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C-4「父の部屋にて」

志穂は家に着いて真っ先に部屋に入ると、荷物を捨ててベッドに横たわった。今日はもう何もしたくない。

宿題が出ていたのを思い出したが、取りかかる気にはならなかった。明日先生に「具合が悪くて寝込んでいました」とでも言えばいい。学園内での自分は『優秀な生徒』で通っている。先生もこの現状を知れば同情してくれるに違いない。

 

時計を見ると既に二十時を回っていた。最近恵那の帰りが遅すぎる。何をしてるのか見当はついているが、もう少し上手くやれよと自分の妹ながら毒突く。あのばばぁを黙らせるのも疲れるんだぞ。

 

そういえばあのばばぁもろくに帰って来なくなった。何処へ出かけているのやら。まぁ流石に気づいたか。何せもうかれこれ二週間程父は帰ってきていない。恵那には「お父さんは忙しい身だから出張も多くて仕方がないのよ」なんて今までほのめかしてきたが、もう限界だ。この家庭は既に崩壊している。いわゆる修復不可能って奴だ。

 

志穂は思い出したかのように身体を起こすと、父の部屋へと向かった。電気を付ける。湿った空気がそこには充満していた。窓もカーテンもしばらく開けられた形跡はなかった。   

志穂は父の机の引き出しを開けて回った。やっぱり無い。通帳に印鑑にパスポート。それらがごぞって無くなっていた。大きなキャリーケースも勿論見当たらない。もうここに戻ってくる気は無いらしい。志穂は腹いせに引き出しの中身を全部ひっくり返していった。そんな事をしても父が戻ってくるわけがない。それでもこの苛立を抑えきれなかった。最後に父の姿を見たのはいつだっただろうか。もう顔さえもかすれてみえる。

やがて満足するまで父の部屋を荒らすと、志穂はこの現状をどう対処すべきか悩んだ。自分がこの家を出ようとしていたのに、父にそれを先越されてしまったのだ。志穂は携帯を開くと先程会った杉浦という男にメールを返した。もうあまり時間がなさそうだ。次に会う場所を決めると電気を消してドアを閉めた。







中間テストも終り、通常通りの朝が戻って来た。恵那はテストの結果が早々に返ってくるのが気が気でならない。せめてどの教科とも平均点は欲しいものだ。


「おはよう恵那、昨日のデートはどうだった?」

 

ばしっと背中を叩かれて振り向くと、そこにはショートカットの美雪が立っていた。


「あれ?美雪、今回はえらくばっさり切ったんだね」

 

美雪が「そう?」と言いながら髪を撫でる。もしかしたら美雪のショートカット姿は初めて見るかもしれない。


「気分転換したくてさ、おもいっきってショートカットにしてもらっちゃった!」

 

あははと美雪が笑う。


「で、デートはどうだったのよ!」

 

美雪が迫って聞くものだから、恵那は思わず後ろに下がった。


「どうって……まぁ楽しかったよ。買い物もいっぱい出来たし」


「答えはでたの?」


「……たぶん」

 

そう告げた瞬間、美雪の顔が真剣になったのを恵那は見逃さなかった。


「私、河村と一緒にいたい。一緒にいると、すごく楽しいって……昨日は思ったの」


「そっか……よかった。何だか上手くいってそうで」


「美雪は私と河村をくっつけたいの?」


「うん。だって二人の事応援してるから、あたし」

 

そういってガッツポーズを見せる。それが美雪の精一杯に見えたのは気のせいだと思いたい。


「ありがとう。何か恥ずかしいけど」

 

それから美雪の質問攻めにあいながらも学校へ向かった。



 

担任の先生が教室に入って来るなり、次々とテスト用紙を返却しだした。


「もうすぐ指定校推薦の発表もあるからな。この結果を見て、ますます頑張らないといけない奴は気合入れろよ」

 

テスト返却と共に、生徒たちの悲痛な声が響きわたる。確かに今回のテスト結果は今後の進路に関係してくる事もあり、皆必死だ。

恵那もドキドキしながらテスト用紙を受け取る。皆どれも平均点位だった。


「河村―、河村は欠席かぁ」

 

先生が教室全体を見渡したが応答は無かった。河村が遅刻っていうのも珍しい。恵那は心の中で河村を待っていたが、この日とうとう教室に姿を現す事はなかった。


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