誇ることを選ぶ/命の歌:孤独の道
また今日から少しずつ短編書いていきましょうね(*´ω`*)
君がそこにいたのが十年前からだった。
公園の隅、少し塗装の禿げついたベンチに君がいて、僕はいつも君を見ていた。
あの日は少し寒くて、君も僕もまだ小さいままで、少しさみしげに僕を見つめる君と、あの日僕は友達になろうと言った。
唐突で、君はきょとんとしてそれからとてもおかしそうに笑った。
「なんで、そんなこと言うの?」
大した気持ちはなかった。
なんとなく、飼っている犬と同じで、一緒にいたら暖かそうと思ったから。
そう言ったら君はもっとおかしそうに笑った。
「うん、いいよ」
そう言って手綱を持つ僕の手を強く握りしめた。
その手は小さくて少し冷たくて、僕は少し恥ずかしくて彼女の手を振り払って戸惑いがちに首を振った。
――や、やめろよ。
彼女は少し哀しげに笑った。
ハッハッハッハッハ……
僕の隣に立ってる大きなラブラドールレトリバーがとても忙しそうに舌を覗かせ息をしていたのを、今でも覚えていた。
こいつも、僕の大切な友達だった。
六年前、僕らが出会った最初のことだった。
たくさん君と遊んだ。
公園の木に木のぼりして、そのたび君をハラハラさせて、そんな君を引っ張って上まで一緒に登って。
それから少し高い場所から車の走る道路を見つめて、君は僕以上に目をキラキラとさせていた。
近くのため池まで言ってドロドロになるまで遊んだり、時には池に足を滑らせてヘドロに足を引っ張られて、君と飼い犬に引っ張られてようやく這いだしたり。
あの日はとても君の両親に怒られた。
それ以上に両親に、それこそこっちに殺されそうなくらい怒られたのを覚えているよ。
朝はいつも一緒だった。
朝と夕方の習慣だった。
朝は学校に行く前に、飼い犬で君の家の近くまで行って、それから一緒に散歩して、十分ぐらい近くの公園を回ってから帰る、夕方は少し長くて夕日が沈むまで散歩を続けた。
学校は一緒に行かなかった。他に友達を紹介できなかった
校区が違ったし、何より他の学校の子供と遊ぶのを、他の友達はいやがったから。
よくわからないけどそういうものだと思って、僕は彼女を友達に紹介したくなかった、からかわれるし、なんかいやだった。
でも、その分二人―――二人と一匹で遊ぶ時間は増えて、なんとなくイヤじゃなかった。
楽しかったから、イヤじゃなかった。
君はいつも笑っているし、あいつも僕と一緒にいてくれたから、何も寂しくはなかった。
毎日、夕焼けが落ちるまで遊んで、すごく楽しかった―――
疎遠になり始めたのは、中学に入ってだろうか。
君は他の私立に行って、僕は公立の中学校に入って、学校の方向も全く違って、君は朝は部活動に忙しくて会えなくて、夜遅くまで帰ってこなくて。
いつの間にか、あの公園には、僕とあいつしかいなかった。
ハッハッハッハッハ……
心なしか、あいつの息が少しずつだけど弱々しくなっていくのを感じた。
もうヨボヨボのおじいさんだ。
顔もしわだらけで、目もどこか少し遠い感じだった。
いつも上がる公園への階段も、今日は少し上がりづらくて――――――昨日から、左後ろ足がちゃんと動かなくなっていて、よく階段で足を引っ掛けていた。
でもご飯はちゃんと食べて、元気そうで、僕は後ろ足を痛めないように、散歩ルートを短くした。
彼女の家は、もう通らなくなってしまった。
中学も三年になって、受験勉強に入って、勉強が忙しくなって、いつの間にか忘れていた。
いや、忘れようとしていた。
ずっと一緒にいたかったからだ。
友達もそんなにおらず、それでも僕はいつもあいつの散歩をしてあいつのご飯をやって、いつも一緒にいて、それだけでよかった。
だからそんな毎日を続けるために、僕は一生懸命勉強した。
続けようと、頑張った。
――そして、その時が来た。
「タロ……?」
入学式から帰ってくると、お前は庭の裏でひっそりと体を横たえていた。
身体は冷たくて、肛門からダラダラと昨日食べたご飯の糞尿がたれてきていて、ハエが何匹かたかっていた。
動かなくなっていた
お前は眠っていた。
ずっと一緒にいたかったのに―――お前は先にいってしまった。
あいつがいつもいた公園を歩く。
いつも歩いた公園の円周。剥げかけた大きな遊具。滑り台に乗って二人で遊ぶ僕らを、お前はずっと見てくれていた。
時々はしゃぐ僕らに交じって一緒にはしゃいだり、砂場で駈けっこしたら誰もお前に勝てなくて、お前は僕らを見つめていつも誇らしげで。
ブランコで遊ぶ時、お前はいつも前後に揺れる僕らを前後に追いかけていた。
楽しそうなお前がいつもいた。
いつもお前が傍にいた。
受験勉強の時も、学校で疲れた時も、遊ぶ時も、遠くに行くときも、お前はずっと傍にいて―――お前は最初に友達だった。
なのに、先に逝ってしまった。
哀しい気持ちを残して、ちゃんと世話をしてやりたかった後悔も残して、寂しさも残して、お前は先に神様のところに逝ってしまった。
僕は取り残された。
公園のベンチで一人夜空を見上げ、お前に置いていかれて、寂しいままだ。
一緒に行けば、お前に会えるのだろうか。
お前に―――
「……送ってくれてありがとう、先輩っ」
不意に遠くから声が聞こえる。
彼女と同じ声だ。
振り返ればそこには公園の外にいる二人の男女がいた。
一人は彼女だった。一人は背の高い男の人だった。
彼女はその場で背を伸ばし男の人の方にキスをしていた。
そして、二人は別れて、彼女は公園にやってきていた。
僕は逃げるように早足で――駆け足で息を切らして、彼女から逃げ出して、遊歩道を一人で走っていた。
俯いて走りながら、足がもつれてその場にこけてしまう。
膝がすりむいて痛くて、涙が滲んでくる。
痛いからたくさん涙が出た。
「……タロ……」
僕は、その場に痛む膝を抱え身体を丸めながら、いなくなった友達の名前をささやいた。
そのたびに胸がえぐれた。
僕と一緒にいた彼女のことを思い出すたびに、更に胸がジクリといたんだ。
僕はよろめきながら立ち上がり、前を向いた。
滲んだ先に長い遊歩道があった。街頭に照らされて、それでもなおこの道は暗く、家までとても長かった。
この長く暗い道を、僕は歩いていく事になる。
これから、たった独りで歩いていくことになる。
―――行こう。
この先に、お前がいるのなら―――歩いていこう。
涙を流す自分の顔をこわばらせ、僕は涙がにじむ目尻を強く拭って、いつもあいつと一緒に歩いた道を歩き始めた。
少し足を引きずって、痛みに顔をしかめながら、この道を一人で歩いていく。
この痛みは、お前がくれたものだ。
お前が生きようと頑張って、僕と一緒に生きようとした痛みだ―――――
散った桜の花びらが僕の方からこぼれおちた。
死んでお前に会おうとは思わない。
どの道、どれだけ長生きしようが、どれだけ頑張ろうが、人は死ぬんだから、結果は同じことだ。
遅いか早いか―――
なら、もう少しだけこの世界で頑張ろうと思う。
お前のいない世界で、孤独を胸にしまい、白む吐息を空に空に投げかけ、もう少しだけ頑張って生きて、それからお前に会いに行こうと思う。
お前も頑張ったんだ、俺も頑張らないとな。
だから神様、俺は、もう少し生きたいです。
大学一年生、今更死んだ飼い犬一匹に情けないセリフなのかもしれないが、俺は神社のさい銭箱の前でそう呟いて、何度何度もお願いした。
多分通らないかもしれないけど、その時はその時だろう。
生きよう。
このクソッたれな世界で独りでも、頑張って――お前に誇れるように。
(おぉ、ここのバイトの巫女さんすっごく可愛い……電話番号聞いてみたいっすなぁ)
破魔矢を買いながらふと後ろを振り返れば、そこにはたむろする人だかりの中に、少し目立つ二人組があった。
着物を着る彼女だ。
隣には、前とは別の彼氏がいて――同じ街で見かけるだけで五人目だろうか――結構彼女も頑張っているんだなと俺は感じた。
もう大して感情も湧きあがらなかったが、それでも隣に別の男の人がいるとなんだかさみしい気持ちになる。
(でも俺も頑張らないとな……)
――頑張って、あいつに会えますように。
破魔矢にそんな祈りを込めて、俺は家路につく。
時計を見れば、まだ一月一日の午前一時で、まだ道路には神社に重く車の列と、神社に出かける、或いは帰って行く人の姿が暗闇の中に見える。
街頭は薄暗く、足元もおぼつかず、俺は白む息を夜空に投げかけながら、夜の道を一人で歩いた。
この道、お前も一緒通ったよな。
夜空を見上げながら、毎年あいつ通ったことを思い出し、ふと僅かに笑みがこぼれた。
気持ち悪いかもしれないが、これでいいさ―――どの道誰の為に生きているわけじゃない。自分が幸せになるために生きるわけじゃない。
それでも死ぬために生きているというわけじゃない。
ただ頑張って生きて、最後まで生きようとしたあいつに恥ずかしくないように、自分が誇らしくあれるように、生きていこう。
向こうで、あいつに逝っても恥ずかしくないように、精一杯生きていこう。
そのために、この道を歩いていこう。
この暗くて長い道を独りで、俺は歩いていく―――
この話は少し悲しくできています。犬の部分は私の体験談として語った部分です。
一緒にいたかったのに就職活動終わったとたんにお前死んじゃうんだもの、たまんないよ(ノ)'瓜`(ヾ)
女の子の部分は初恋の女の子のことです。まぁ今頃はこんな感じだろうと言うことで。
うん、悲しい生き方してるわ。それでもこうやって生きているのは単に飼い犬が傍にいてくれたからですね。あいつが傍にいてくれた記憶があるから心に寂しさはあまりありません。
死ねば会えますし、それまで頑張って書き続けるだけです(*´ω`*)