05. 二人だけの秘密です
「あ、あのさ!」
俺は慌てて立ち上がった。
瀬野のやつ、妙になれなれしくないか?
「あのさ、昨日も言ったと思うけど、名前で呼ぶのは止めて欲しいんだ」
どうして? 不思議そうに言って瀬野は首をかしげた。
「俺は、望って呼びたいんだけど、だめ?」
「だーかーらー、駄目だって言ってるだろ。嫌いなんだよ、女みたいで」
「俺は可愛いと思うけどな」
「はあ?」
「似合ってる」
可愛いとか似合ってるとか、何考えてるんだこいつ。熱でもあるのか?
「可愛いなんて言われて喜ぶ男がいるか!」
晶の言う「オシャレ」の方がまだましだ。馬鹿じゃないのか、こいつ。
「ごめん。機嫌なおしてくれよ」
瀬野の途方に暮れたような表情に、俺までどうしていいかわからなくなった。ちょっと言い過ぎたかな。
「ほら、座って。……ね?」
瀬野は俺がさっきまで座っていた場所を、うながすように軽く叩いて見せた。
その仕草に、俺は自分でも理由の分らない反感を覚えてしまったのだ。
「……」
俺は無言で瀬野を見下ろした。
「望」
ほら、と瀬野は催促するように椅子をまた叩いた。
おまけにまだ名前で呼んでいる。
この苛立ちはいったいなんだろう。
けれど、瀬野の態度には我慢がならなかった。
座るどころか、なおいっそう瀬野から距離をとって俺は口を開いた。
「悪いけど、おまえと仲良くなりたいわけじゃないから」
自分でも驚くほど刺々しい口調だった。
「あ、別に嫌いってことじゃないから、念のため。たださ、昨日のことで、その、いろいろ誤解があるんじゃないかと思って……わかるだろ?」
弁解がましくそう付け加え、俺は座ったままの瀬野を見下ろした。
「誤解って?」
瀬野にとっては予想外の出来事だったようだ。
取り残されたように長椅子に座ったまま、呆然としていた。
「昨日のことだよ。おまえ、俺が覗いていたと思ったみたいだけど、おまえの家だって知らなかったんだ。いや、そういうことじゃなくて……とにかく覗いていたわけじゃないってことを言いたかっただけなんだ。ほら、覗き魔みたいに思われるの嫌だしさ。もちろんそういう趣味があるわけでもないから。ただ誤解されたままなのはちょっとな」
「ああ、そういうこと」
瀬野が、なんだか落胆したように見えた。
「花を見ていただけなんだ」
ああ、言ってしまった。
こんなこと言うつもりなんてなかったのに。くそ! 瀬野がひどく落ち込んでいるようにみえるから、つい言わなくてもいいことまで言ってしまうんだ。
「薔薇がさ、綺麗に咲いているなー、と思って。それで近くで見たくなって……誰にも言うなよ。俺、ガーデニングが趣味なんだ。男なのに変だろ」
「それをいうために、ここに来て、わざわざ鍵までかけたの? たったそれだけのために?」
「そうだよ。俺は誰にも知られたくないの! 悪かったな、小心者の変人で」
なかばヤケクソで宣言する。
瀬野は、そんな俺の顔をまじまじと、それはもう穴が開くんじゃないかというくらいにまじまじと凝視したのだ。
「もしかして、それを言うためだけにわざわざ俺を呼び出したってこと?」
「他に何があるんだよ」
「驚いたな。てっきり意識的にやっているんだと思っていたけど、違うとは」
「はあ?」
「いや、なんでもないよ。無意識なら、それはそれでかまわない。俺も、つい焦って急ぎすぎたから」
最後のほうは独白に近かった。
「意味解らないんですけど」
それには答えずに瀬野は言葉を継いだ。
「誰にも言わないよ。でも花くらい、欲しければいつでもあげるのに」
こいつ面白がってやがる!
「ふん、馬鹿にして。面白がるようなことか? 笑いたければ笑えばいいだろ」
そしたら瀬野のやつ、本当に笑いやがったのだ。それも高らかに。
あー、もう! 本当に嫌なやつ!