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A-22「世界の完成にて」

放課後、河村は神崎よりも早く花壇に着くと、神崎を監視するかのように待ち構えた。

何が何でも止めてやる。やがて両手にいっぱいに、荷物をぶら下げた神崎がこちらに向かって歩いてきた。


「それ、本当は更衣室まで運ぶんだろ?入れといてやるから、他の作品も持ってこいよ」

 

神崎が素直に河村に手渡すと、駆け足で再び校舎の方へと戻って行く。

河村は作品たちを引っ掛けないようにプールサイドに潜らせると、周囲に誰もいない事を確認してから更衣室に運び入れた。河村は驚いた。壁一面に夏の花畑が走っていたからだ。もう殆ど完成されている。

河村がそれに目を奪われていると、後ろから神崎にど突かれた。


「あんまりじろじろ見ないでよね。手伝ってくれてありがとう」

 

神崎はそっけなく礼を言うと、いつも通りに絵をかく準備をし始める。河村はどう声をかけるべきか戸惑っていた。

昨日抱きついて告白してしまったんだ。とりあえず昨日の事を謝るのが先決ではないのか。河村は軽く咳払いをした。


「その……神崎、昨日はすまなかった」

 

神崎は振り向きもしない。怒っているのだろうか。


「ごめん、怒ってるよな。本当すまなかった」


「…………何で告白して謝ってるのよ。変な奴」

 

神崎が笑った。河村は少なくとも神崎が怒っていない事に安心した。


「いや、無理矢理抱きついちゃったからさ……」


河村は急に恥ずかしなって、思わず神崎から目を逸らした。


「そうだね……でも、嬉しかった。ありがとう」


「神崎……」


「返事は、明日するよ。そろそろ集中したいから悪いけど出ていってくれる?また終わる頃にメールするから」


「わかった。今日中には完成しそうか、その花畑」

 

神崎がちらっと後ろを振り返った。


「ううん。明日に完成するよ」


「そっか」

 

河村は先程運び入れた作品達を見つめた。

今神崎が自分ではなく、この作品達を見たような気がしたからだ。


「この作品達はどうするんだ?何に使うつもりなんだ?」

 

まさか本当に自殺する時に使うんじゃないかという不安が、どうしても拭いきれないかった。そんな河村に対して神崎は鼻で笑った。


「ああ、それね。実はこの花畑と一緒にお母さんに見せようと思って。かなり叱られるだろうと思うけど、どうしても今の私を見て欲しいんだ」


「そうか……神崎らしいな。その時は俺も一緒に怒られてやるよ。共犯者だしな」

 

二人は互いに笑いあった。何だ、ドッキリの一環として作品を持ち出してきただけなのか。

河村は何だか拍子抜けして、しかしほっとしてその場を後にした。お姉さんの言う通り、考え過ぎだったのかもしれない。神崎はそこまで心の弱い人間じゃない。今の世界が終わったとしても、また新たに自分の世界を築いていけばいい。自分と一緒に……なんてかなり図々しいが。


完成は明日、返事も明日か。河村はプールサイドを出ると花壇の花達に話しかけた。


「俺、明日ふられるかもな。そうなったらお前達、慰めてくれよ」

 

河村は花を愛でながら、初めて神崎とここで出会った日の事を思い出していた。







恵那は河村が部屋から出て行ったのを確認すると、最後の仕上げに急いで取りかかった。

河村には嘘をついたけど、今日中に完成させるつもりだった。最後の色塗りを施すと、事前に買ってきていた室内用のトップコートを取り出す。先に乾いている所から仕上げてしまおう。窓を開けてマスクをし、充分に換気を確保してから仕上げに取りかかる。


仕上げには一時間とかからなかった。ついに絵が、世界が完成した。恵那は完成された世界の前に腰を下ろした。

やっと完成したんだ。自分の世界、自分のビジョンが。恵那は完成された世界を見つめた。そこには夏の花畑があたり一面に広がっている。

恵那はこれに近い景色に見覚えがあった。そうだ、小さい頃家族四人で見た花畑の景色だった。あれは自分が小学校に入ったばかりの時だっただろうか。お父さんに連れられて、恵那と志穂は初めて花畑を見たんだ。小さいながらも感動した恵那は、今でもその花畑を探し続けていた。自分が花の絵を描くのは、遠い記憶の花畑を探しているからなのだろうか。


目の前に広がる世界は、あの頃の幼い自分を思い出させる。世界をまだ知らなかった頃の自分。無邪気な頃の自分。今の自分は現実の世界に呑み込まれようとしていた。ただ、今をしがみついているだけ。もう疲れてしまった。どうでもいい。現実に失望した恵那の心は安らぎを求めていた。自分だけの世界。花畑。あの頃の幸せだった自分。戻れない過去。現在。そして未来。抱えきれない不安が、未来が恵那を襲う。

怖い。世界に取り残されている。更衣室にいると孤独と不安を感じた。でも抜け出せそうにもない。どうすればいいのだろう。どうすれば。


恵那は仰向けに寝そべった。背中がひんやりする。そうだ、ここにも花畑を作ろう。

目を閉じると、目の前に青空が見える気がした。この世界に自分を永遠に閉じ込めておきたい。そんな衝動に駆られた。決行は今日の夜。河村が送ってくれた後だ。携帯電話を開くと、明日の天気予報をチェックする。今夜は雨が降るらしい。河村が雨が降った翌日は水遣りに来ない事も知っていた。ここには明日の終業式が終わるまでいられるだろう。

それまで絵が完成した事を悟られてはならない。恵那は少し考えてから美雪に電話した。


『……はい、どうしたの?恵那』


「美雪。ちょっと頼みたい事があるんだけどさ」


『え?何々?何でも言ってよ』


「今日の夜……私は美雪の家でお泊りって事にしておいて欲しいんだ」


『え……?それは実際には泊まらないって事?』


「うん。明日までに何としてでも完成させたいから、学校に泊まっていこうかと思って」


『……そんな事して、大丈夫なの?もし先生たちに見つかったらやばいよ』


「大丈夫。いい場所見つけてあるから。もし美雪の所に電話があったら、私は美雪の家にいるって事にしておいて」


『いいけど……そこまでして完成させなきゃいけないの?どうしても。今夜は雨も降るみたいだし、特に冷えるってニュースで言ってたよ』


「うん。河村と約束しちゃったから。どうしても完成させなきゃいけないの」


『…………恵那がどうしてもって言うなら、止めないけど……気をつけてね。ちゃんと厚着しなきゃ駄目だよ!』


「わかってる。ありがとう美雪、じゃあまた明日ね」

 

そっと通話終了ボタンを押す。手がすっかり震えている。嘘をつくのってこんなにも苦しかったっけ。

恵那は涙を必死に上を向いてやり過ごすと、河村にメールを送った。


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