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B-7「約束破りにて」

更衣室のドアを閉めると、河村はその場でずるずるとしゃがみ込んだ。

思わず頭も抱え込む。カッコ悪い。何カッコ悪いことしてんだよ。

今更告白した所で、神崎がこちらの世界に戻ってきてくれるはずもなかった。自分は何を期待してたのだろう。河村は涙を拭いて腰を上げると、その場から逃げるように立ち去った。

 

このまま家に帰る気にもなれなくて、しばらく花壇の前で座り込む。

情けない。告白した自分に嫌悪感を抱いていた。


「あんたそんな所でなにしてるのよ」

 

上から声がしたので顔を上げると、そこには水嶋が立っていた。


「なんだ、水嶋か……」

 

ため息混じりに言うと、水嶋がしかめっ面をする。


「何だとは失礼な男ね。恵那の様子はどう?もうすぐ完成しそうなの?」


「ああ」

 

水嶋にはもう神崎が更衣室で絵を描いている事を告げていた。そして家庭事情の事も少し。

俺達は友達としてどうするべきか話し合った結果、今までの境遇や行動を含めて『神崎を見守ろう』という考えに行き着いた。神崎の傷の深さなど、所詮他人が理解できる事じゃない。本人にしか分からない。神崎が少しでも早く立ち直れるようにと、俺達は友達としての役割を果たそうとしていた。


「何しょげた顔してるのよ、あんたがしっかりしないと駄目でしょ!」

 

そう言って河村の袖を引っ張る。


「恵那、大丈夫かな。相変わらず話しても乗ってくれないし、笑わなくなっちゃったし、一緒に遊びにも行ってくれないし……」

 

が、河村を起こすのを諦め、水嶋も隣りに座った。


「なに、絵が完成したら神崎も満足して出てくるさ。きっと今は取り憑かれるように描いてるだけだろ」

 

河村は嘘を言った。先程の神崎の様子からしても、出てくる気配は感じられなかった。

それどころか終わりの予感がした。神崎のいる世界の終わりが。そんな事を水嶋に言えるはずもなかった。


「そうかなぁ。そうだといいけどなぁ。……あ、河村ここだけ教えてよ。数学得意なんでしょ?」

 

水嶋はノートを取り出すと河村に見せた。最近水嶋も図書室で勉強していくようになった。陸上部の盛んな高校に入る為らしい。その学校の推薦枠に見事落ちた水嶋は「今にみていろ」と目を血走って勉強し始めた。先程も二人で勉強してきた所だった。


「さっきも教えただろ、ここ。お前数学のセンスないんだよ」


「酷い!そんなはっきり言わなくてもいいじゃない!」

 

当然水嶋が怒る。河村は面倒だとばかりに鞄を持って立ち上がった。


「そう言えば俺、さっき神崎に告白してきたわ」


「は?」水嶋が面食らった顔をする。「それ、本当なの?」


「ああ」


「……恵那は何て?」


「何も。返事は絵が完成した時にくれって言ったから」


「そっか」


「悪いな、約束破って」

 

そう吐き捨てて河村は花壇を後にした。口うるさい水嶋は何も言ってこない。

その代わりに同情するかのような視線だけを背中によこした。







塾から帰ると、恵那の部屋からバサバサという、次々と物が落ちるような音が聞こえた。

志穂は不審に思ってドアを叩く。


「何か凄い音聞こえてるけど、大丈夫?」

 

しばらく間があった後「大丈夫。少し片付けをしていただけ」と恵那からの返答があった。

あれは本が落ちるような音だ。恵那は何をしているのだろう。志穂は恵那の部屋に入ってみようかと考えたが、自分が立ち入っていいものかどうか考えて止めた。あれこれ詮索するのは良くない。恵那が片付けてるだけと言ってるんだ。そういう事にしておこう。

志穂は鞄を置くとお風呂に入るべく一階に向かった。


お風呂から出ると音は止んでいた。リビングにいる母が「ご飯できたから恵那を呼んできてちょうだい」と言うので、志穂はしかたなくまたドアを叩いた。


「恵那、ご飯出来たって。片付けはもう終わったの?」

 

しばらく間があった後、恵那が出てきた。部屋の中を覗くと床にノートやらスケッチブックが散乱している。この音だったのか。志穂の視線に気付いたらしく、恵那が素早くドアを閉めた。


「ご飯食べたらお風呂も入っちゃいなさい」


「うん」

 

恵那が目も合わさず、そっけなく返事を返す。その態度に思わず志穂は引き止めた。


「恵那。あのさ、もう少しだけ頑張れそうかな?」


「何を?」


「この状況に。お母さんも頑張ってる事だし……絵はもう完成しそうなの?」


「うん」


「そっか。恵那も頑張ってるんだね。完成したら私にも教えてよ」

 

志穂がそう言って恵那に微笑んだが、恵那は他人事のような顔をした。そんな事がまるでどうでもいいかのように。

志穂は悲しかった。救いを求めるのをやめてしまったその表情が、あの頃の自分と瓜二つだったからだ。






お風呂に入った後、恵那は自分の部屋で今まで築き上げてきた全てを眺めていた。

スケッチブックが五十六冊に、コンクールに出した作品が十二点。ノートが二十四冊といった所だろうか。そっか、自分は今までにこんなに沢山の絵を描いてきてたのか。

恵那はその中からノートを一冊拾い上げるとぱらぱらとめくりだした。最初はこんなに下手くそだったな。過去の自分に少し笑うと、それらを出来るだけ鞄に詰め込んでいった。明日更衣室に持ち込む為だ。


この作品達にも相応しい墓場を用意してあげなくてはならない。恵那は覚悟をすると、携帯で『凍死条件』について調べ始めた。



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