王子様は、やはり万能だったようです
遅くなりました…っ
王子様を拾ってから、1ヶ月が経った。布団一式を揃え、王子にはリビングに寝てもらっている。
夜中、喉の渇きに目が覚めリビングに行くと、天使のような寝顔が見られて、なんともいえない。
初めは私が部屋に入る前に目が覚めるほど無意識に警戒していた王子だが、今は私がいてもぐっすり眠っている。
最近の王子と言えば、行き帰りの送り迎えを切っ掛けに、会社の男性部門から声がかかり、広告のモデルになっていた。それだけでなく、自然翻訳機能付きからか、社内の通訳にまで駆り出されていた。
正直、私より忙しそうだ。ただ自然翻訳機能には欠点があり、風の眷族を通さないと発動しないため、電話は苦手らしい。もっともスピーカー機能やテレビ電話でフォロー出来る範囲なので、あまり欠点にならなさそうだ。
文字に関しては、読む事は出来るみたいだ。光の眷族の力で視界に入る光を媒体にするのだという。しかし、文字は書けない。
よって、話せて読めるが書けない通訳なのだ。ありとあらゆる言語に適応するため、誰かが書けばいいだけで、やはり万能なのだろう。
まだ18歳で美青年、ハイスペックと言うことで、社内の女性社員がこぞって押し寄せているらしいが、変な翻訳に変える風の眷族の邪魔と、王子の私一筋発言で、かなり振るいにかけられている。
他の女性と私との態度があまりに違うため、私は結構針のむしろ。
モテているにも関わらず、男性陣は王子を弟のように可愛がっている。
1度それとなく理由を聞くと、レベルが違いすぎて嫉妬する気にもなれないのと、王子が私一筋でかつ、男性陣を兄のようになついているから、可愛いのだそうだ。
異世界と違って色んな人に関わり優しくされて、王子は本当に幸せそうである。
「すまないミズホ!」
会社の休憩室で待っていると、会議を終えたばかりの王子が駆け寄ってきた。
先程まで会議で一緒だった社員が一斉に生暖かい視線でこちらを見る。
「エル、お疲れ様」
ふわふわした頭を撫でると、王子が目を細める。
そう、会社で王子呼びが出来ないので、私はエルと呼ぶ事にした。エリクと呼べと言われたが、恥ずかしくて呼べない。
「エルくーん、お疲れ様っ!」
缶コーヒーを持って、甘えたような声で女子社員が数人寄ってくる。筆頭は、社内1の美人、秘書課の梅津さんだ。
「じゃあミズホ、会議の資料置いてきたらすぐ仕度するから、待ってて」
耳に唇を寄せて、王子が囁き脱兎のように去る。向こうで同僚が笑いながら王子を迎えてくれていた。
そう、王子は梅津さんが苦手らしい。理由は、王子を騙して浮気していた婚約者に似ているからだという。こんな気の強そうな美女だったのか。
「あーん、エルくんったら」
「ちょっと白井さん? いくらヤキモチやくからって引き離すなんて意地悪じゃないかしら」
あ、気を抜いたら囲まれた。厄介すぎる。
「別に引き離していませんけど」
「だいたい、貴女のような人が、エルくんと並べるなんてあり得ないのよ」
そうよそうよ、と複数の声。いい大人が、学生みたいな事をして恥ずかしくないのかな。
「逆に、貴女なら並べると?」
逆に問うと、梅津さんは当然といったドヤ顔を見せた。
私が並んでも恥ずかしいが、梅津さんレベルでも難しいと思う。光と水の会わせ技で作った水鏡で見せてくれた隣国の姫の方がよほど清楚で美しい。これぞ王子とお姫さま、なんだろう。
ちなみに、そのお姫さまは王子ではなく、神官の婚約者らしい。つい先日まで朱美を口説いていたのに、なんていう変わり身だろう。
当の朱美は、神官とお姫さまの並ぶ姿に、何度も携帯のシャッターを押していたのだが。
もう少し、悲しみとかないのかと聞いたら、2次元と3次元は違うのよ、と変わらぬ答えが返ってきた。
不貞腐れてもいない、少しの動揺もない朱美を少し尊敬する。
「無視しないで何か言いなさいよ!」
はっ、と私は我に帰った。すっかり思考の淵に沈んでいたようだ。
「エルさ、集団でこられるの苦手らしいですよ」
これは本当だ。女性に囲まれている王子は本気で困っている。
さて、どうやったら朱美みたいに言いくるめられるだろうか。
「あと、貴女方の誰かとエルが仲良くなっても、貴女方は仲間に同じ事を言えるんですか?」
もし王子が手に入れば、共有など出来ないだろう。王子は、一途過ぎる。もし仲間とも仲良くしてと言われても、王子は必ず差をつけるのだ。
「当たり前じゃない」
そう言うのは梅津さんだけだ。きっと根本に、自分が選ばれ、仲間と共有すると思っているのだろう。そして、仲間もそれに気づいている。
明日には瓦解しそうだな。いっそ今してほしい。
「皆さんはそう思っていなさそうですけど?」
好きな人が自分を向いてくれたら、共有なんて出来ない。
本当に崩したくない友情であるなら、仲間より先に一人でアタックしにいく。
我慢しても、ボロが出るだけだ。それで崩れるなら、それまでだし、仮に相手が友人を選んだとしても妬みたくない。だから、我慢して自分に言い訳したくないんだ。全力で行って、無理なら仕方ない。
そこで、ふと思った。
もし王子を拾ったのが朱美だったならどうなる?
きっと多少の暴走はするが、朱美も王子を見捨てたりはしないだろう。そして、王子も朱美になつく。
「あれ?」
王子が、朱美に寄り添い愛を語る姿。
それを想像しただけで、ツキンとした痛みを感じた。
耳に甘く囁き、綺麗な唇を重ね、そして。
「ちょ、どうしたのよ!?」
梅津さんが、私を見て動揺している。我に返ると、視界がぼやけていた。
いつの間に視力が落ちたのか。まばたきすると、頬に暖かいものが流れた。
これは、涙?
「ごめん、少し言い過ぎたかもしれないわ。 で、でもっ!私たち諦めないからっ!」
梅津さんは私にティッシュを袋ごと押し付けると、仲間と共に去っていった。
「実はいい人?」
取り巻きはいるが、真正面から私に対していた。泣いた私に謝ってティッシュをくれた。
正直鼻もかみたいから、ハンカチより有難い。気配りの出来る秘書はこんな感じなのだろうか。
「うう…目を冷やしてこよう」
目元が熱い。とぼとぼとお手洗い目指して歩いていると、王子が視界に入った。また女子に囲まれている。
本当にモテるんだなぁ。
またツキンと来た。
私は、ただ拾っただけだ。それだけで何故かなつかれた。それは、私でなくても代用が可能な存在。
ああ、駄目だ。
今は、王子の顔を見たくない。
私は、お手洗いに行くことなく会社から出た。