01. 怪しい者じゃありません
「うわ……すげえ!」
目の前に広がる光景に、俺は言葉を失って立ち尽くした。
住宅街の歩道の中央につったって口を半開きにし、ひとりニヤついている俺の姿は、たぶん怪しい人に分類されるだろう。
そのときは周囲にどう映るかなんて、理性的な考えはどこかへ吹っ飛んでしまっていたのだ。
俺は目の前の光景になかば引き寄せられるように、ふらふらと前進した。
大きな声では言えないけど、俺は他人の家の庭が気になって仕方がない。
悪い癖だって自覚はある。けれど、どうしても止められないのだ。
「ロココか? ロココだよなあ……」
やらかい春の陽射しを浴びて、緑の葉が透きとおるように輝いていた。
165センチの――正確には163センチしかなくて、つまりそれが目下最大の悩みなんだけど――俺の頭より、まるまる頭ひとつ分は高いフェンスいっぱいに蔓薔薇が絡んでいた。
一面の緑から、いまにも吹きこぼれそうに咲いている花びらは、なみうつフリルを連想させた。
花弁の中央はピンクともアプリコットともつかない、なんとも不思議な淡い色合いで、外側にかけてとろけるように色を薄くしていた。
シルクみたいに繊細な花びらだった。
花びらを陽に透かしたら、ひょっとして向こう側がすけて見えるんじゃないだろうか。
開花している花の数をかぞえようとして諦めた。
少なく見積もっても100はあるんじゃないか? よく見ると蕾も同じくらいの数があった。
「ロココか、実物は初めてみるけど、まさにロココって感じだよな。ほんと遠回りしてきて正解だったなあ……得した。いいよなぁ、ロココか」
数百種はあると言われている薔薇のうち、つるばらに分類されるものだけでも百種類はあるだろう。
カクテルやサラバンドなど真紅のつるばらは人気もあるのかけっこう目にする機会もあるが、ロココはまだ知名度が低いためかショップで苗を見かけることもほとんどなく、実物を目にすることなど今日まで皆無だった。
ネットで注文するか、ばら園に直接でむいて苗を購入する以外、手に入れる方法はまずないだろう。
四季咲きのばらが多くあるなかで、つるばらだけはそのほとんどが一季咲きだった。
一年のうちの、ほんのわずかな時期のつるばらの咲く五~六月のこの季節は俺にとっては至福のときで――ちょっと大げさだけど――つるばらもハイブリットティーもフロリバンダもイングリッシュもオールドも、そのすべてがいっせいに咲き誇るこの季節になると気づくと俺は、まるで変質者みたいに他人の庭をぼーっと覗き込んでいるのだった。
絡み合って交差する枝の、まだ完全に咲ききっていない一輪を、花を傷めないように両手でそっと包み込んで顔を近づける。
ほのかに甘く香った。
「ああ、いいかも……」
「なにがいいって?」
ふいに背後から声をかけられて、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
両手で花を包み込んでかがんだまま、そんな馬鹿丸出しの格好でたっぷり三秒間は硬直した。一体どこのどいつだよ!
気まずい沈黙が流れた。
重苦しい空気のなか、能天気な声がこれまた能天気に質問をくりかえしてきた。
「なにしてるの?」
えーと。
あー、だから……
「……」
くそ! あっち行けよ!
あいからず背を向けたまま、なかばやけくそ気味に俺は沈黙しつづけた。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
「美人でオレ様な受とイケメン優等生のすれ違い&勘違いラブコメディ」を目指して妄想のおもむくままにチマチマ書きたいと思います。
つたない小説ですが、感想などいただけましたら嬉しいです!