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王子様が、落ちてきました

 さて、どうしたものか。

 彼氏いない歴=年齢、の私が思いきった事をしたものだ。

 私、白井瑞穂は自分のベッドに寝ている青年を遠い目で見ながらため息をついた。

 見るからに王子コスプレです。怪しいしかないのに何故。いや、不可抗力だと言い訳してみる。どうしようもなかった、仕方なかった。だから、決してお持ち帰りとかそういうものじゃない。お持ち帰りなどされたことがないのに、お持ち帰りするとかむなしすぎるじゃないか。


 そもそもは、つい30分前の話だ。

 今日も残業を終わらせ、夕飯の材料を買って帰る途中。頬に水滴が落ちたので雨か、と見上げたら雨ではなく多少の水滴とともにキラキラ光る青年がゆっくり落ちてきた。


「飛〇石か!?」


 某国民的アニメに重なったのは、日本人なら誰もが思うに違いない。

 私は、思わず両腕を伸ばし青年を抱えようとした。

 ふわり、と腕でバウンドさせて、私は青年を道路に置く。後はお巡りさんに任せればいい。可愛い三つ編みの古き国の王女さまなら連れ帰って看病するが、王子コスプレは遠慮させていただく。

 さて110番、と携帯を取り出していると、青年はまたふわりと浮かんだ。

 なにコレ怖い。

 やっぱり逃げよう。

 私は、携帯を掴んだまま全力疾走する。角を2回程曲がって一息。もう大丈夫と振り返ると奴が居た。もとい青年が浮かんだまま付いてきていた。

 なにコレまじ怖い。

 それから走って走って、けれど青年から逃れられなかったので、現在に至る。

 観賞には持ってこいの金髪美形になつかれて、悪い気はしない。ま、気絶したままだから、なつかれているかどうかもわからないけれど。


「飛〇石は持ってないみたいなのよね」


 不躾ながらマントを外させていただき、確認したが何もなかった。

 いや、服は脱がせてないよ!?


「ちょっと冷静になろうか、私。 まずご飯食べよう」


 腹が減っては考えも纏まらない。私は、夕飯を作るべくキッチンに立った。

 今日のメニューはシチューとサラダに、出来合いの唐揚げ。シチューが出来るまで、クラッカーなどつまみを食べながら頂いたワインを飲む予定だった。


「キラキラ王子(仮)は、お米よりパンがいいかな?」


 そもそも庶民の味が口に会うかしら?

 コスプレが似合いすぎて、ふとそう思った。

 ワイン片手に、早速上機嫌になる。明日は土曜で休みだし、ゆっくり飲んで昼まで寝よう。まだまだ新米社会人だけど、休息は必要なのです。

 しばらくワインとつまみに舌鼓をうっていると、隣の部屋、つまり寝室から声がした。

 おや、青年がご起床の様だ。

 私は、グラスを置いて寝室へ向かった。


「誰だ!?」


 青年が私を威嚇しながら、腰に手をやる。剣を探しているのだろうか。そのさまは、まさに異世界の王子さまだ。

 起きたてでも設定は忘れていないようだ。ある意味ほほえましい。 


「おはようございます王子さま?」


 わざとらしく私が言うと、青年は眉を上げた。


「そなたは誰だ」


 王子ルックスなのに日本語な件。やはりコスプレか。それにしても日本語上手な外人さんだわ。


「私はルリアンナ百合子ですわ。 貴方は?」


 素直に名乗るつもりはなく、私は目についた書籍のタイトルと著者名を混ぜて名乗る。

 ちなみに「情熱のルリアンナ」というタイトルで、作者が御影百合子、だ。

 言わずもがなハーレ〇イン。私の趣味じゃない、母親が野菜と一緒に送ってきたんだ。


「ルリアンナ嬢というのか。 私はエリック・ノースリーブ。 ノースリーブ国第3王子だ」


 ノースリーブ!!

 いや、貴方きっちり服着てんじゃない!

 キャラクター名私以上に適当でしょお兄さん。

 私は、口許を手で押さえ、笑いをこらえる。ほろ酔いなので、余計に苦しい。


「ところでルリアンナ嬢、ここは一体どこなのだ?」

「ここは東の島国、ニホーン国でございます殿下」


 そろそろ私がからかっている事に気付くだろう。

 だが、王子は真剣な眼差しで考えている。


「すまない、世界の国々の名前は頭に入れていると自負していたのだが、ニホーン国とやらは聞いたことがない」


 どうやら、本格的な人のようだ。せっかくの美形が残念すぎる。

 少し引き始めたところで、キッチンのタイマーがなって我に帰る。


「しまった、鍋!」


 寝室を飛び出し鍋に駆け寄れば、キッチン一杯にシチューのいい匂い。

 かき混ぜて味見をすれば、我ながら上出来。まぁ、市販のルーだけど。


「とにかく先に腹ごしらえだよねー」

「いい匂いがするスープだな」


 いつの間に!?

 気配がないまま背後に回り込まれて、私は振り返る。

 すると、王子から、くぅ、と可愛い音がした。


「……………」


 あ、目をそらした。

 王子は耳まで赤く染めて恥ずかしがっている。なんてピュア王子。


「庶民の食事で口に会うか判りませんが、召し上がりますか?」

「いいのか!?」


 とても嬉しそうだ。

 とりあえず、私はリビングのテーブルに王子を案内する。テーブルには、ワインとつまみが広がっていた。


「ずいぶん低いテーブルだな。 椅子はどこにある?」


 設定完璧だな。

 私は、さっきまで使っていた座椅子を王子に渡す。

 王子は、首を傾げた。


「なんだこれは」

「座椅子ですが?」

「どうやって使うのだ?」


 座椅子をくるくる回して王子が言う。本当に知らないのだろうか。


「床に置いて、座ります」


 王子から座椅子を取り上げ、床におき座る。すると、王子は眉を寄せた。


「床に座るなど、下品ではないか」

「失礼な。郷に入りては郷に従えですよ。 嫌なら立ち食いします?」


 王子が目を見開いた。立ち食いも、床に座るのも下品らしい。

 仕方ないなぁ。


「では、寝室のパソコン机で召し上がりますか?」


 寝室の扉を大きく開け、パソコン机を見せる。王子は、ふむ、と頷いて椅子に座った。なんとシュールな。


「しかし、これではルリアンナ嬢が食べられない」

「私はこっちで食べるので大丈夫です」


 暗い寝室のパソコン机なんて切なすぎるわ。

 王子もそう思ったのか、私が配膳をしている間に、座椅子に座っていた。しかし座る習慣がないのか、足をどうすればいいかわからないでいる。


「伸ばしていいですよー?」

「そ、そうか!?」


 やっと座り方が決まったようで、嬉しそうだ。


「王子は何飲みます?」

「この芳醇な香りがするもので良いぞ。 我が国の酒に似ている」

「ああ、それお酒です。 王子はおいくつですか?」


 ワイングラスを取り出しながら、私は問いかける。


「明日誕生祝とともに成人の儀を行う予定だ。 だからまだ17か」

「はぁ!?」


 見た目20歳は越えてそうなのに、17だと!?

 私は王子が飲もうとしていたグラスを取り上げる。


「お酒は20歳になってから! いくら王子設定でも、法律は守りなさい」


 未成年に酒なんか飲ませたら、私が保護者として監督不行き届になる。


「明日には18だ!だから成人だぞ」

「ニホーンではお酒は20歳になってからです。 でないと成長が止まってしまいますよ」

「もう充分成長しているぞ?」


王子が長い脚を曲げて立ち上がる。161㎝の私より、軽く20㎝は高いだろうか。肩幅もしっかりしていて、幼さもなく、大人の顔立ちだ。きらきらとしていて、黙っていれば絶対女性がほっておかない。

それなのに異性として見れないのは、反応が子供っぽいからか。どうにも良くて弟のようにしか、思えないのだ。


「はいはい、分かりました。 では王子には特別な飲み物を」


 取って置きの果汁100%ブドウジュースを差し出す。見た目はワインと似ているから騙されてくれるだろう。

 案の定王子は瓶の口から匂いをかぎ、頬を綻ばせている。


「はい、どうぞ」


 ワイングラスに入れて差し出す。手に取るが、王子はそれを口にしない。

 それどころか、困ったように私とジュースを交互に見ている。

 ああ、もしかして。

 完璧すぎる設定だなぁと思いながら、私は自分のグラスにジュースを入れて一口飲んだ。


「気になるなら、最後の一口は残して下さい?」


 そう言うと、王子は申し訳なさそうに頭を下げると、ジュースを口にした。


「美味い」

「それは良かった」

「………何も聞かぬのか?」


 申し訳なさそうに、ぽつり王子が呟く。


「毒見の事ですか? まぁ、沈殿物も見えない飲み物だと警戒して仕方ないですからねぇ」


 未成年で、完璧になりきろうとする人を揶揄せずに受け入れるくらいの懐は、持っているつもりだ。

 子供の言葉を、妄言だと決めつけず見守る。そんな大人に私はなりたい。


「………私は、数えきれないほど命を狙われている。 王位に付くつもりはないと申し上げているのに、兄弟たちは私の食事に毒を入れ、散歩すれば毒矢を射かけられ、寝室には毒を持つ生き物を入れられるんだ」


 うわぁ、へヴィーな設定ですこと。

 私は、真剣に聞くふりをしながら、シチューをよそう。バケットは分けた方がいいと思ったが、大皿に置いたままにした。相手がどれを取るか分からないのに、毒は盛れない。食事ぐらいは安心してほしい。

 それが通じたのか、王子は表情を緩めて食事を口にした。


「暖かい料理など、何年ぶりだろう」

「……毒見待ちなら冷めてそうですもんね」

「ああ。 いつも冷めたスープに肉、冷たいパンに水が食事だった。 何が入っているかわからないから、水以外は飲めない」

「それは美味しくないですね。 それじゃあ明日はステーキにします? 熱々で肉汁たっぷりの」


 私が提案すると、王子はキラッキラな笑顔で私を見つめてきた。

 うん、眼福。ここまで純粋な部分を見せられると、罪悪感が出てきそうだ。


「あの、ルリアンナ嬢」

「はい?」

「………貴女には、私の本当の名前を教えたい」


 ほぉ、ついに設定を崩すのか。王子と従者ごっこは楽しかったけど、まぁ子供は帰る時間だし。こちらも、見た目青年とはいえ、見知らぬ未成年を部屋にとどめておくほど変態でもない。


「それは光栄です」


 ほろ酔い気分で笑って返すと、王子は真顔でこちらを見つめる。


「私は、エリクシール・リュミアス・ノースリーフ。エリックは通称なのだ」


 私は、どこかカチンときた。ノースリーブじゃなくてノースリーフだったとかじゃなく、設定をまだ続ける事に、嫌気がさしたのだ。


「馬鹿にしてるの?」

「馬鹿になどしていない! 私の国では、本名を告げる事は、求婚を意味している」

「なんなの? 子供の可愛い中二病設定ほほえましいわって思ったけど、そこまでだまくらかすと失礼じゃない?」

「騙してなどいない!」

「ではどこにお住まい? どこから来たの?」

「ノースリーフ国からだ。 兄弟から狙われて宮廷の噴水に沈められて、そしたら急に深くなって……そして目が覚めたらここにいた」

「そんな異世界トリップじゃあるまいし……」


 そう言って、出会いを思い出す。

 自分の周りだけ降った水滴。ゆっくり守られるように降りてきた王子。もちろん飛〇石など身に付けていない。


「ルリアンナ嬢も、信じてくれないのか?」


 王子の表情が、苦しそうに歪む。異世界の王子なら、不可解な行動にも理由がつく。

 床に座る文化がなければ、座る方法が分からない。王位に関わるなら、命を狙われる。キラキラな容姿と完璧なコスプレ衣装。そして、育ちが良すぎる身のこなし。

 シチューをすする音なんてしなかったし、パンもかじりつかず手で一口大にちぎって口にした。

 そもそも、ジュースを渡した時、本気で怖がっていなかったか?

 設定重視にしては自然すぎる行動が、異世界と思えばきっちり符号する。


「判った、もう出ていこう」

「待ちなさい、異世界人が知らない土地でどう生きるつもり?」


 私が問いかけると、王子は苦しげに顔をしかめた。


「分からない。 けれどここには居られない………やっと、名を告げられる女性と出会えたと思ったのに」

「………子供は、大人しく大人の庇護を受けなさい」

「私はもう成人している!」

「ここに置いてやるって言ってるのよ! 日本の通貨、法律、生活スタイル、ここで生きるための全て教えてあげるわ。 その上で出ていくなら止めない」


 未成年だから、は言い訳だ。ただ、目の前の寂しげな子供を放逐する大人では有りたくなかった。

 それが、子供心ゆえの誠実な告白を受けた、大人の責務ってもんでしょう!

 もちろん受け入れて旦那にするほど変態ではないけれど。


「ルリアンナ嬢」

「あと、それ偽名だから。 私は白井瑞穂。 ミズホでいいわ」


 本名を名乗ると、王子は頬を赤く染めて、目を見開く。


「じゃあ」

「ちなみに、この国では本名を名乗っても求婚にならないから。 私、子供に手を出すほど腐ってないし」

「………先ほどから、私を子供扱いしているが、ミズホこそ子供であろう? 15位じゃないか」

「残念、私は22歳です」

「嘘だろう?」


 欧米から見たら東洋人は幼く見えると聞くが、異世界人にも通用するらしい。

 私は、財布から運転免許証を出して王子に見せる。


「これ、18歳にならないと受けられない試験の免許証」

「………読めないが、そうなのか?」

「そうよ、だから年上なの」


 そう言いきると、一瞬で王子の目の色が変わった。

 何となく、背筋に震えが走る。


「年上で、名前を交換した仲なら、遠慮はいらないね?」


 一体どこで妙なスイッチが入ったのか。

 無意識に後ずさる。そしてその分王子が詰める。


「殿下?」

「エリクでいいよ?」


 いや、笑顔がなんか怖いです。


「ミズホ」


 なんなんだこの王子は。

 さっきまで子供子供していたのに、一丁前に大人の表情をしているじゃないか。


「わ、私、好みは年上なの」

「見た目なら私の方が年上だ」


 うん、何も言われなければ20代前半に見えるね。って、そういう問題じゃない。


「だから、大人しく私のものになって?」


 手首を捕まれ、頬に大きな手が添えられる。

 さりげなく抱き込まれれば、ふわりと爽やかな香りがした。


「私、強引な人苦手なの!」


 苦し紛れにいい放つと、近づいてきた整った顔が止まった。

 怖いと思ったけど、やはり純粋な子供なんだな、とほっとする。


「…………判った」


そういうと、手の添えられていない方の頬に、柔らかい感触が落ちた。


「今日はこれだけね」

「ふ、ふざけんなぁああ!」


真っ赤になった私は、王子の腕の中で暴れる。すると、王子はあっさり私を手放した。


「柔らかいなぁ。きっと唇も柔らかいんだろうな」

「こ、このエロガキぃ!!」


私は、王子を引き留めた事を早速後悔した。

これを、王子が異世界に帰るまで続くとなると、まさに前途多難である。


   







(終わり)







短編にしようと書き始めたのに、締切有りの仕事から解放されてフラストレーション。

気づけば数日分ストックもできたので連載という形で上げてしまいます。


どうぞよろしくお付き合いくださいませ。

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