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奴隷の死に方 E

 本営で待っていたのはテスラと同じ中隊長のシャルルとシファーであった。

 そして、真正面にはミシェーネ隊長の鋭い眼光が待っている。

「集まったな。実は里より手紙が来た。北の山岳地帯の先の荒野に人間の軍隊が集結しつつある。山間部を抜けて、草原に出られると本国の部隊でも手に余る」

「そこで遊撃隊である私達の出番ってわけだな!」

 シャルルが勇んでそう言い、シファーはそんな彼女を鼻で笑う。

 要するにいつも通りだ。

「となると、待ち伏せからの奇襲という運びになりますの?」

 テスラがそう尋ねるとミシェーネは首を横に振った。

「いや、我らに与えられた役目は先制攻撃だ。人間共が山間を抜けようとする前に打撃を与える。我らのいる位置からなら奴らが山に入る前に叩けるだろう」

「敵の先行隊とぶち当たる可能性は無いのか?」と、シャルル。

「可能性はある。その際は発見次第撃滅だ」

「へー暴れていいわけか。そうなることを祈っとくか」

 シャルルは満足そうに鼻をならした。

「山間の具体的な場所はどこですか?」と、シファー。

「ここだ」

 ミシェーネ隊長が地図の上のある一点を指差す。

「可もなく不可もない、山間としては狭い部類だろう」

「・・・ほこりっぽそうですわね」

 シファーはそう言って自慢の黒髪の先に触れる。

 その仕草が子供のようで、ミシェーネは思わず笑みをこぼした。とはいえ、シャルルとテスラからすれば拗ねている子共を演じているような姿にしか見えない。媚びているわけではないが隊長と心理的距離を縮めようとしているのが見え見えである。有体に言えば目障りこの上ない。

 それにテスラからすれば、シファーはカズシを瀕死すれすれまで追い込んだ相手だ。憎いとまではいかなくても、多少の嫌悪感がどうしても先行してしまう。

「他に質問はないか?」

 ミシェーネ隊長の言葉で我に帰るテスラとシャルル。

 シファーの方をなるべく見ないようにしながら、テスラは口を開いた。

「打撃を与えることが目的ということは、無理に追い払う必要はないのですね」

「ああ、一撃離脱で撤退しろとお達しだ。どうやら山の道を新しくするから、奴隷が大量に必要だということだ。ある程度、生け捕りにしたいんだろう」

「奴隷ですか」

「ああ、猿がいかほどの役に立つかは私にはわからないが里の判断だ。従うしかあるまい」

「そうですわね・・・」

 奴隷。

 テスラはその言葉を口の中で噛みしめた。

 見ず知らずの猿どもに同情する気はさらさらないが、少し思うところがあるのも事実だった。テスラは人間というものに少し興味が湧いていた。

「奴隷といえば」

 シファーが今思い付いたというように口を開いた。

「あの奴隷は当たりでしたわね」

 ドキリ、とテスラの心臓が不規則な跳ね方をした。

「あれは思った以上に丈夫ですし、どうやらそこそこ腕も立つみたいですし」

「奴隷?」

 ミシェーネ隊長が意外そうな声をあげる。

「私はあの奴隷については管理していないが、良い拾い物だったのか?」

「ええ、何度か稽古台にしましたけど。人間相手ならそれなりに楽しく過ごせております」

「まぁ、それについては私も同意だな。なかなか死なない上に我慢強いみたいだから十分な時間いたぶれる」

 二人の表情が満足そうなのを見てミシェーネ隊長は顔を引き締めた。

「息抜きもいいが、ほどほどにしておけよ。正規の訓練を疎かにすることになる」

「はいはーい」

「心得ております」

 無邪気な返事をするシャルルと恭しく礼をするシファー。

 テスラはただ表情を硬くしていただけだった。

「・・・それにしても・・・」

 シファーの目線がそのテスラに向く。

「あの奴隷。わたくし、先日は本当に殺す気でいたぶったのですが。まさか、一晩で持ちなおす回復力があったなんて驚きですね」

 吊り上ったシファーの目がわずかに細くなった。それはヘビのような目だ。他者を陥れ丸呑みしようとする狡猾さが表に出ている。テスラはシファーのこの表情が一番嫌いだった。

「そうでしたの。わたくしも忙しくしておりますので、奴隷の管理はしておりませんの。隊長も仰っていましたけど、雑魚を相手に遊ぶ時間もほどほどになさっては?」

「そうですね。でも、おかしいと思いません?腕がほとんど引きちぎれていたのに、昨日今日でもう動けるなんて」

「・・・何が言いたいのでしょうか?」

「これはこれは、そこまで言わないとわからないのですか?」

 テスラは足をシファーに向ける。そして、体の真正面からシファーを見据えた。

「わたくしの部隊に人間に治癒魔法をかけて生き延びさせたものがいると、そうおっしゃりたいのですか?」

「ええ、そのとおりです」

 ふと、魔法の気配を感じた。

 指先から伝わるピリピリとした感覚。相手の思考を覗き見るタイプの魔法。

なるほど、やる気ですのね。

「もし、いたとしてそれが何か問題がありますの?」

 テスラは自分の中で魔力を練り上げ、自分の心に入り込もうとする魔力を押し返した。

「いえ、あれはあなたの隊の持ち物です。修理してでも使いたいという気持ちは大切ですし、貴重です。でも・・・もし・・・」

 指先へと意識を集中し、押し返す。自分の体内からシファーの魔力を完全に押し出した。

 だが、それでもシファーの方はまだ強い力で押し込もうとしてきていた。

 まだやりますの?いい加減しつこいですわ。

二人の間の空間に魔力がぶつかる境界が産まれる。これ以上の強い力をぶつけ合えば魔力が空気に反応し、お互いの攻防が周囲に知れてしまう。

そうなってしまっては隊長やシャルルにもこの『私闘』が見える。不利になるのはあなたですわよ。

テスラはそれを眼で訴えつつも決して引かない。

特に今、心をのぞかれるわけにはいかなかった。

「もし・・・なんですの?」

「あの男に籠絡されているエルフがいたら、どれだけの問題になるのでしょうね」

 「・・・ばかばかしい」

 テスラの態度に変化はない。お互いの間にある魔法の境界にも揺らぎは一切ない。

 本当にばかばかしい。

 テスラからすれば、これぐらいの芸当はできて当然。多少の口文句で揺らぐ精神力なら、権力関係の渦巻くエルフの貴族社会で生きていけるわけがない。

 それぐらいシファーもわかっているはず。となると、狙いは他にあるのでしょうか?

「そうですか。私は有り得ると思いますよ。女だけの遊撃隊。ここ何年も里に帰っていませんから気の迷いを起こした方がいてもおかしくないのではないですか?例えば・・・以前まで食事係をやっていたサンドラさんとか」

「私の部下を侮辱する気なら受けて立ちますわよ」

「あらあら、単なる冗談じゃないですか」

 クスクスと楽しそうに笑うシファー。だが、目は一切笑っていない。

 今もなお獲物を狙う獣の目がテスラに向いていた。

「でも、人間相手に負けたことのあるあなたがわたくしに勝てるとは思いませんけど」

 空気が硬直した。

 次の瞬間、二人の間の空気が爆裂した。

「・・・決闘がお望みですかシファー中隊長?」

 テスラが魔力を引き上げ、空気中に魔力が爆散したのだ。

「あらあら、そうムキにならないでください。さっきも言ったじゃないですか。単なる冗談ですって」

「・・・わたくしを猿以下の剣の腕しかない獣と罵っておいて、ただですむと思いますの」

 剣の柄に手のかかったテスラ。その手の甲に剣が乗せられる。

「テスラ中隊長、そこまでだ」

「・・・・・・・」

「我が部隊では私闘は固く禁じている。決闘などもってのほかだ。中隊長自ら禁を破るつもりか」

「・・・・・・・申し訳ありません」

 テスラはしぶしぶと言った態度で剣の柄から手を離した。魔力が収まり、天幕の中で吹き荒れていた風もまた消える。

「シファー中隊長。お前もだ。あの態度はいささか度が過ぎる。反省してもらいたいものだが」

「はい、仰せのままに。テスラ中隊長、少々言葉遊びが行き過ぎたようです。申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げるシファー。お蔭でテスラからは彼女の表情が読み取れない。

 つくづく嫌な女だ。

「なーんだ。つまんねーの。二人がやりあうかと思ったのに」

「シャルル中隊長」

「おっと・・・失言失言」

「まぁいい。これ以上の質問が無いのなら会議は以上だ」

 ミシェーネは三人から質問が無いのを確認し、解散を告げた。

「・・・・・・」

 テスラは真っ先に天幕を後にする。まだ、はらわたが煮えくり返っていた。

「テスラ中隊長」

 後方から聞こえたファーの声に毛が逆立ったような気がした。

「・・・なんでしょう」

 振り返るとあの蛇のような視線があった。体にまとわりつかれるような不快感を飲み込み、テスラは剣に伸びそうになる手を抑える。

「いえ、少し忠告を」

「・・・なにか?」

「もう少し、冷静を保てるようにした方がよろしいのではなくて?根も葉もないことなら一笑にふすぐらいできませんと。貴族の中でいつか揚げ足を取られますよ。そう、根も葉もないことならね」

「御忠告、痛み入りますわ。今後は気をつけます。あなたも、あまりやりすぎて誰かにいらぬ恨みを買う前に口を閉じることを学んだ方がよいと思いますわ」

「それもそうですわね。それでは次からは気をつけます。もっとも、『二回目』も失敗するかもしれませんけど」

 もう一度、テスラの中で何かが切れた。

 それを無理やり繋ぎ止め、テスラは笑顔を浮かべた。

「エルフなら一度の失敗で学ぶべきですわ。もっとも、他者を蹴落として、上の者に媚を売ることでしかできない能無しはそんなこともできないのでしょうけど」

 そう言ってもシファーはただ笑顔を浮かべるだけ。笑顔で激突する両者。

 先に背を向けたのはテスラの方だった。

 こんなくだらないことで時間を潰すのはもったいない。今、この瞬間にも朝食が冷め、埃をかぶっていっているというのに。

「・・・・・・」

 背中に受ける絡みつくような視線を振り払うようにテスラは自分の天幕へと向かった。

 その背中が見えなくなり、シファーは溜息を吐いた。

「つまらないわね」

 退屈だ。もう少し動揺というか、ボロを見せると思ったのに。

 せっかくあの猿の思考をのぞいたのに全くの無駄だった。

 テスラは公の場で恥をかいたわけではない、末代にまで残る汚点を里に晒したわけでもない。もし、見ていたエルフが言いふらしてもテスラの家名ならばそれも簡単に打ち消せる。あの奴隷の首を刎ねれば全て無かったことになる。

 あの猿が生きている間のちょっとしたお遊びだったというのに。

「つまらないわ」

 黒髪をかき上げ、シファーもまた自分の天幕へと向かった。

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