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なにも要りません

作者: 季度哀良喰

 ……は?


 ここどこだよ……

っていうかさっき僕は――











「ふぅ、やっと終わったか~。早く帰りて~」

 仕事に一段落ついたら一息つく(ため息的な意味で)。これ社会人の常識ね。

 オフィスでそんなことを口に出していいのかって?そんなことは全く関係ない。なぜなら他に誰もいないから。


 仕事ができるやつってのは、着地点の見極めがうまい奴のことだ。だから、手持ちのプロジェクトはしっかり早めに終われるし、手伝いを頼まれて、新しいプロジェクトとの板挟みになりかけても結構なんとかなる。たぶん。

 仕事ができない奴ってのは、色々なタイプが居るが、少なくともやる気の全くないやつは会社を辞めるし、やめない奴は、できないなりにだが、やる。上司はそいつができないことをすぐにわかるから、締め切りやら納期の近い仕事や重要な仕事なんかは回されなくなる。

 厄介なのは、何事にもそれなりな奴だ。与えられた仕事は、期限を守るのは当然だが、そこの振れ幅が大きかったりする。飲みになんかもそれなりに付き合うし、話すとなったらそれなりに話す。だが、親しくなれるかというのは別の話だ。

 人間関係といった観点からはもちろん、上司と部下という間柄でも、親しさというか親密度というか、そういった信頼関係の締結は必須だ。

 仕事ができる奴は、えてして人間関係の構築もうまい。急な仕事を依頼されても、できるかできないかを判断して、答えを出せる。

 仕事ができない奴はさっきも言った通り色々なタイプがいる。しかし”そこそこ”ではなく”できない”と言われる奴は人間関係の構築も下手だ。むしろそれが理由で仕事ができないっていう結果があるのかも知れない。もちろん、急な仕事なんかはそもそも依頼されない。

 その点、それなりな奴はよく分からない。急な仕事を与えたとき、あるいは急な仕事にかぎらず、それが大変なことになったりするのはたいていこのタイプなのだ。


 だからこうやって、とんでもない時間まで残業することになるんだけどね。ほんと、自分の力量を正確に把握して自分にできることをする、ってのがどれほど難しいことか。これならできない奴と思われたほうが楽なのかもしれない。ここ最近はここで寝泊まりしてたし、今日が休日で本当に良かったよ。まあ休み明けが本当(マジ)のマジな期限リミットだったから、一日余るなんて余裕だったとも言えるけどね。

 ん?

 一週間に休みは一日。何もおかしいことはない。

 因みに今は早朝5時半だ。


 壊れ始めた思考をよそに、帰り支度を終え、会社を出る。

 少しだけ、ほんとに少しだけフラフラするが、大丈夫。まだだ、まだいける。

 コンビニに寄って、今週まだ読んでいない、だが追っている漫画の載っている、ヤング週刊誌を立ち読みする。

 え?立ち読みはクズのすることだって?買えって?それはもっともだが、連載誌の一作品目当てに買うのは気が引けるというかね。趣味もないし、買う金がないわけでもない。だがそれなら立ち読みをできないように雑誌を梱包しろ!紐で縛れ!それなら買ってやるさ、周辺のコンビニ全て回った上でなぁ!

 ……こんなこと他人から言われたら自分でも引くけどさ。


 だが、立ち読みにもリスクは有る。それは非常に面白い場面で、おもむろに口元を緩ませてしまうと、ちょっと変な人に思われてしまうと思って恥ずかしくなってしまうことだ。たぶん他人はそんなに自分なんて見ていない。でも恥ずかしいのだからしょうがないじゃないか。

 ちょうど今、面白い場面を読んでしまって必死に無表情を意識するも表情が崩れてしまい、雑誌から顔を離し外を眺めながら頬をふくらませたり表情を変えたりして、「まるでちょっと疲れたな」とでもいいたげなポーズをとったところだ。ごまかしに夢中で実際は窓の外なんか意識の外なんだが、視界の外に何かが映ったように感じた。

 それは急激にこちらに向かっており、視界を占める範囲も急激に増加する。

 それはトラックだった。

 それはまっすぐ向かってくる。ここが三叉路の角だからだろうか。減速なんかしていないように見える。

 逃げなければ!!!

 思っても、足が動かない。夢なんかで体験したことがある。そう、本当に怖いときは、足なんか動いちゃくれない。

 走馬灯は、今までの経験を一瞬で思い出すことで、その中から生き残るための手段を探すための防衛本能だなんて言う本だとか見たことあるけど、もしかして死ぬ直前の恐怖で身体が動かなくなる分のリソースを頭に回してるだけなんじゃないのか?本当に生き残るためなら脅威から逃げるのがもっとも単純、かつ明快だ。

 現時点で十分いつもより頭は回っている。ほとんど無駄な考えだが。

 だけど――いや……。

 保険はかけてある。受取人は両親だ。

「悔いは――」



 僕は――――死んだ。





 はずだったんだが……。

 辺りは白い。真っ白だ。それは明らかに異様と言えた。

 病院でもない。そんなものは一目瞭然。というか、ここが今まで生きていた世界だとは思えなかった。


「あはは。君ってすごいね。わかるんだ。そうだよ。ここは今まで君の住んでた世界じゃないよ」

まあ最近は結構気づく人は多いんだけどね、と付け加える。

 何もなかったはずの場所からいきなり声が聞こえた。


 そこには、なんとも表現できないモノ(・ ・)があった。


「あのー……、私の名前は〇〇と言います。なんだか、その口ぶりからは、ここがどこだか知っているように聞こえました。もしよかったらここがどこか教えてくれませんか?」

 他人に何かを聞くときは低姿勢で。もちろん初対面の人には自己紹介を忘れずにな。


「えーとね、えーとぉ、怒らないで聞いてくれるかな?」

「ええ、もちろんです」


「あなたは今日人間界で……トラックというのだっけ?車に轢かれて死んでしまったの」

「はい」

 そうだ。そこまでは、その直前までは覚えている。


「ここは神界……の中でも下神界というんだけど、ここでは天界――人間は天国なんて呼んでいるけど――に行く人間と、地海獄――こっちは地獄だっけ?――に行く人間を判別するところなの。それでね、死んだ人が集まるんだけど、本来死ぬべきでない人が極稀に、ううん極々稀に来ちゃうことがあるの」

 う~ん。なんか聞いたことがあるような話だ。雲行きが怪しくなってきたぞ。つまり、それって――


「そう。人間の中でも最近流行っている、神様のミスで……っていうのと似てるかな。でもね、神様のミスってわけじゃないの。とは言え、これを直してシステムを正常にするためにはね、人間の言うフォーマットを行うしかなくって――」

 そうか。たしかに、致命的な不具合をシステムが抱えているなら――つまりはパッチ程度じゃアップデート出来ない根本的な不具合を抱えているなら――システム自体を一度落とす必要がある。そんなかんじなのかな。


「そう!君って頭がいいんだね。」

 あれ、口に出したっけ?というよりさっきから――


「こいつ直接脳内に…!」

 ってそれはオレのセリフじゃないのか……。いや、ある意味これであってるのか。思考の押し付けじゃなくて、覗きだけど。


「失礼だなぁ。覗きなんて、こんな可憐なレディーに向かっていうことじゃないよ?温厚なボクは怒ったら怖いんだからね?」

 なんだか話がものすごく逸れている……、そしてなぜ怒られる矛先が僕に…


「あなたが失礼なことを考えるからでしょ?プンプン。ふふふ、そうそうさっき考えていたことで合っているのよ。さっきも言ったけどあなたはまだ死ぬ予定ではないの。人間が最近グッと増えたせいでこっちも色々といっぱいいっぱいで大変なのよね。ボクもさっきまで仕事仕事で」

 そうかわかったぞ!仕事をサボるためにさっきから無駄話を引き延ばそうと――


「失礼なこと考えないでね?ボクはこれも仕事なんだからさ」

 つまりどこかの世界を言えってことなのかな。僕が転生したい舞台を指定できて、なんか謎の特典がついてくるような――


「切り替え早いね…。そうそう、やっぱり、最近の人間は物分りがいいよね。さすがに神を超えるような能力(ちから)を与えることはできないけど、それこそ、今までの例から言えば、超人的な肉体とか、その世界じゃ明らかに類を見ない魔力と超弩級規模の空間魔法とか、珍しいところでは要りませんなんていう人もいたかな。望みの世界に転生できるのにそれ以上もらってチートしても面白く無い、とか言ってね。彼は自分の力で努力して強くなりたかったみたい。生まれてからの子供時代が面倒だからって、死んだ時の状態を復元して、擬似異世界召喚だーなんて言ってた人もいたかも。他にはね――」

 なんだか色々なタイプの例を上げてくる。つーか極稀にとか言ってこんなに……。まあいいか。望みの……ゲームや漫画の世界に転生できる。ネット小説じゃ最近流行りのシチュエーションだ。チートハーレムオレツエー、だったっけ?嫌いではないけど、あまり好きじゃないんだよなぁ。


「じゃあ君は君のやりたいようにしなよ。制限はあっても、人間の君にはあってないような制限だし、夢みたいな話でしょ?ボクが君の願いを叶えてあげる!」


 願いを…叶える……ねぇ

「僕の願いは――














 なにも要りません」

「えっ?」




「えっ?えっと特典は何もいらないって言うことかな?ふふ、驚いちゃった。まるでなんにもいらないっていうふうに聞こえちゃったから。えーっと、じゃあなんの世界がいいの?今までに人間の創りだした創造世界、全部網羅してるからね」


「いえ、なにも要らないと、そう言ったんです。特にやりたいこととかないし、新しく生まれ直すのとか面倒だし…。よくある、権力・実力・性欲を全部満たすために好き放題するとか、そういうのって、好きじゃないんですよ。天界だとか神界だとか地獄だとか……、そういうのに人間の……、魂……みたいなものですか?それを送るってことは、それを再利用しているってことですよね。仏教的に言えば輪廻でしたっけ。今回の話って、そこからずれてしまったはぐれものを、そのままじゃ使えないから一回ロンダリングして、その後再利用するって話ですよね?そういうのは、いいんです。要りません。別に、今までも何かしたくて生きていたわけじゃなくて、生まれたから、生まれてしまったから生きていただけなんですよ。それをまたわざわざ……、正直、神様にであって転生させてもらうって、意味がわからないんです。どうしてそんなことをするのかな。それにどうしてあんなのが人気があったんだろ。いくつか読んだけど、全く共感できなかったし……」

 共感するだけが本の読み方ではないがとはわかっているけど……。

「で、でも君は童貞だよ?かわいいかわいい女の子とアンなことやコンなことしてみたくないの?特典でチートもらったらウハウハだよ?よりどりみどりだし……。そ、それにロンダリングなんてそんなことじゃなくて、準備ができるまでこうやって魂の状態でずっと待ってもらうのも悪いかなと思って人間が考えてた転生を採用してあげたのに……」


「うーん、そこなんですよね。最初に僕が生まれたのは、両親が子供をつくったからですよね。そうして僕は生まれた。子供ができてからそこに入る魂が決まるのか、あるいは逆か……、まあそこはこの際問題じゃない。つまり、僕は望んで生まれたわけじゃない。でも、両親も子供が欲しかったとしても、僕を望んだわけじゃない。その後僕は育てられて、いろいろあってこの歳で死んだわけだけど、今までずっと……そうだな、中学の後半くらいだっけ?その頃からずっと思ってたよ。消えたい(・ ・ ・ ・)って」

「え?え…?」


「でもその頃には、つまり自我といえるような意識が生まれるまでには、そこそこの年月が経ってた。死にたいと思っていたとしても、そこまで育てられたことを思えば、自殺することもできないし、かと言って、じゃあこれを生涯かけてやろう!!なんてものは生まれない。親には言えないよ、言えないけど思ってはいる。地獄に産んでくれてありがとうってね」

「なんで……?楽しいでしょ?生きることは。そりゃあ辛いこともあるかもしれないけど……、あなたの育った環境は、地球では相当恵まれてる環境なのよ?」


 恵まれてる……か。たしかに、アフリカだとかインドだとかじゃ……こうはならないのかもしれない……でも、

「その人たちは、そういう(・ ・ ・ ・)人たちは……生きることに、貪欲なんだ、たぶん。僕はそういう環境にいなかったから、もしかしたらそういう環境だったら、そう(・ ・)なったかもしれない。でも僕はそうじゃない。むしろ逆…。恵まれていたから……満たされていたから、こうなったんじゃないか?思い当たる理由もいくつかある。アポトーシス(プログラムされた死)。パレートの法則。あるコミュニティ内で、それぞれの役割が占める割合は、どのような場合でも概ね一致する。たとえばさっきの例で言えばアフリカやインド。そこでは福祉や医療が充実してないから人は死ぬ。あるいは内紛とかも人が死ぬ。でも日本はどうだ?恵まれてる。満たされてる。確かにそれでも人は死ぬ。でもその数は?発展途上国に比べれば、明らかに少ないはずだ。その割合の差分はどこへ行く?だれが背負う?現代日本じゃ、何をするにも無気力な、無気力症候群なんて言われる、あるいは僕は個人的に21世紀初頭現代人病(・・・・・・・・・・)と呼んでいるけど……。もちろんたぶん、そういう人たちも、僕自身も、楽しいことをすれば楽しいし、気持ちいいことは気持ちいいし、悲しいときは悲しいし、辛いときは辛い。普通の人となにも変わらないはずだ。そんな人たちの中には、もちろんこんな状況になったとき、我先にと飛びついて、チートやらハーレムやらを満喫する人も多いんだろう。たぶん、日本という、既に完成されてるシステムの中で、自分のやりたいことを見つけて、それを思う存分できるっていう状況にするには、相当な努力が必要だ。加えて幸運。環境とか才能とか……でもそれは付加的なものだ。その努力をしたくない。でも理想の自分にはなりたい。そういう、ただの、こういっちゃ悪いけど、怠けていた(・・・・・)人間は、喜ぶだろうね。わかる。怠けた、なんていうと批判しているようにも聞こえるけど、別にそういう意味じゃない。確かに、努力しても報われないことも、いや報われない事のほうが多いかもしれない。まあ、努力が足りない、って場合がほとんどだと思うけどね……。それは置いておく。そう、そういう人は、喜ぶよ。だから、ネット小説なんかが次々書籍化されるんだろうから。うん、それはいい。それはいいよ。でもさ、僕が言う、|無気力な人たち《21世紀初頭現代人病患者》なら、僕みたいに言うんじゃないかな。結果的には全てを諦めてるダメ人間さ。でも、それを望んでるかどうか、その内面を他人は知ることができない。むしろ……というより、もちろん、僕もこの状況を喜んでるよ。普通に死んだとしたら、記憶はなくなっても魂が再利用されるかもしれないなら、この状況は好都合と言える。前言を撤回します。僕の願いを叶えてください。僕を、僕の魂を、この世からあの世から世界から世界の外から、限りなくその全てから――――――消して下さい」


 心なしか、この眼の前の可憐なレディーを名乗るなんとも表現しがたいモノ(・ ・)が、人間で言えば青い顔をしているように見えた。

「け、消してくださいって……、今までそんなことをいう人いなかったよ…。それに何?21世紀初頭現代人病って…。人間界の知識は結構あるはずだけど…聞いたことないよ……。消すって……、消滅ってこと?ダメだよ!そんなことしたら輪廻から完全に外れちゃって本当に本当に全てから消えちゃうんだよ?」


「……」

「そうそう、考えなおして…。時間はいくらでもあるし、ほんとにどんな世界でもいいんだから。ちょっと面倒だけど……、今この場であなたの思うがままの望みの世界を作ることもできちゃうんだし」


「それを聞いて安心しました」

「はぁ~、そうでしょ?よかったぁ~。びっくりしちゃったよ~。あんなこと言うから――」


「僕の願いはさっきも言ったとおりです。消して――消滅させてください。完全に」

「えー!?」


「正直、申し訳ないと思ってるんです。人間界とか、天界とか、そういうシステムのリソースを、莫大な数のうちの一つとはいえ、失わせてしまうんですから。でも――おそらく魂は足りなくなるなんてことはないはずです。虫だとか植物だとか人間以外の動物だとかに魂が入ってるかは知りませんが、1つ位なら、絶対にシステムに影響を及ぼさないでしょう。そもそもバグみたいなこういう事態が起こってるんですし、時計の歯車の歯を一つなくしてくださいという願いよりは、影響は少ないはずです」

「多分1つくらいなら問題には…って違う違う!そういう問題じゃなくて……。ほんとに、ほんとになんでもいいんだよ?ほら、最強の剣術を生まれた瞬間から使えるとか、星を滅ぼせるレベルの極限魔法を生まれたときから使えるとか……、も、もしそういうのが嫌だったら成長に超補正がかかるような加護だってあるしこれなら自分の努力次第で最強にだって――」


 正直、もう話すことはないな……。あとは相手の根が折れるまでこっちの主張を押せばいい。曲がりなりにもこうやって希望を聞くってことは、無理矢理どっかに飛ばされるってこともないだろうし。

「無理矢理飛ばすようなことはしないよ!そんなことをするくらいなら、準備ができるまでここで放置したほうがコストとしては安上がりだし……」


 へぇ、神様ともあろうものがコストなんか気にしてたのか。意外だなぁ。

「む。あのね、何をやるにしてもコストは掛かるんだよ?対価って言うでしょ?それを慈悲深いボクはこうやってしてほしいお願いを聞いてあげてね。叶えてあげてるんだから」


 はぁ。こういう話をされるとなぁ。考えは読まれてるんだし、言葉に出したほうがいいか。

「あの、怒らないで聞いて欲しいんだけど」

「うんうん。なんでも言ってみなさい?」


「正直、胡散臭いんですよ、まず第一に。まあ神様なら神様で、疑うもなにもどうでもいいんですけど。そもそもさっきから、”~~してあげる”だとかって話、納得出来ない……というか苛つくんですよ。なんでわざわざ僕が()神様に()願いごとを()叶えていただかなければならないんですかね。神様って、笑っちゃうよ、なんだそれ。具体的にはなんなんだよ。地球とか地球を内包する宇宙そのものをつくっていただいたんですかね。さっきも言った通り、育ててもらった(勝手に育てられた)恩はあっても産んでくれて感謝(産んでほしくなかった)っていう気持ちだってある。それをなんでここにきてなにかしていただく(・・・・・・・・・)必要があるのかって話です。丁重にお断りします。お返しします」

「むむむ。ふ~ん、そういう態度なんだ。せっかく願いを叶えてあげるって言ってるのに。そんなに生きるのが嫌なら、死ねない身体にしてどこかに放り込んでもいいんだよ?そういうこと、ボクはできちゃうんだけど?」


「願いを言えって言うから、願いを言っただけだけどね」

「はぁ~。そのたまに見える常語が、君のスタンスを示しているよね。敬意なんて上っ面だけで、ほんとはなにも期待してないし、なにも望んですらいないってことがさ。今言った、消して下さい、っていうのも厳密にはお願いではないよね。聞かれたから答えた、躓いたから転んだ、開けたから開いた、そうであることがそうであることを保証するように、まるで真理みたいだ。意志というものが感じられないよ」


 なんだ、最初から分かってたのか。……当然だけど。

「思考を覗くのと、意思をたたきつけられるのはやっぱり違うからね。それが、知能と知識の最大の違いでもあるし」


 初めのうちの頭の悪そうなしゃべり方とかは、僕を試していたってわけか。別にいいけどさ。

 というか、そういうヒントみたいなのは、人工知能でもつくってる人に教えてあげたらいいんじゃないかな。意味はわからないけど。あれ、目の前のモノ(・ ・)が睨んでるような――

「その、君の見えているそれ(・ ・)は、もっとも敬愛する――好きとか嫌いじゃなく、君自身の求める本質的な()という意味で――モノ(・ ・)のイメージなんだけどね。おかしいなぁ。他の人は、かわいい可憐で美人なレディーとか、立派な髭を蓄えたおじいちゃんとか、その構築的に威厳があるイメージで映しだされるのに」


 うーん。目の前にある、これ(・ ・)は、本当に言葉では表せない。なんとも表現できない、あれなんていったっけ……名状しがたきもの、だったかな。もっともあっちには形があるけど。これを愛していると言っても、なぁ。まあそういう意味じゃないっていうけどさ……。


「はぁ~。こんなにため息ついたの久しぶりだよ。いつもだったらとても喜んでくれたり、表情には出さなくても感謝の気持が伝わってきてボクも嬉しくなるのになぁ~」

「僕も、消してもらえたなら――感謝はできませんね」

 まあこれはしょうがない。


「これ以上話しても全く意思は変わりそうにないね」


 特に答えはしない。その答えは言うまでもないからだ。実際のところは、僕自身すら、なにを欲しているのかはわからない。望むことと、望まないこと、真逆であるはずのそれが、まるで同値であるかのように感じている。


「こんなに意思が強いなら…、それを他のことに使えばいいのに…。君がもっとも大事にしているものは一体何?」

「わざわざ言葉で聞きたいなら答えるけど…。そうだな、全てにおいて僕の最も重要なモノは――”精神力”。これ一択ですよ」


「じゃあ、最後だし……理由も聞いておこうかな」

「理由……。というかこれは同じように考えてる人も多いと思うけど」

 先を促されている気がしたので続ける

「そうだな……。例えば誰かに聞いたら、その誰かはこう答えるかもしれない。”鋼の意思”、”絶対諦めないド根性”。まあ、どれも実際意味は似たようなもので”意思”あるいは”精神”、つまり目に見えない内面のこと。あるいはこういう人もいるかもしれない。”鍛えぬかれた肉体”、”健康”、”お金”、一風変わって”宝石”とか、つまり実的なもの。実的なものを求める人は、多分生きたい(・ ・ ・ ・)人、生きるのが好きな(・・・・・・・・)人、多分そんな感じじゃないかな。一方内面を重視する人はなんなんだろうね……。多分、そうだな……、言葉で言うなら”愛”。それを最重要視する……、そんな感じか。その”愛”が自分の命なんかより重視していることやものであったなら、それを最優先できる……、そんな感じで大きく分けて2つに分類できると思うよ。実的なものを最重要視していたら、自分の命をかけることはありえないからね」

 一息つく。わかってるよ、最後まで言うってば。

「つまり僕は”精神力”――つまり内面を重視してる。だから、自分のすべて、その全体をかけられる。それが全てじゃないかな。わざわざ精神力なんて言葉を使ったのは、実体の無いものだから、誰にもイメージ出来ないし自分にもイメージ出来ない。例えば”黄金の精神”なんて言っても、金なんて王水で溶けるような程度じゃないかって言われたり、屁理屈だけどさ、いちいち面倒だろ?少なくとも僕の認識では、精神力の実体は言葉の外側にあるからイメージ出来ない。それだけさ」




「……。それで……いいんですね?」

「はい」


「わかりました…。願いを叶えるといったのはボクだし、叶えるけど……本当にいいんだね?」

 まるでRPGの押し問答みたいだ。睨まれた。気がした。


「別れの言葉というのは本来、再び会いましょうという意味を含んでいます。なので言いませんよ?」

「……準備はできています」







 少しの間があった。

「では、いきます」





「なんとも言いがたい……かわいそうな人でした。こんなことは、言ってほしくはないのだろうけど……」

 その声は誰にも、何にも、何処にも、届かなかった。

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