王子様と、私のこれから
私は白井瑞穂。25歳。ごくごく普通のOL。
そんな私は、今日3年間付き合った彼氏に振られた。理由は、彼氏が他に好きな女性が出来て、付き合うことが出来たから別れたい、のだそうだ。
彼氏の両親にも挨拶し、仲良い関係を築けていたので、そろそろゴールインじゃないかと周りに言われていた最中のことだ。
噂によると、彼氏の新しい彼女は社内でも可愛いと評判の秘書課の女子だった。
「白井さんを振ってあんなのに乗り換えるなんてありえないわー」
きっかけは忘れたけれど、勝ち気な顔に似合わず面倒見のいい秘書課の梅津さんが、私にカフェオレを差し出してくれる。地味な私と、勝ち気美女な梅津さんでは性格が合わないと思われがちで、私もそう思っていたのだが、何かと構ってくれる。
今も、振られた私にカフェオレを入れてくれるくらいに。
「ま、どうせ飽きられてポイされるだけだし? 白井さんも目が覚めていいんじゃないの」
「うーん、だよねぇ」
彼氏の新しい彼女は、社内でも可愛いと評判だが、その反面人の彼氏を奪うことを至上の喜びとする肉食系女子だという。噂だけでなく、梅津さんが言っているのだから仕方ない。
「じゃあ、次メインで合コン開いてあげるから来なさいよね」
「うん、期待してる」
美人ぞろいの秘書課主催の合コンに、正直私は不釣り合いというかオマケ感満載なのだが、梅津さんはオマケになどしてくれない。だから、周りでカップルが出来ても、「なんで私には誰も寄ってこないのよ!」と憤っている。そりゃあ、目立つのに脇役という名の幹事をしているから仕方ない。
本人は知らないところだが、やはり梅津さんは人気がある。けれど、梅津さんにお世話になった女子たちが「そんじょそこらの男に、私たちの梅津さんを渡してたまるか!」と意気投合してよほどの条件でないかぎり排除しているのだ。ちなみに、総務部の窓口であり判別係は、私である。
私が笑ったからか、梅津さんは満足したように笑って休憩室を去った。
「振られてへこんでるところを、梅津さんに慰めてもらった。 梅津さんマジ天使、っと」
同盟専用の情報ツールに書き込むと、即座に返事が返ってくる。みなさん仕事しましょうね?私が言うなって感じだけど。
そんなこんなで、私はまた独り身に戻った。
少し冷めたカフェオレを飲みほし、紙コップをゴミ箱に捨てる。その時、視界に入ったポスターに目が行った。
ちょうど3年前に撮った紳士服部門のポスターだ。きらきらとした金髪の外人がスーツを着て笑っている。かなりのイケメンなのだが、この人物の正体が誰であるか、社内の誰も知らないという。
凛々しい顔、笑った顔、恋人に向けるような顔、軽くホラーな感じだが、出来が良かったので一般には公開しなかったものの、社内では張り出されている。
ああイケメンだな。
いつもはそう思うだけだった私だが、今日はなぜかそのポスターから目が離せなかった。とても懐かしく、心にじわりと染み入るこの感覚はなんだろう。誰も知らないのに、知っている気がしてならない。
記憶の奥底で、一つの名前が浮かぶ。けれど、それは靄がかかったように思い出せない。
「!?」
そんな時、マナーモードにしていた携帯が鳴った。
●
「かんぱーい!!」
カツンと軽くグラスを合わせて、私と朱美は梅酒を飲み干す。
疲れた体と、乾いた喉にアルコールが染み入って、至福としか言いようがない。
「瑞穂がアイツに振られた日に乾杯!」
「なにそれヒドイ!」
朱美も梅津さんと同じく、彼氏、今となってはモトカレとの交際にいい顔をしなかった。
朱美が付き合っている人がいないからという妬みではないことは知っていたけど、そこまでいう事はないんじゃないかな。
「でも、ほんと間に合ってよかった」
さっそく酔っているのか、朱美の口元はやけに歪んでいる。表現すると、ニヤリといったものだ。
「何が間に合ったって?」
「んー? 何にもない何にもない」
それにしては、何かありますといった表情なんだけれど。
朱美がそういう時は、何が何でも口を開かないので、気長に待つしかない。私に不利益な話は話すし、言えないものは一切表情に出さないから、悪い話ではないのだろう。
でも、気になる。
それから、朱美と私は飲んで食べた。まだ残暑厳しく、薄着ではあるが知ったことか。
ダイエットは明日からなのです。
「うーん、もう食べられない」
「飲みすぎだよ瑞穂」
ふらふらと揺れる私を、朱美が支える。それから、腕時計で時間を見ているのが見えた。
「朱美、急いでる?」
終電にはまだ早い。いざとなればうちに泊まればいいのだ。だが、朱美が時間を確認するのには、意味が違うらしい。
「ちょっと、寄ってほしいところがあるんだ」
そういって、朱美が私を連れてきたのは近所の公園。少し広めで、ブランコやジャングルジムなどの遊具も設置されている。私と朱美は、近くのベンチに座った。
「どうしたの?」
「そろそろかな」
朱美が立ち上がり、広場を見る。すると、満月から月の光が降ってきたかのように円状に光が走る。
ファンタジーっぽくいうなら、魔法陣という類の文様も描かれ、私は瞬きをした。
何もなかった空間に、突然人が現れる。
2人の青年だ。1人は豪華な服に身を包み、王子か王様といった雰囲気をかもし、もう1人は側近のようだ。そして2人とも顔が整っている。まるで異世界から来たようだった。
「ミズホ」
王様が、私に笑いかける。
その声を聴いて、私は頭痛がした。何か、大切な存在を忘れていないだろうか。
「ちょっと早いんじゃないの? もし間に合わなかったら恥ずかしいじゃない」
「ご協力に感謝します、アケミ。 やはり貴女は素晴らしい」
「奥さんいるくせに」
側近が朱美の手を取り唇を寄せるが、朱美はすげなく振り払った。
「貴女が添い遂げてくれるなら、今すぐ離縁しますが」
「奥さんと一緒になるのが国に必要なんでしょう? そう思ったなら貫きなさい」
「ならば誓約を。 私の子供とアケミの子供を、将来夫婦として添い遂げさせる」
キィン、と金属の音が広場に広がった。側近の笑みとは裏腹に、朱美の表情が凍る。
「おあいにく様、私は一生独身貴族ですから」
「誓約は確定される。 アケミは必ず、子供を産みますよ」
一体どういう事なんだろう。私は互いに置いてきぼりにされたと思う王様を見上げた。
しかし、王様は状況をスルーして私を見つめていた。それはもう、大切な人を見るような眼差しで。
「あの……」
「会いたかった、ミズホ」
王様が、目を伏せ私の額に唇を落とす。
すると、今まで忘れていた記憶が、一気によみがえってきた。あの、早いようで慌ただしい一か月。
そして、目の前の人。
「エリック王子」
「今は国王だ。 ノースリーフ王国国王、エル・サリア1世」
「本当に、王様になっちゃったんだね」
3年前のボッチで無垢な王子ではなく、その微笑みには王の慈愛が感じられた。そして、人を率いるという責任と威厳。
別れた日から一瞬で、遠い人になってしまった。あれは行かせるための口約束でしかない。
「結婚式には招待してくれるよね? 国賓並みに特等席にしてくれきゃ嫌よ」
王様になったのだ、神官みたいに国のためになる婚約者が必要になる。後はどっちの国のお姫様なんだろう。きっと麗しいのだろう。
「私も気が早いと思っていたが……ミズホもなかなか気が早いな。 もちろん特等席を用意している」
うん、やっぱりそうだ。初めての相手が、こんな人で良かった。好きになれてよかった。王位について会いに来てくれる約束も守ってくれた。だから、もう満足だ。
「私にも誓約してよ。 エルの子供と私の子供が、夫婦になるように」
「それは……少し厄介じゃないか?」
子供同士が結ばれたら、いいかなと夢を見てしまったが、王子にあっさり却下される。やはりそんな簡単じゃないんだね。
「うん、言ってみただけ」
「だろう? そんな誓約をしたら近親婚になる」
そういうと、王子はぎゅっと私を抱きしめた。ああもうヒドイな。折角頑張って忘れようとしているのに、こんなことされちゃ諦められないじゃない。
ところで、どうして私の子供と王子の子供で近親婚になるんだろう。
「やっと国状が落ち着いて、迎える準備ができた。 改めて言わせてくれ、ミズホ」
そういうと、王子は私を軽く離し、まっすぐ私を見つめた。
「愛しい人。 どうか私とともに来てほしい」
「…………え?」
「もちろん答えは聞かないがな」
「エル陛下、そろそろ行かないと空間が」
「わかった」
神官の言葉に返事をして、王子は私の背中とひざ裏に腕を回し抱き上げる。お姫様抱っこの不安定さに、私は思わず王子に抱き着いた。
「王様、私にも国賓級の特等席をよろしく」
ひらひらと手を振って、朱美が笑う。すると、王子は極上の笑みを返した。
「ああ、ミズホの綺麗な姿が良く見える席を確保しておく」
「期待してるね」
「えっ、ちょっ、朱美!?」
「幸せになるんだよ、瑞穂」
ほんの少し目を潤ませた朱美が、私を見て笑う。移動魔法で行き来できるが、しょっちゅう使えるものではないのだろう。時間があれば携帯ひとつで飲み会をしていたのと訳が違う。
「朱美っ!!」
「転移する」
見慣れた光景が、大切な親友が、だんだんと消えていく。
光がうねって気持ちが悪い。ぎゅっっと目を閉じてしがみついたら、王子が笑う声がした。
話が長くなったので、分割しました。連投しているので、そのままお進みください。