A-15「デートにて」
中間テスト最終日。今日は午後から河村とのデートが待ち受けていた。デートと言えば聞こえがいいかもしれないが、河村は単なる付き添いでしかならない。恵那は今日着て行く服を一通りチェックしてから家を出た。
「おはよう」
「おはよ。デートの準備はしてきた?」
「だからデートとかそんないい事じゃないってば!」
美雪にからかわれながらも恵那は学校へ向かった。まずはテストがあるんだ。後二時間は頑張る必要がある。恵那が鞄から教科書を取り出してぱらぱらとめくっていると、前の席に鞄が置かれた。
「おはよ、今から勉強か?」
河村が座りながら話しかけてきた。
「昨日も勉強したよ、一応」
河村と目を合わせるのが恥ずかしかったので、恵那は教科書に目線を落とした。
「せっかくだからお昼も向こうで食べようぜ。先に言っとくけど割り勘でな」
「はいはい。じゃあ帰ったらすぐ駅に向かえばいいの?」
「ああ、改札前で待っててくれ。なるべく早く俺も行くから」
そういうと河村は自分も教科書を広げてぱらぱらとめくり始めた。何よ、自分だって今から勉強してるじゃない。変な奴。
テスト全教科が終了し、担任の先生が「来週から通常通り授業を行うので、より一層身を引きしめるように」と注意を促した後、解散となった。河村は恵那に「じゃあ」とだけ言うと、さっさと帰ってしまった。自分も早く帰って着替えないと。河村の方が駅からの距離を含めても、恵那の家より断然近い。きっと先に行って待ってくれるつもりなのだろう。
「恵那ー早く早く!」
廊下で美雪が急かすようにこっちへ手招きしている。恵那は鞄を持って立ち上がると、駆け足で美雪の所に向かった。
「何、美雪もこの後用事があるの?」
「前に美容院行くって行ったでしょ。一時からの予約しか取れなかったから急いで帰るの!」
見ると時計はもう十一時を過ぎている。たしか以前に美雪が、美容院は隣りの市まで出掛けると言っていたのを思い出した。確かに時間はあまりなさそうだ。
「だからって、私までそんなに急かさないでよ」
「いいじゃない、恵那も急いでるんでしょ?」
「うるさいっ!」
ばたばたと二人、階段を駆け下りる音が響いた。
学校から家まで十五分、準備で二十分、家から駅まで十分で計四十五分。河村はもう着ているだろう。恵那は駆け足で階段を上がった。
「お、来たな」
河村がジーパンにパーカーとカジュアルな格好で恵那を出迎える。
「ごめん、待ったかな」
「いや、俺も今来たところだよ。……ふーん」
河村が恵那の格好を一通り見るなりそう言った。
「なっ何?この格好可笑しかった?」
服が乱れてはいないかと慌てて再確認する。
「いや、何だか大人っぽいなと思って」
「えっ、お、お姉ちゃんからちょっと借りた所もあるから」
「馬子にも衣装ってやつだな」
「ちょっと!褒めてないわよ」
河村に鞄を一発食らわした後、二人は電車に乗って画材屋のある街へと向かった。電車に乗って十五分くらいだろうか。ホームに降りると河村が言った。
「まずは何か腹ごしらえしようぜ。せっかくテストも終わったことだしな」
「そうだね。あたしスパゲッティがいいな」
「高い!ハンバーガーでいいだろ中学生は」
「えー!ここまで来てハンバーガーなの?」
「じゃあ帰りにスパゲッティを食べればいいだろ」
「え……わ、わかった」
どうやら河村は夕食まで一緒にいてくれるらしい。そんなに長居するつもりはなかったのだが、あえてそれは言わない事にした。
「この服可愛い!今セール中だって!」
ハンバーガーという安いファーストフードを食べ終えた二人は、駅ビルの中にある服屋を点々としていた。
「おい神崎、画材はどうした画材は!」
「えーだってせっかくここまで来たんだし……」
ちらちらと神崎は服と自分を交互に見る。まぁ自分は単なる付き添いだ。あれこれ指図する立場じゃないが、さすがに七件目に突入ともなると気がめいった。女ってのはどうしてこうも買物が長い生き物なのだろう。ストレスを発散させる作用もあると言うが、これは夏休みの自由研究にでも出来そうなレベルだ。
「ねぇねぇ、この服どうかな?値段の割に可愛いと思うんだけど」
神崎が自分の胸に服をあてがって尋ねる。男の俺に聞くなよ、全く。だいたいこの店にいるのも恥ずかしいのだが。
「いいんじゃないか。似合ってると思うよ」
とは思っても流石に口には出せない。
「本当?じゃあこれ買ってくるね」
「…………」
心なしか自分の妹達より疲れる気がする。遊び相手にはなれても、付き添い相手にはなれないなと河村は確信した。
「ごめんごめんおまたせ。充分ショッピングも楽しんだし、絵の具買いに行こう!」
やっとか。女の付き添いも楽じゃないな。河村はため息をつくと、もう紙袋を四つも提げている自分に気がついた。