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A-20「閉じ篭った後にて」

空気がひんやりする。外はもう真っ暗だった。

携帯を開くと液晶が十九時を表示している。もうこんな時間か。


恵那はそろそろここの片付けに入ろうとしていた。足元が暗く、おぼつかない。部屋の電気をつけると更衣室に居ることがバレてしまうので、点けられないのが難儀だった。明日は懐中電灯でも持ってこよう。


恵那は振り返って今日の成果を見た。まだ二割程も着色出来ていない。少し丁寧にやり過ぎたかな。こんなんじゃ卒業までに間に合いそうもないや。


恵那は絵の具をしまいながら、ふとパレットに出ていた赤色を見た。部屋が薄暗いせいか一見血のように見え、それはおぞましかった。恵那は何となくそれを筆にとって、自分の左手首に走らせた。冷たい。ひんやりしている。ここを切ると自分もこういう色が出てくるのか。不思議だ。

例え自分が消えたとしても、世界はどうでもいいんだろうな。身近な人が悲しむだけであって、その他大勢はなんら自分との関わりはない。もう、どうでもいいや。親とか進路とかもうどうでもいい。やりたい事をしたいだけ。今は、このキャンパスを完成させたいだけ。


恵那は自分の左手首をじっと凝視した。この世界が完成するまでは、消えない。誰にも邪魔させはしない。そう決心するとパレットを洗いに外へ出る。辺りはすっかり暗い。校舎を見ると職員室はまだ明るかった。

流石に先生たちはまだいるか。恵那は細心の注意を払いながら絵の具を洗い落としていく。この気持ちも一緒に洗い流してくれればいいのに。そんな馬鹿な事を考えていたら、名前を呼ばれた気がして振り返った。遠いフェンスの向こう側に河村がいる。


「あ……」

 

恵那は河村の顔を見るのが億劫で、どうしたらいいのか分からなくてその場で立ち尽くす。河村が何かを言っているが、ここからは遠くて聞き取れない。恵那は仕方無しに蛇口の水を止めると、河村に歩み寄った。


「もう、終わりそうか?」

 

河村が何事も無かったかのようにそう尋ねた。


「うん……部屋も暗くなったし、そろそろ帰るよ」


「わかった。家まで送るから、校門前で待ってる」

 

そう告げると河村は行ってしまった。恵那は河村がどういう考えで自分を送ってくれるのか分からなかったが、あんな一方的に言われては甘えるしか無い。恵那は帰る用意をして更衣室を出た。校門前まで行くと、そこには河村がちゃんと待っていてくれてた。


「お疲れ。お前そんな格好で寒くないのか?」

 

身を縮めていた恵那は「寒いよ」と呟いた。風もだいぶ冷たい。制服姿では尚更の事だった。


「更衣室も寒いだろ。ちゃんと風邪引かない格好くらいしろよな」

 

そう言って自転車にまたがった。


「ほら、早く乗れよ。送ってやるから」

 

河村がそう言って急かす。後ろに荷台を乗せるスペースが無いタイプなので、恵那は河村の肩を借りて後輪軸に立った。乗ったのを確認すると無言でこぎ出す。恵那も河村に何を話して良いのか分からずに、ただ肩を掴んでいた。お互いに何も話さない。私達は無言で夜の通学路を走った。

 

何故か自宅の場所を知っていた河村が、恵那を家の玄関先で降ろした。


「ちゃんと明日は授業に出ろよな。卒業くらい一緒にしようぜ」


「……わかった。ありがとう」

 

恵那がそう言うなり、河村はさっさと今来た道を引き返していった。河村は何も言ってこなかったし、聞いてこなかった。自分があんな態度をとったのにも関わらず。何処までお人好しなんだろう、あの男は。恵那は見えなくなった河村の後ろ姿に、手を振りながらそう思った。



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