しかった。

 それだけでも、5回も転生したかいがある。

「サンドラ・・・ありがとな・・・」

「あぁぁぁあぁ・・・うわぁぁぁあああ」

 覆いかぶさってくるサンドラ。左手はまだあった。その手で彼女の頭を撫でた。

 そういや、こいつの髪、柔らかかったな。

 初めて触ったのはこいつの髪を鷲掴みにして、殴る為だった。

 たった数日前のことなのに、もう遠い昔のようだ。それだけ、ここ数日が充実していんだ。

「・・・・・・・・・カズシ・・・」

「テスラ・・・ごめんな・・・ご飯・・・作ってやれないみたいだ」

 涙をこらえるようにテスラが息を飲んだ。

 今にも決壊しそうな瞳が俺を見下ろしていた。

「・・・・やっぱり!やっぱり!嫌ですわ!!」

 テスラがサンドラを引き離した。

「て、テスラ様?」

彼女は俺の心臓の上に手を置いた。

「・・・カズシ・・・これから私は、あなたを転生させますわ!!」

 転生。

 その言葉が俺の中で灯る。

 左手がテスラの手を掴んでいた。

「やめろ・・・」

「・・・え・・・」

 死に際とは思えない程に低い声が出た。いや、実際には出していないのだけれど。

 そんなことを考えている余裕が無い程に。俺の意識が覚醒していた。

「やめろ・・・それだけは、やめろ・・・もういい!もういい、もういいもういい!もう、死なせてくれ」

「で、でも・・・」

「俺は・・・もう、5回も転生しているんだ・・・」

「え?どういうことです?」

 俺は話した。端的に全てを話した。いろんな世界を転生してきたこと。どの世界でもろくな目にあってこなかったこと。ずっと、若い時分に死に続けてきたこと。

「・・・だから・・・もういい・・・幸せだった。お前らがいてくれて、俺は幸せだった。だからもういい。もう、生き返らなくていい」

 最後の俺の声は涙声だった。涙なんか流せていないはずなのに、魔法の力で意思を伝えているだけなのに、俺の声は悲しく震えていた。

「・・・だから・・・あの時・・・死にたいと」

「そうだよ。俺の幸せは長く続かない。これを手放したもう、俺は耐えられない。だから、このまま・・・」

 俺はテスラの掌を押し返す。テスラの手がゆっくりと俺から離れていった。

「でも・・・その話が本当なら!また、別の世界に転生するかもしれないんだよな!」

 その手が止まった。

「マワリ、お前。またどっかに行っちまうかもしれないんだろ!また、別の世界に転生するかもしれないんだろ!」

 止まったのはテスラの手だろうか、それとも俺の手だろうか。

「だったら、だったらこの世界に帰ってこいよ!もう一度、この世界に産まれてこいよ!そしたら、俺達が絶対に見つけてやる!俺達が絶対にお前を幸せにしてやる!だから、もう一回かえってきてくれよ・・・俺に・・・償わせてくれよ・・・」

 テスラの手が動いた。俺の手を押しのけるようにして、掌が心臓の上に乗った。

「わたくしもサンドラの意見に賛成ですわ・・・わたくし・・・欲しい者は手に入れないと気がすみませんの・・・」

「・・・やめろ・・・やめてくれ・・・」

「ごめんなさい・・・でもカズシ」

 彼女の顔が近づいてくる。額と額が触れ合う程に近い位置にまで彼女が近づいてきた。

「・・・必ず・・・必ず探し出します・・・だから、今度は・・・もっといい出会いになりますわ・・・だから・・・わたくしを嫌いにならないでください」

「・・・テスラ・・・・・・」

 首を横に振る。

「・・・テスラ・・・俺・・・怖い・・・」

「そうですわね・・・こわいですわよね・・・」

 頭の後ろに手が回される。彼女に泣きつくような姿勢で俺の身体はテスラに抱きとめられた。

「ごめんなさい・・・わたくし達のわがままにつき合わせてますものね・・・怖いですわよね・・・いやですわよね・・・でも、ごめんなさい・・・わたくしはもう・・・この気持ちを抑えきれませんの・・・わたくしは・・・あなたが・・・欲しいのですわ・・・」

 テスラの唇の感触が俺の口に触れた。俺の口の中に溜まった血を彼女は口にしていた。

「・・・テスラ・・・サンドラ・・・」

「ごめんなさい・・・カズシ・・・また、お会いしましょう・・・」

「マワリ!ぜったい!ぜったいみつけてやるから!だから!だから!」

 テスラの掌が光る。その白い光に包まれて、俺の意識は急激に薄れて行った。

 享年 18歳

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