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A-18「お姉ちゃんの部屋にて」

やっぱりお姉ちゃんは気付いてたんだ。この家の変化に。でも、どうすることも出来なかった。自分達は無力なんだ。

 

飲み干したココアをテーブルの上に置いて、ゆっくりとリビングから出る。お姉ちゃんはただじっと見つめてくるだけで、何も言ってはこなかった。階段を上がる足がやけに重たく感じる。この家はこんなにも息苦しかったっけ。階段を上がりながら恵那は涙を流していた。これは何に対しての涙だろう。怒りなのか悲しみなのか憎しみなのか。そして誰に対するものなのかさえ、分からなかった。ただ涙が出た。

 

部屋に来たのはいいが、とても絵を描く気にはならなかった。せっかく口うるさいお母さんがいないというのに。恵那はティッシュで鼻をかむと、ベッドに横になった。寒い。思わず布団にくるまる。これから自分達はどうなるのだろう。お父さんはもう、本当に帰って来ないのだろうか。そういえば最後に話したのはいつだろう。思い出せないのも悲しかった。自分達は捨てられたんだ。そう考えるとまた涙が出てくる。やめてよ、もう泣きたくなんかないのに。

 

しばらく無心で横たわっていると、ドアがノックされた。お姉ちゃんだ。


『恵那、後で私の部屋に来てちょうだい。さっきの話の続き、したいから』

 

いつまでも待ってるからと言わんばかりの声。恵那は再び鼻をかんで涙を拭うと、隣の部屋のドアをノックした。


『おいで、恵那』

 

向こうから優しい声が聞こえる。恵那は遠慮がちにお姉ちゃんの部屋に入った。お姉ちゃんは制服からルームウェアに着替え終わったところだった。


「こっちに来なさい」

 

お姉ちゃんがベッドに座り、隣に来るよう手招きをする。ちょこんと恵那が座るのと同時に、お姉ちゃんが口を開いた。


「私ね、この家を出ていこうと思うの。勿論恵那と一緒に」


「私と……?」


「そう。本当はもうちょっと資金が貯まってからって考えてたんだけど……もうあまり時間がなさそうね」

 

お姉ちゃんはそう言うと恵那を力強く抱きしめた。


「お金と行く宛は私が何とかするから、恵那は何も心配しなくていい。何があっても、恵那は私が守るから……」


「お姉ちゃん……」

 

更に強く抱きしめられる。お姉ちゃんも震えている。怖いんだ。この先の出来事を考えるのを。明日が来るのを。自分達はどうなるのだろう。お父さんは?お母さんは戻ってきてくれるのだろうか。怖い。これ以上考えたくもない。恵那もお姉ちゃんにしがみつくと、静かに涙を流した。


「今日は……久しぶりに一緒に寝ようか、恵那」

 

優しく撫でられる。お姉ちゃんも涙を流しながら微笑んだ。







翌日。二人はいつもどおりの時間に起きてしまった。お姉ちゃんの携帯のアラームがいつもどおりにセットされていた為だ。お姉ちゃんが「ごめんね、もう少し寝よっか?」ときいてくれたが、恵那は「ううん。いつもどおりに起きるよ」と言ってベッドから出る。ぼさぼさの髪の毛を払うと、何年かぶりに一緒に寝たお姉ちゃんの顔を見るのが恥かしくて、そのまま自分の部屋に戻った。パジャマのまま椅子に座る。今日のお昼には家族会議が行われるだろう。お母さんは帰ってくるよね。お父さんの事で気が動転して、実家に逃げ帰っただけだよね。自分達を捨てたわけじゃない……。そう強く願ってみても、頭に過ぎるのは最悪の事態だった。


『恵那、朝ご飯一緒に食べよう』

 

ドアの向こうから声がした。特にすることも無いので恵那が二つ返事でドアを開けると、そこには目を純血させたお姉ちゃんが立っていた。


「ちょっと贅沢にフレンチトーストでも食べよっか」

 

そう言って先に階段を下りていく。恵那もその後に続いた。昨日一緒にこの家を出て暮らそうと言ってくれたが、どういう事なのだろうか。二人で生きていけるとでも言うのだろうか。お姉ちゃんの事だから何か考えがあって言ってくれたのだろうけど、今の恵那には淡い夢事にしか聞こえなかった。

 

お姉ちゃんお手製のフレンチトーストを二人で食べ始める。無言で食べ続ける恵那に、お姉ちゃんが先に口を開いた。


「恵那、お母さんはちゃんと帰ってくるから。帰ってきたら、三人でこれからの事考えよう」


「……お父さんは?」


「たぶんもう帰って来ないでしょうね。通帳やらパスポートが無くなってたから」


「そっか……お姉ちゃんは、お父さんの事どう思ってるの?私達を捨てたと思ってるの?」


「…………」

 

目を伏せて口を閉ざす。言いたくないみたいだ。


「私達……これからどうなるんだろう……」

 

そう言いながら恵那は涙をこぼしていた。昨日あれだけ出したのに。しょっぱい。せっかく作ってくれた朝食が台無しになっちゃう。恵那は感情の波に一生懸命堪えようとしたが、お姉ちゃんがまた頭を撫でたので、とうとうそれは溢れてきてしまった。


「何も心配することないわ。恵那は今まで通り暮らしていればいいの。あの二人が離婚しようが別居しようが、私達は私達よ。この関係だけは変わらない。変えさせない。もう少ししたら、一緒にこの家を出て暮らそう」

 

そんなこと本当に可能なのだろうか。二人だけで、この世界を生きていこうと言うのか。不安が不安を呼び、更に大きくなっていく。この世界に恵那は飲み込まれて消えてしまいそうだった。


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