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B-2「視聴覚室にて」

「……呼び出し人はお前か?」

 

河村は紙切れを持って、指定された教室の入り口に立っていた。この紙切れは今朝、下駄箱に入っていたものだ。というか貼り付けてあった。


『放課後、視聴覚室で待つ』


最初は告白の呼び出しかと思ったが、この走り書きを見る限りそうではなさそうだった。大体ラブレターとか今時下駄箱に忍ばせる者がいるかどうか……って今はそれが問題ではない。とにかく身に覚えのない事に呼び出されたのだった。


「そうよ。恵那の事で河村に釘刺しとこうと思って」

 

カーテンにもたれかかる様にして彼女は立っていた。河村は入り口のドアを静かに閉めると彼女に数歩近寄った。確かあいつは神崎の友達で、陸上部で走ってた女だ。名前まではででてこなかったが、前に神崎と一緒に登校していたのを見かけた。

……いや待てよ、以前こいつに話しかけた覚えがある。


「神崎の事でか?」


「うん。恵那が作品制作してるの知ってるでしょ?」


「ああ、知ってるよ。……その前に俺はあんたの名前も知らないんだが」


「……そっか、あたしは水島美雪。恵那の友達だよ」


「そのお友達が俺に何か?」


「恵那にあまりちょっかい出さないで欲しいのよ。一人にさせてあげてって事」


「……そんな事言うためにわざわざ呼び出したのか」

 

河村は拍子抜けした。呼び出しておいた割には大した用件じゃない。でもそれを言い終わるなり水島は怒り出した。


「そんな事って言うけどねぇ、恵那が迷惑してるのがわからないの?恵那がはっきり言えないだけなのよ!」

 

そうだ。まともに水遣りをしていなかった園芸委員会の奴だ。


「本人がそう言ってたのか?」


「そうよ。昨日聞いたもの。いつから知ってたのよ、恵那の制作活動」


「いつからって……たぶん最初からだな。俺も協力してたのもあるし」

 

神埼が迷惑?確かにからかっている所もあったかもしれない。だが出来る限りの協力だってしていたはずだ。ズボンも汚されたしな。


「協力……してたの?」

 

水島が驚いた様子で河村を見つめた。何だよこの女。思い込み過ぎなだけじゃないのか。


「あのさぁ、あんたが神崎から俺の事どう聞いたのか知らないが、俺とあんたはたぶん同じ気持ちだ。俺も神崎の作品が見たいだけなんだよ」

 

どうせ神崎が自分の事を大袈裟に話していたに違いない。それを聞いてこいつは自分が何とかしようと呼びつけたのか。


「ごめんなさいあたし……河村が恵那の邪魔ばっかりしてたのかと勝手に思い込んじゃって」

 

困惑した表情で水島は口元を手で隠す。さっきまでの威勢の良さは何処かにいってしまったらしい。


「まぁ、確かに神崎の邪魔もしたことあるけどな」


「そう……」


水嶋が寂しそうに呟く。


「協力も……してたんだね。恵那の制作活動はいつからなの?」


「たぶん夏休みが終わった直後くらいだな」

 

そう告げると、水嶋は羨ましそうな目で河村を見つめた。


「あたしは昨日まで知らなかった。知らされていなかった。なのにあんたはそんな前から知っていたなんて……」


少し長めの前髪を掻き分ける。水島の気持ちもわからないでもない。一番に知る権利がある水嶋を差し置いて、自分先に知ってしまったからだ。しかも昨日まで知らされずにいたんだ。頼られて無いとでも感じたのだろう。


「俺もたまたま知っただけだ。たぶんあいつ一人でも今頃制作活動してたと思うぜ」


「そうね……ごめん、河村。怒鳴ったりしちゃって」


「いいさ。誤解が解けたならそれで」


「……花の水遣りの時もごめんね、ありがとう」

 

河村は横目で水島を見た。さすがに覚えていたか。今更な感じもするが、まぁいいや。案外友達想いのいい奴だな。


「今更だが一応受け取っておくよ」


「あはは、ありがとう」


「これから協力してやればいいじゃないか、神崎に。まだまだ時間かかりそうだしな。俺もからかうのはほどほどにしておくから」


「…………」

 

水島は急に深刻そうな顔をすると、教卓の上に置いた自分の鞄を取った。


「あのさ……あんたを呼び出した理由、もう一つあるんだ」


「もう一つ?」


「…………」

 

河村に背を向けて立つ。鞄を持つ手が微かに震えているのがわかった。


「…………しを」


「……え?」

 

水嶋が覚悟して振り向いた。


「あ、あたしをふって欲しいの!」

 

真っ赤な顔で河村に怒鳴りつけた。河村は一瞬理解に困ったが、「ふる」とは俗に言う失恋の事だろうか。


「ふるって……お前まさか俺の事――」


「そうよ!だからふって欲しいのよ!あんたは恵那の事好きなんでしょ!だからあたしはあんたを好きになっちゃいけないんだ!あたしは恵那が大好きだからっ!」

 

赤くなった頬に一筋の涙がつたる。水嶋はそれに気がついて制服の袖で拭うと、再び河村に背中を向けた。


「河村……まさかこの後に及んで恵那の事、好きじゃないなんて言わせないわよ。それじゃこんな事してるあたしが馬鹿みたいじゃない!」


「…………」

 

神崎の事をどう思っているのか。確かにほっておけない、気になる存在になっていたのは明らかだった。これを「好き」と呼べるのなら、河村はとっくの昔に神崎恵那が好きだったって事になる。


「……ああ、好きだな。俺、昔からあいつの事見てきたしな」


「…………」

 

背中が震えている。泣くのを堪えているせいだとすぐにわかった。


「……わかった。ふってくれてありがとう」

 

微かに聞こえる声でそう言うと、水嶋は河村から逃げるように教室を出て行った。陸上部で鍛え上げられた足で瞬く間に階段を下りていく。足音はすぐに聞こえなくなり、河村は一人視聴覚室で置き去りになった。


「これで……よかったんだよなぁ」

 

河村は自分自身の気持ちに確認するように胸に手をあてた。



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