A-19「家族会議にて」
学校に休みの連絡を入れて、二人で朝のテレビニュースを無言で見続けていると、不意に玄関のドアが開けられた。お母さんが帰ってきたんだ。恵那が立ち上がるのより早く、お姉ちゃんが駆け出した。
「お母さんの馬鹿っ!」
廊下から鳴き声に近い叫びが聞こえた。恵那もお姉ちゃんの後に続いてリビングを出る。少しやつれたお母さんと目が合った。
「志穂も恵那も心配かけてごめんね。もうお母さん大丈夫だから……」
泣きからしたのか、すっかりかすれ声だった。二人でお母さんの荷物を持つと、そのままリビングに戻る。テーブルの下に荷物を置くと、お母さんが「テレビを消してちょうだい」と言ったので、お姉ちゃんがリモコンでテレビを消した。リビングから音が途絶えた。
「志穂も恵那も座って……話をしましょう」
お母さんが二人に座るよう促す。恵那とお姉ちゃんはお母さんに向かい合うように座った。お母さんが話しを切り出す。
「ごめんね、お父さんに逃げられちゃったみたい……」
お母さんの目はうさぎみたいに赤かった。
「それは……行方不明って事なの?」
お姉ちゃんが困ったように聞く。それに対してお母さんは頷いた。
「最近、お父さん出張が多かったでしょ?お母さんも流石におかしいと思って、探偵に依頼してみたの。すると愛人がいたみたいね、ずっと前から。お母さん知らなかった……気づかなかったわ……」
頭を抱え、項垂れる。
「それで、お父さんは今何処にいるの?探偵が見つけてくれたんでしょ?」
「いえ、そこまでは流石に……ただ分かっているのは、もう帰ってこない事だけね……」
お姉ちゃんの拳に力が入ったのを見逃さなかった。
「仕事場には連絡してみたの?」
「それが一ヶ月前に辞めてたらしいのよ。私達の知らない間に」
「そんな……じゃあ、全く連絡が取りようもないって事?私達、捨てられたってこと?……冗談じゃないわ!これからまだまだお金が必要なのに、あいつは教育費さえも支払わないつもりなの?親としての義務も果たさないつもりなの?」
「志穂……」
「お母さんは今まで何してたの?実家に帰って泣いてきただけなの?何それ、私達に心配させておいて。これは夫婦の問題でしょうが、こうなる前に何とか出来なかったの?お父さんをどうして止めなかったのよ!」
テーブルを叩く。お母さんはそれに怯えたような、反論出来ないような顔をした。
「どうして気付かなかったのよ!どうして話し合いもしなかったのよ!私達に勉強勉強押し付けて、自分の事はさっぱりじゃない!何が一流大学よ、あんな奴と出来ちゃった結婚のくせに。私が出来たから夫婦になっただけじゃない!愛なんて最初から無かったじゃない!……同情なんかで私を産まないでよっ……!」
お姉ちゃんはそう言い終わると、わんわんと泣き出した。今までの鬱憤を晴らすかのように。声を上げて泣いた。お母さんはその様子を見て更に頭を抱え込む。なんなんだろう、この光景は。とても話し合いの光景には思えなかった。まるでテレビのドラマでも見ているようだ。現実味のない世界。でもそれが今の世界。今朝のフレンチトーストがせり上がってくる。気持ち悪い、吐き気がした。胃がきりきりする。足もしびれてきた。早くここから逃げたい。逃げ出したい。
「私が……お父さんを探し出してくるから、それまで三人で頑張りましょう。お金の事は貯金も多少あるし、私も頑張って今まで以上に稼いでくるから、二人は心配しないで。お母さんは見捨てないから……」
恵那とお姉ちゃん両方の頭を撫でる。今まで蚊帳の外だった恵那がやっと口を開いた。
「絶対……見つけ出してよ、お母さん。私お父さんにも進路の相談したいし……」
「恵那……」
「今度の作品、二人にも見て欲しいから。描きながら待ってる」
そう言って席を立つ。未だに隣りで泣いているお姉ちゃんを横目に、恵那はリビングを出た。これ以上あの空間にいたくない。いても無駄だ。恵那は部屋に戻ると制服を着て学校に行く準備をした。何故か今、無性に絵が描きたい気分だった。