表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

王子様は、異世界で困惑する

別名、王子様、瑞穂に餌付けされる(笑)


 気を失っていたのだろう。

 かすかに甘い匂いがする場所で、私は目を覚ました。

 薄暗く狭い部屋は、まるで牢獄にも思えたが、それにしては物があふれている。私が眠っているベッドもふかふかで、暖かい。

 こんなに熟睡したのは何年振りだろう。起きないといけないのに、頭はまだ睡眠を求めている。

 逆戻りして胸いっぱいに香りを堪能する。

 お菓子に包まれているような甘さに、心が癒された。

 これは夢か?いや、今までのが夢であってほしい。


「って、違うだろう!!」


 私は正気に戻り体を起こし、周りに害を及ぼす侵入物がないか確かめる。

 結界も何もないのに、部屋は無害そのものだ。

 しばらく警戒していると、不意に扉が開かれ、部屋に光が差し込んだ。


「誰だ!?」


 私は反射的に剣をつかもうとするが、腰にはついていない。ならば魔法で。

 そう思ったが、侵入してきた者を見て、落ち着こうとする。


「おはようございます、王子さま?」


 私を知っているのか、と思ったが、半信半疑で冗談だろうといった表情なので、おそらく知らないのだろう。それでも警戒するに越したことはない。


「そなたは誰だ」


 問うと、「ルリアンナ百合子」と名乗った。貴方は、と問い返されたので。私はいつものように偽名を名乗る。

 すると、何がおかしいのか、ルリアンナは口元を抑えた。

 どうやら、本当に私を知らないらしい。

 だが、今はそのことにひどく安堵する。

 更に場所を問えば、ニホーン国と返された。思考のなかに世界地図を広げてみるが、小さな国にもそんな名前の国は存在しない。もしかして、私の知らない国がほかにあるのかもしれない。

 素直に謝罪すると、遠くから何かが鳴る音がして、ルリアンナは部屋を出て行った。

 つまり、この狭い部屋の主はルリアンナだ。そう思うと、さっきまで甘いと心地よくなっていた自分が、変態に思えてくる。

 あんな年下の少女に欲情するとは。

 年は、2つほど下だろうか。それにしては、ルリアンナの態度は大人のようにしっかりとしていて、かつこの部屋にはルリアンナ以外いないような気がした。

 もしかして、離れなのかもしれない。

 そう考えていると、開け放たれたままの部屋に、良い匂いが漂ってくる。

 くぅ、とおなかが鳴った。もう何日食べていないだろう。最後に口にしたのは水だった気がする。しかも噴水の水。

 私は、匂いにつられるように部屋をでた。

 部屋を出てすぐの調理場には、ルリアンナが匙で鍋の中身をかき混ぜている。そのたびに、良い匂いがした。

 ふらふらと背後に立っても、ルリアンナは気づかない。

 背中から鍋をかき混ぜる姿は、とても抱き着きたくなる衝動に駆られる。

 婚約者より凹凸のない体。けれど、抱き寄せればすっぽり入り込むだろう細さ。

 あまりに無視をされるので声をかけると、驚いて振り返られた。

 本当に気づかなかったのか。

 そんなに無防備なら危ないぞと言おうとしたら、代わりにおなかが鳴った。

 恥ずかしすぎていたたまれない。


「庶民の食事で口に合うかわかりませんが、召し上がりますか?」

「いいのか!?」


 くつくつと煮込まれ暖かそうなスープ。

 思えば、暖かい料理を暖かいまま食べたのは、何度あっただろう。大抵は、毒見の後吟味されて小さく冷たくなった料理が出される。

 スープはまだ未完成のようなので、軽く食べていてほしいと案内された場所は、床に座る形式だった。そんなこと、今までやったことがない。

 私は常に、椅子に座った食事をしていた。それは寝室であってもだ。地べたに座って食べるなど下品だと教わったからだ。

 素直に椅子を乞うたら、変なものを渡された。座椅子という、床に座るための椅子らしい。

 しかし、それでも今までの生活がしみ込んだ私には抵抗があった。

 ただでさえ迷惑をかけているのに申し訳ないと思っていたら、ルリアンナは一人用の机と椅子を指示した。

 寝室にあり薄暗く、座るととても切なくなった。

 これよりはましだと、私は仕方なく座椅子に座った。あまり迷惑をかけて追い出されては元も子もない。

 私を知っているなら追い出すなどしないだろうが、知らないなら簡単に追い出されてしまう。

 そして、私はここを追い出されると行き場を失ってしまう。

 遠くへ行ってもなんとかなるなんて、夢物語だったのだ。


「王子はおいくつですか」


 目の前の芳醇な香りの酒を飲みたいというと、ルリアンナが問いかける。

 素直に17だと答えたら、変な声を上げて驚かれた。そんなに不思議だろうか。

 そのうえ、酒は20歳になってからと取り上げられる。失礼な、私は明日で成人だぞ。

 言い返せば、成長が止まると告げられた。別にこれ以上成長しなくてもさして支障はない。

 それを証明するために立ち上がれば、ルリアンナは困ったように笑った。

 そういえば、さっきから近づいてもルリアンナは顔色一つ変えない。演技も混ざっているだろうが、ほぼ女性は顔を赤らめていたので、とても新鮮だ。


「はいはい判りました」


 その言い方が、弟をあやす乳母やメイドの口調と似ていて、なんだか悔しい。

 ルリアンナは代わりの飲み物を差し出してきた。香りは酒と変わりはしない。反射的に飲もうと思ったが、体が受け付けなかった。

 中身が見えない飲み物を、毒見もなく飲むの事に、体が拒否しているのだ。

 ここで飲まなければ、無礼であろう。

 けれど、体が動かず、変な脂汗が出てくる。

 すると、何かを察したのか、ルリアンナは酒の入ったグラスに同じ飲み物を注ぎ、ぐっと飲み干す。


「気になるなら、最後の一口は残してください?」


 気づかれた。 


 気持ちは疑っていないのに、体がすべてを疑ってしまっている。

 申し訳なく頭を下げて飲み物を口に含めば、酸味がありまろやかな口当たり。

 顔をほころばせて美味いといえば、ルリアンナも笑った。

 何故何も聞かないのか、と問うと、沈殿物が見えないから仕方ないと返された。

 もしかして、本当に私の求めた場所に、求めた者の所にたどり着けたのかもしれない。いるかもわからない神に、感謝したくなる。

 今日までの苦しみが、全てルリアンナに逢う為の試練だったと思えば、つらさなど吹き飛ぶくらいだ。

 それから、ルリアンナが配膳をする間、私は身の上を話した。何も言わず、ただ頷く。それだけでどれだけ救われるだろう。

 配膳が終わった料理は、全て大皿に乗っていた。スープも自分で掬えという。食器も銀で、毒は見当たらない。私は、久々の暖かい料理をかみしめた。


「暖かい料理など、何年ぶりだろう」


 そうつぶやくと、ルリアンナは明日は肉汁たっぷりのステーキにしようと提案した。

 冷めて硬い肉しか食べた記憶がない私にとって、暖かい肉とはどんなものか。

 もう、ここから、ルリアンナの傍から離れたくない。幸い魔法も使えるし、あらゆる困難から全力で貴女を守る。国からの追手が来ても、必ず守り抜く。

 ルリアンナのためなら、私は王座すら奪うだろう。

 王妃となれば、ルリアンナは喜ぶだろうか。こんな狭い部屋ではなく、多くの使用人に傅かれる。

 どうか、どうか私を受け入れてほしい。


「貴女には、私の本当の名前を教えたい」


 名づけた両親しか知りえない本名は、あらゆる契約に使われるため妻となる者にしか教えない。今思えば、本名を知られる前に婚約者の本性が知られてよかったと思う。

 今はもう、ルリアンナにしか告げたくない。

 ルリアンナになら、全てを差し出してもいい。

 私の告白に、ルリアンナは笑って見せた。


「私は、エリクシール・リュミアス・ノースリーフ」


 かすかに、ルリアンナが名前をつぶやいた気がした。その瞬間、体にゾクゾクしたものを感じる。

名で縛られる。名を縛られる。それが、こんなにも心地よいなど思わなかった。

期待を込めてルリアンナを見ると、ひどく険しい顔をしていた。

 

 何を間違えた?

 

 動揺していると、バカにしているのかと怒られる。

 そんなことはない、名を名乗るのは、求婚だ。馬鹿にする要素などまったくない。


「そこまでだまくらかすとは失礼よ!」

「だましてなどいない!」


 そこからは平行線だ。もしかして求婚の方法が違うのかもしれない。けれど、私はこれ以上に差し出すすべを持たなかった。

 不機嫌になったルリアンナが私に敵意を向ける。

 また、ダメだったのか。私は、誰にもそばにいてもらえないのか。

 しばらく言い合いながら、私は次第に絶望する。苦しい、泣きそうだ。どうしたら私を受け入れてくれるのだろう。

 そう思っていると、ルリアンナの口撃が止まった。

 何かを考えているようだ。和らいだ空気に、一縷の希望を託す。


「ルリアンナ嬢も、信じてくれないのか?」


 ルリアンナにまで拒否されたら、私はどこへ行けばいいのだろう。

 どうか、どうか、信じてほしい。私は誠心誠意言葉にしている。

 それからしばらく無音が続いた。考え込んだルリアンナは、私を見ることすらしない。

 もう、ここにいることもできない。

 暖かい料理は心も体も満たしてくれた。ルリアンナの笑顔と優しさは、活力を与えてくれた。

 けれど、もうひと時の夢は終わったのだ。

 これ以上何を言っても通じないのなら、迷惑になるばかりだ。私は、ふらつく体に鞭打つように立ち上がる。

 それでも、ルリアンナは私を見ようとしない。

 目の前がぐらぐらとする。


「待ちなさい」


 ふらつく足を進めると、ルリアンナが私を呼び止めた。

 こんなに迷惑をかけたのに、ルリアンナは私を心配している。

 私もどうしていいかわからない。

 素直に告げると、ルリアンナは私を子ども扱いした。確かに頼りないが、年下に子ども扱いされるほど情けなくはない。

 成人していると声に出せば、ルリアンナが私を見上げた。


「ここに置いてやるっていいってるのよ!」


 ルリアンナは、置いてくれる上にこの国の法やマナーなども教えると言ってくれた。その上で出ていくなら止めないと。

 ルリアンナは自由をくれる。だが、私はもうルリアンナの傍から離れたくなかった。

 そして、ルリアンナは「ルリアンナ」という名前が偽名だと告げ、シライミズホという本名を教えてくれた。ミズホと呼べと言われたので、シライが家名になるのだろう。

 添い遂げてくれるのかと期待したが、即行求婚ではないと告げられる。

 それでも、私は構わない。重ねて子ども扱いされる。


「ミズホこそ子供であろう? 15くらいじゃないか」

「残念、私は22歳です」


 異国に、かなり年若く見える民族がいると聞いたことがあるが、まさかこういう事だったとは。

 読めないが、成人しないと受けられない試験があり、その免許証を見せられる。つまり、ミズホも大人だ。


 年上、という言葉に、初めての衝動が生まれる。折角名前の交換をしたのに、15くらいの子供相手では契ることは出来ないと思っていたからだ。

 けれど、ミズホは成熟した大人の女性だ。

 嫌がられないなら、全力で奪っても構わないだろう。

 何かを奪う。自分にそんな感情があったことすらおかしい。今まで何も求めたことがないことが、反動のように私を突き動かす。

 そんな感情を感じ取ったのか、ミズホは後ずさった。

 後ずさっても、いていいと言ったからには逃がしはしない。


「ミズホ、私と添い遂げてほしい」


 抱きしめて、耳にささやく。

 ピクリとミズホが動いた。それすらも愛おしい。

 もう二度と離れられないように契ってしまいたい。


「で……殿下?」

「エリクでいいよ。 むしろ、名前を呼んでほしい」


 名乗り、呟かれた時の衝動が忘れられない。


「もう、思春期の中学生じゃないんだから」


 やはり子ども扱いされている。けれど、頭を撫でる感触が心地よくて、つい甘えてしまいたくなる。


「なんだか、中学生というより大型犬を躾けてる気分」


 子供でも犬でも構わない。この心地よい存在を抱きしめていられるなら何を言われてもいい。

 そして、その後私はミズホと1夜を過ごした。

一言でまとめますと、「なにこの王子、重すぎる!!」です。

昨日上げた過去編を書いた直後に書いたんですが、感情がつられて重いままでいっちゃいました。

普段無欲な人が欲を持った時、反動がすごそうな気がします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ