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A-3「プールサイドにて」

花壇の花達は何事も無かったかのように咲いていた。どうやら無事みたいだ。

こうしてわざわざ裏まで回って見に来るのは不便だけど、相変わらずみな綺麗に咲き誇っていた。


「よかった、無事で」


「何が?」


「うわぁ!」

 

花壇の上にある、プールサイドのフェンス越しに河村が立っていた。恵那はびっくりして大声を出す。


「変な声だすなよ。びっくりするじゃないか」


「びっくりしたのはこっちよ!何でプールサイドにいるのさ」


「ここの水道から、花に水あげてるんだよ。お前こそ何でまたいるんだよ」


「そ、それはっ……」

 

花達が心配だったから。何て口が裂けても言えない。


「お前も花が心配で来たのか?……とてもそんなキャラには見えないけどな」

 

河村は鼻で笑うと、慣れた手つきでプールサイドのフェンス越から花に水をあげ始めた。恵那はその様子を離れて見る。


「河村は園芸委員でもないのに、何で花の世話なんてしてるのよ?」


「園芸委員じゃないと、花の世話しちゃいけないのかよ」


「そうじゃないけど……」

 

河村は水遣りを一通り終えると、ホースを器用にしまって鞄を手に取る。


「遅刻するぞ?」


「わかってるよ……」

 

すっきりしないまま、仕方なく恵那は河村の後ろをついて行った。河村がぼそっと呟く。


「あそこの花壇だけ、他の花壇と離れてるから水遣りをさぼるクラスが多いんだよ」

 

振り返って花壇を見る。言われてみれば確かに。真面目な生徒じゃなければ、あんな所までわざわざ水をあげに来ないだろう。


「だからって、何で河村が水遣りしてるのよ」


「さあな。お前こそなんで花壇なんか見に来たんだよ」

 

逆に質問されて、恵那がどう答えればいいのか考えあぐねいていると、河村がにやりとして言った。


「当ててやろうか。花を描きたいんだろ?」


「なっ……」

 

何で分かったのよ!と叫びたかったが、上手く声に出なかった。

考えていた事をずばり的中させられて、恵那は思わず赤くなる。


「よく授業中に描いてるだろ。斜め後ろからだとばればれ」


「あ……」

 

そういえば河村は恵那の斜め後ろの席だった。よりにもよって、何であまり関わりのない奴に見られたんだろう。いつ描いた絵を見られたのか……恵那は咄嗟に河村を睨んだ。


「そんな目で見るなよ、部長さん」


「元部長よ!どうでもいい事覚えてるんじゃないわよ」


「そうか?俺は昔っからお前のファンだったぜ」


そんな小っ恥ずかしい事、よく本人の目の前で言えるわね。恵那は河村の告白をスルーしたが、河村は更に食い付く。


「やっぱりそっち方面の学校に行くのか?」


うるさい。できたらそうしたいわよ。癇に障った恵那は「さあね」とだけ答えると、さっさと自分の席に着いた。






夏休み明けのテストを終えると、毎年恒例の水泳大会が行われた。この行事で今年の水泳授業は終わりを迎える。二十五メートルすら泳げない恵那にとっては、水泳なんて全くの無縁に等しい。だが、この暑さから唯一逃れられる授業が終わってしまうのは少し寂しかった。

大会と言ってもクラスで早い子達だけが競い合っているので、恵那は美雪とプールサイドの木陰で涼んでいた。


「今日でこのプールともおさらばっ!」

 

恵那が大げさに両手を上げて叫んだ。叫んだと言っても、周りも騒がしいのでそう注目はされないが。


「そういえば恵那、プールの授業嫌いだったもんね」


「何で水泳は皆必須なんだろう!泳げない私には地獄だったよ……」


「少しは上達できた?」


「水泳だけは無理!勘弁してください!」


「あはは、今年も二十五メートルいかなかったかぁー」


「大体私、背が低いからプールの底に足が届かないのよね……」


「ちゃんと牛乳飲んでるのー?」


「牛乳は骨が太くなるだけでしょ?背が伸びないのと関係ないよ」


「そうだったっけ?……まぁ足が短いのはしょうがないよね」


「短いって言うな!」

 

そんな二人で他愛もない会話をしているうちに、水泳大会は終わりを告げた。ぞろぞろと皆更衣室へと向かっていく。自分達も湿気が充満しきらないうちに着替えようと中に入った。


「水泳の授業で何が嫌かって言うと、一番はこの着替えだったりするよね」


「確かに……制服までじめじめしてるみたいで気持ち悪い!」

 

美雪が湿気を払いのける仕草をする。体中湿って着がえにくい中、皆に遅れを取らまいと急いだ。授業も終った事だし、もう二度とここで着がえる事はないだろう。そう思うと少し名残惜しい気もした。水泳の授業が終わると、ここのプールは来年の夏まで完全に閉鎖されてしまう。この湿った部屋とも今日でおさらばか。


恵那は更衣室を出る直前になって、はっとして壁の白さに思わず足を止めた。それが自分の求めていた物に限りなく近い姿をしていたからだ。


「大きなキャンパスみたい……」


「え?何か言った?」


「う、ううん。なんでもない。次も授業あるし急ごう」

 

走り様にもプール横にある花壇を見ていく。河村と始業式に会って以来、事あるごとに花壇を見てしまうようになっていた。土が少し湿っている。河村が朝に水をあげたせいなのだろうか。それとも、先ほどの授業で誰かがここまで水を飛ばしたせいなのだろうか。


どちらにしても、何故かにやけている自分が気持ち悪かった。


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