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B-6「帰り道にて」

人通りの少ない所まで来ると、お姉さんが急に振り向く。


「恵那に何があったのよ。ちゃんと順を追って説明して」

 

河村は下手ながらも、取りあえず更衣室で絵を描いている事と、今そこに引き篭もっている状態の事だけを伝えた。


「……それで、あなたが家庭事情を知ってどうするの?恵那を説得でもするつもり?」


「説得……までは出来るか分かりませんが、あのままじゃ心配です。とにかくお姉さんも学校に来てもらえませんか?」


「何でよ。今のあの子に恐らく説得なんて効かないわ」


「どうしてそう言い切れるんですか。お父さんが行方不明ってどういう事なんですか」

 

そう言い終わった途端にお姉さんは河村を睨みつけた。


「あんた、何処まで人の家庭事情知ってるのよ!他人が口出しする事じゃないわ!」

 

物凄い気迫。自分に姉がいなくて良かったと思えた。


「そ、そうかも知れませんが…………でも、俺はあいつをほっとけないんです!教えてください、あいつに何があったのかを」

 

再び頭を下げる。暫らくお互い無言の後、お姉さんが口を開いた。


「あんた、恵那の事好きなのね。そうなんでしょ」


「…………」

 

河村はとっさにそんな事聞かれて言葉に詰まる。


「さっさと答えなさいよ」


「……はい。好きです」


「そう。なら恵那の事は放っておく事ね。今は自分しか信じられないだろうから」


「そんな……それは何でも冷たすぎるんじゃないですか?あいつ、もしかしてもしかしたら…………」

 

最悪の事態が頭に浮かんだ。河村は口にすると本当にそうなりそうなのが怖くて、声に出せなかった。


「…………」

 

お姉さんも無言で河村を見返す。何を言いたいのか理解している顔付きだった。


「大丈夫よ、恐らく。目的が達成されるまでは……ね」


「それは、絵が完成するまではって事ですか?」


「そうね」

 

そう言うとお姉さんはまた歩き出した。河村は少し後ろを遅れないようにしてついて行く。


「少し歩きながら話しましょう。ここで突っ立っていると冷えるわ。君の家はどの辺りなの?」


「俺の家は中学校の近くで……お願いです、どうか一緒に更衣室まで来て下さい」


「しつこいわね。私が行った所で恵那が簡単に出てくるとは思えないわ。何かを覚悟してそこに閉じ篭ったわけでしょ?よそ者がどう喚こうが今の恵那には関係のない事よ」


「それでも……今のあいつの支えになってあげて下さい。俺が頼むのもおかしいですけど……」

 

河村がそう言うと、お姉さんは鼻で笑った。


「私は恵那の支えになんかなれなかったわ。だから行っても無駄なのよ。それは君の方が適任なんじゃないの?」


「俺が?」


「恵那とどこまでの付き合いだか知らないけどさ」


「…………」

 

河村は立ち止まった。神崎を支える為に、今何をすべきなのか。何を知るべきなのか。


「やっぱり、教えて下さい。あいつに何があったのか。それを知らない限り、俺はあいつの支えになれそうもないです」


「……わかった。とりあえず私は家に帰るから、ついて来るならついて来なさい」

 

そう言って駅からどんどん離れていく。河村はお姉さんを慌てて呼び止めると、申し訳なさそうに言った。


「あの、駅に自転車を置いてきたので、取りに戻ってもいいですか?」








再び駅に戻ってくると、河村は急いで自転車を取りに行った。お姉さんがイライラした様子で仁王立ちしている。

三回以上謝った後、とりあえずお姉さんの家に向かって歩き始めた。


「お父さんにはね、昔から愛人がいたのよ。多分私が小学生の頃から。あの頃から出張が急に増え始めたわ。それに伴ってお母さんの強制が増えていった。私達はストレスの捌け口にされていたのよ。恵那には黙っていたけど、結構乱暴されてたのよ?私……」

 

悲しい目で嘲笑う。河村は黙って話の続きを待った。


「出張なんて嘘。本当は愛人と会っていただけなのよ。私達の事なんか見てみぬふりで。そしてついに逃亡した。私達は捨てられた。たったそれだけの話よ」

 

お姉さんが一歩前に出る。そして振り返って河村の顔を見た。


「私は恵那を守れなかった。純粋に世界を生きていた恵那を。傷ついてしまった。あの子だけは私と同じ表情なんてさせたくなかったのに……」

 

河村は察した。お姉さんは神崎の事を本当に愛しているんだ。最愛の妹として。まるで自分の分身のように。しかし神崎もまた、このお姉さんと同じ境遇を歩もうとしているのか。


「あの子が絵を描き始めたのも、私に対抗しようとしてなのよ。恵那は私が通った中学受験に失敗してね……それからだわ、毎日絵を描く姿を見るようになったのは。あの子なりに自分にしか無い物を探していたのよ」


「そうだったんですか……」

 

河村は初めて見た神崎の絵を思い出していた。あの絵を、短期間であそこまで上達させてたんだ。


「私以上に努力家なのよ、恵那は。必ず今描いている絵を完成させてくるわ」

 

気がつくともう神崎の家は目の前だった。二人は玄関先で立ち止まる。


「送ってくれてどうも。とりあえず姉としての役目はここで終り。君は友達としての役目を果たして来なさい」

 

そう言い捨てるなりさっさと自分の家の中へ入っていってしまった。一人取り残された河村は、とりあえずもう一度神崎に会うべく学校へ急いだ。

神崎は今、世界から孤立して一人の世界に逃げ込んでいる。そんな相手をどう助ければいい。神崎の世界が完成するのを待つしかないのか?ただ……。


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