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06. 誘われても困ります

 瀬野孝明と図書室で話してから一週間が過ぎていた。

 つい余計なことまで喋ってしまったのを、俺は激しく後悔していた。

 瀬野の家を覗いていた理由を説明すれば満足して俺のことは放っておいてくれるものと軽く考えていたのだが、考えが甘かったらしい。

 むしろ反対に興味を持たれてしまったらしく、瀬野はあの日からやたらと俺にからんでくるようになったのだ。

「おまえさー、いいかげんにしろよ。はっきり言って迷惑なんだよ!」

 瀬野は授業の合間にやってきては、どうでもいいような話題を俺に振ってくる。

 最初のうちは「困ったことはないか」だの「わからないことがあったら何でも聞いてくれ」だのとあれこれといらない世話を焼こうとしていたのだが、それがいつのまにか「遊びに行こう」や「アドレス教えて」に変化していた。

「俺はどこにも行く気はないし、携帯も持っていないから!」 

 もちろん嘘だ。つまりは教えるつもりはない、ってこと。

 友達付き合いをするつもりはない、ってはっきりと意思表示したというのに瀬野は気にもとめていない。

 それどころか妙に強引だ。

「なら家に遊びにおいでよ。薔薇が今ちょうど見ごろなんだ」

 面倒なやつは無視して、その場を離れようと瀬野に背を向けた俺だったが、つい反応してしまった。

「え!?」

 俺の頭の中いっぱいに、ロココのピンクの花びらが夢みたい花開く。

 そういえば満開どころかまだ半分くらい蕾が残っていた。

 あの時は慌ていてゆっくり鑑賞するどころではなかったけれど、瀬野の口ぶりから察するに、あのつるばらの絡んだフェンスの向こうには、まだまだ何種類もばらが咲いていそうだった。

 ぼーっとして思わず頷きそうになった俺は、その夢のような光景を振り払おうと、慌てて首を左右に振った。

「お、俺のこと馬鹿にしてるんだろ!」

 まさか、と瀬野は即座に否定した。

 優しげで清潔感のある笑顔だった。左の頬には小さなえくぼまで出来ている。

「母の趣味で、オールドローズがかなりあるんだけど、今が満開なんだ」

「オ、オールド……!」

 四季咲きのばらと違い、一部を除いて、一期咲きのオールドローズは春の五~六月にしか咲かない。

 いまを逃してしまったら次の開花まで丸一年待たなければならず、そのへんの花屋ではまず扱っていない品種がほとんどだった。

 それが一般家庭の庭で満開だって?

「イレーヌ・ワッツ、シャルル・ドゥ・ミル、バリエガータ・ディ・ボローニャ、葡萄紅、粉粧楼、ヨーク・アンド・ランカスター……あと何だったっけかなあ……」

「そんなに?」

 宝の山じゃないか! まるで天国だ。いや天国に違いない。

「うちはオールドとイングリッシュがメインだから」

 聞いているだけでうっとりしてきた。

 脈あり、とみたのか瀬野はにやりとして、とどめとばかりに今度はイングリッシュローズの名を上げはじめたのだ。

「い、行かない!」

 俺はとっさに両耳を手でふさぎ、頭をぶんぶんと振り回した。めまいがしそうなくらいに。

「どうして? おいでよ。ものすごく綺麗だよ」

「行かないって言ってるだろ!」

「無理にとは言わないけどね」

 残念だなあ、本当に綺麗なんだけど。なんてことをまだ言い続けている。

「あー、もう! しつこいぞ」

 行きたいよー、と心の中でむなしく叫びながら、俺は逃げるように瀬野から離れた。

 俺は窓際の自分の席に戻ると、次の授業の準備を始めるのだった。

 瀬野の申し出に未練を残しつつ。

 それはもうたっぷりと。

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