04. 密談は図書室で
「話ってなに?」
昼休みになって、俺はついに瀬野を呼び出した。
覚悟を決めたつもりが、実際に行動に移すまでは半日を要した。情けないけど、俺って実は小心者なんだ。
「ここならめったに人も来ないし、話すにはちょうどいいと思うよ」
スチール製の本棚が何本も立ち並ぶ図書室は少し薄暗かった。
教室がある棟とは廊下でへだてられた場所に位置するためか、他の生徒の声もここまでは届かず、室内はシンと静まりかえっていた。
瀬野の話によると図書委員も放課後の一時間、それも水曜と金曜のみの在中と決まっているらしく、大部分の生徒にとってこの部屋は存在自体が忘れ去られているらしい。
噂話などの、あまり他人に聞かれたくない話をするには、もってこいの場所ということだった。
俺は転校二日目ということもあって、校内の細部をまだ把握していない。
だから瀬野が気を利かせて図書室に案内してくれたのは、正直とてもありがたかった。
話題が話題だけに、教室で話して誰かに内容を聞かれる危険を冒すのは、当然のことながら避けたかったからだ。
「涼しいな」
大声を出したわけでもないのに、その声はやけに大きく響いた。
俺の後から部屋に入ってきた瀬野は図書室を見まわして、室内に誰もいないのを確認すると、くもりガラスの嵌った引き戸をしめた。
「いいの? 鍵なんかしめて」
内鍵を掛ける俺に、瀬野はわずかに眉をひそめた。
「念のためにね」
「へえ、意外に大胆なんだな」
瀬野は意味不明なことを口にした。
なんだか楽しそうな声だった。大胆だって?
「なにが?」
瀬野はどこか意味深な笑みを浮かべると、ゆっくりと奥に向かって歩き出した。
鍵をしめると何かまずいことでもあるのだろうか。
まあ、先生には疑われるかもしれない。
でも隠れてタバコを吸うわけでもないし、鍵をかけるかけないで、そうピリピリすることもないと思うけどな。
背の高いスチール棚で遮られ、迷路のように曲がりくねった図書室を、俺と瀬野は中央に向かって移動していった。
本棚で造られた細い廊下の所々の空間には、小規模な読書スペースがあり、椅子と、ときには一人用の丸テーブルが置かれていた。
俺たちは一番奥にある窓際のちょっと広めに造られたスペースへ行くことにした。
俺は長椅子のひとつに斜めに腰掛けて窓の外を眺めるふりをしつつ、内心ではどうやって話を切り出そうかと考えをめぐらせていた。
「静かでいいだろ。ここなら教室とは離れていて、ほとんど声も聞こえないしね」
瀬野の言葉の通り、すごく静かだった。
あまりに静かすぎて、ここが校内であることを忘れてしまいそうだ。
スチール棚に収められた本の束に遮られ、窓辺といえど室内に届く光は弱々しかった。
ハードカバーの本の隙間を縫うように陽光が射し込んでいた。
ひんやりとして、心持ち空気も澄んでいる気がした。
だれもいない洞窟に青い光の帯が刺している風景を、ふと、前にテレビで見たのを思い出した。
「図書室なんて利用したことなかったけど、こういう感じ、けっこういいな」
「気に入ってくれて嬉しいよ」
そう言って、瀬野はクリーム色のカーテンをひいた。
「ほら、こうすると外からも見えない」
それじゃあ、あまりに暗すぎるんですけど。
本棚を背に俺と向かい合わせに立っていた瀬野は、俺の隣に座ると耳打ちでもするように身を乗り出してきた。
「そんなに近寄らなくても聴こえるからさ」
奇妙な居心地の悪さを覚えた。
理由も解らぬままに、瀬野が近づくのと同じ分だけ俺は距離をとった。
長椅子に座って体を左にずらし、腕を上げることで瀬野との間に壁をつくった。
「……望」
吐息のように、名を呼ばれる。
差し上げたままの俺の腕に、絡みつくように瀬野が手を伸ばしてきた。