私の家でやりたい放題していた義姉が自爆して姿を消しました
庭園には暖かい陽光が差し込んでくる。テラスに座る私の膝元で、白い子型犬が心地よさそうに伸びている。アルジャンという名前だ。
彼の頭を撫でながら、私が通っている王立学園で起きた事件のことを思い出していた。
学園にはノエル様という公爵家出身の友達がいるのだが、彼女は半年前からあるトラブルに巻き込まれていた。
ベティという男爵令嬢にずっと付きまとわれていたのだ。
ベティは拒絶されてもすり寄り続け、いかに自分とノエル様は仲が良いかと喧伝して回るという厄介さだった。
しかも彼女はノエル様の婚約者であるアーヴァイン王子にさえまとわりついていた。
そのベティだが、ある日突然消息を絶った。
攫われたのだ。
私を含めノエル様の友人は皆、口には出さないけれど王子に制裁を受けたのだと気付いていた。
私はそのことに対して二つの感情を抱いた。
一つは「これでようやくノエル様に平穏が戻る」という友人としての安堵。けれど一方で「嫉妬」もしていた。
アーヴァイン王子を狙っているとか、そういう意味ではない。
私が嫉妬したのは、いざという時頼りになる婚約者(王子)を持つノエル様に対してだ。その実行力と強かさで守ってくれる存在が羨ましかった。
彼女の巻き込まれたいざこざは、決して他人事ではない。というより現在進行形で、私も被害に遭っている。
だって、我が家にも……。
「カーラ様、こんにちはぁ」
門の方から甲高い声がした。思わず身体が硬直してしまう。ブラッシングの手が止まったため、犬が不思議そうに私を見つめている。
ああ、最悪だ。よりによって今日、このタイミングで彼女に鉢合わせしてしまうなんて……。
「カーラ様ぁ!」
再び私の名を呼ぶ。ため息を付きつつ声の方を見ると、ひょこひょこ小走りに向かって来る女性が居る。
髪は艶やかなハーフツインで両サイドをリボンで留めている。ドレスはピンクを基調に、これでもかというほどフリルをあしらっていた。
その様相だけ見れば、結婚して三年経つ、20を半ばも過ぎた夫人とは到底思えない。
この人が家に闖入してきた変質者だったらどんなに良かったか、と思う。
誠に遺憾ながら彼女は私の義姉。二番目の兄の妻なのである。名をパンジーという。
***
私の二番目の兄、モーガンは優しい人だ。小さい頃の私にとっては良い兄だったけれど、今はその優しさを歯がゆく感じる。
モーガンは我がダウズウェル侯爵家を出て、跡継ぎのいない叔父の家の養子となった。叔父は高齢であり、今はモーガンに男爵位を譲り渡して叔母と隠居している。
当初、モーガンは少ない領地ながらも、叔父の助言に従いうまく領地経営していたようだ。
変化が訪れたのは四年目、件のパンジーさんと恋愛結婚してからだ。
パンジーさんはグレイプ男爵家の次女で、モーガンとは家格も釣り合っていた。そのためうちの両親も叔父も結婚を止めなかった。
モーガンの好きになった女性ならば問題無いだろうと誰もが楽観していたのだ。この時は。
パンジーさんは結婚してから度々我がダウズウェル侯爵家を訪れるようになった。何をしに来ていたかって?
金の無心である。
彼女は我が屋敷を訪れる度に「最近、領地の経営が上手くいっていなくて……」とか「今年は不作でして……」と言ってお金をせびってくる。
しかし要求する割に彼女の身に着けるドレスやネックレスは高級感でギラギラしていた。
私の両親はどちらかというと甘い。最初は彼女の要求に応じていたけれど、流石に無心の回数が多すぎるのでモーガンに手紙で報告した。
どうやら彼は何も知らなかったようだ。
直ぐに直接駆けつけて来て「僕の方からよく言って聞かせます」と頭を下げた。
慌てて謝る兄の頭を見て「これでもう、あの変な人と顔を合わせなくて良くなるのね」と呑気に思っていた。
しかし彼女はこんなところで収まる女ではなかったのである。
***
「そのワンちゃん、可愛いですね!」
パンジーさんは私の横に座りながら言う。はちみつの入った壺をを直に嗅いでいるかのような、濃い香水の匂いがした。
前に何度もアルジャンの名前は伝えたのだが、一向に覚える気配は無い。彼女の中でアルジャンは半永久的にワンちゃんである。
「そういえば、表に一台馬車が止まっていましたね」
パンジーさんの言葉にギクリとする。
くっ、今日この人が来ると分かっていれば、事前に馬車を準備なんてしなかったのに……!
「カーラ様、どこかにお出かけするのですかぁ?」
パンジーさんは私の顔を見たまま、更にずいっと寄って来る。
「いや、それは、まぁ……」
「どこに行くのですか??」
ずいずいっ。
完全に肩が密着してしまっている。間近になったパンジーさんの笑顔は逆光になっていて、暗くよどんで迫力がある。僅かな目じりのシワまではっきり見えた。
何なんだろう、この気味の悪い圧力の強さ。貴族夫人にさせておくには勿体ない。魔界で就職活動したら何か所かから顔採用されそうだ。
「……少し、ドレスとかアクセサリーを見に行こうかと……」
私は圧力に屈した。くっ、殺せ。
「じゃあ私も連れて行ってください!」
パンジーさんは待ってましたとばかりに甲高い声を出す。
「ええ……」
「あっ、でも私、今日お金を持ってきていなかったわ。カーラ様、今日だけ! 今日だけお貸し下さいね」
私の返事を待たずに馬車の方へ駆けていく。
今日も断ることが出来なかった。私はがっくり肩を落とした。
***
そう、金の無心を止めたと思ったら、今度は「たかり」を始めたのである。
毎回ではないけれど、私や母のショッピングに同行しては「これが欲しいですぅ」と私たちに強請る。
私たちにも悪い面はある。
買い物中に多くの目がある中、私や母は家の醜態を晒したくないため、つい彼女の分も払ってしまうのだ。
母も、彼女の血を引いた私も気が弱い。ここぞというところでビシッと言うことが出来ない。
こういう時、多少強硬な手段を取ってでも成敗してくれるアーヴァイン王子のような人が居ればなあ、と思わずにいられないのだった。
パンジーさんの「蛮行」はこれだけではない
どうやら彼女はウチで物を盗んでいるようなのだ。
私が普段使っているカチューシャが、いつの間にか無くなった。その時は不注意でどこかに置き忘れたのだろうと思っていた。
しかし祖父から送られた大切なブローチや、庭で大事に育てていた花まで無くなると、流石に疑いの目を向けざるを得なくなる。
どう考えても怪しいのはパンジーさんだ。紛失は全て彼女の来た日に起こっていたのだから。
この件に関して彼女には問いただした。しかし「酷いです。私を疑うなんて……」と涙ぐみ、認める気配が全く無い。
埒が明かないので再び彼女の夫であるモーガンに報告をした。以前のように一旦はこれで収まるだろうと考えた。
ところがモーガン、今度は妻の肩を持った。
彼もパンジーさんを問いただしたのだが、「違います。でも、疑われる私が悪いのですわ。もう二度と疑われるよなことはしません!」と泣いて自分の正当性を訴えたのだという。
モーガンはそんな安っぽい泣き落としを信じた。残念なことに二人の夫婦仲は非常に良好だったのだ。
パンジーさんは図々しく手癖の悪い一方で、非常に面倒見の良い一面もある。以前、たまたま侯爵家に遊びに来ていた親戚の子の面倒を見てくれたことがあるのだが、本職の乳母かと思う程に子守り上手だった。
パンジーさんには弟妹合わせて5人おり、小さい頃から貴族としては貧しかったせいか、ずっと弟妹の世話をしていたのだという。
そういった彼女の優しさにモーガンはべた惚れしてしまっていた。
そして盗みの件に関して私たちも、モーガンも強く言えない最も大きな要因がある。
彼女が妊娠していることだった。
何かあって大事な跡継ぎが居なくなってしまったら、そっちの方がよっぽど大惨事である。
結局注意をしてから盗み癖が落ち着いたので、この件はなぁなぁになってしまった。
私の鬱憤は溜まる一方だった。明らかに盗みを働いているパンジーさんには何の制裁もない上、彼女は継続的にたかりをしてくる。
***
「ということがありまして……」
王立学園の昼休憩中、私はパンジーさんのことをノエル様に愚痴っていた。
この話を他人にするのは初めてだった。身内にヤバめの人がいることを知られたくなかったのだ。
聞いていたノエル様は深刻そうに眉をひそめる。
「カーラ様、大変でしたね」
彼女も同様の被害を受けていただけに、共感してくれたようだ。話して良かった。少しは心の荷が下りたように感じられた。
「二人で対策を考えましょう。私、アーヴァイン様にも知恵を借りて……」
「お嬢様方、何だか面白そうな話をしていますね」
直ぐ後ろの方から声がした。驚いて振り返ると、一人の男子生徒が立っている。朝焼け前のような紺色の髪に、夜のように漆黒の瞳が印象的だ。
いたずらっぽい笑みを浮かべている彼を、私は見知っていた。
「ルカ……もしかして今の話聞いていた?」
恐らく私の顔は極限まで引きつっていることだろう。最悪だ。ノエル様しかいないと思って油断していた。
彼はルカ・スターヒルという侯爵令息だ。爵位が同じで領地も近かったため、幼い頃からの顔なじみでもある。
この学園で彼は魔術科に通っているため滅多に顔を合わせることは無かった。けれど久しぶりに見た彼の顔は3割増しで大人びているようだった。
ルカは一度、公爵令嬢であるノエル様に恭しく礼をした。そして私に向き直る。
「そのパンジーとかいうお姉さん、僕に任せてくれないか?」
彼の黒い瞳には隠し切れない好奇心が浮かんで見えていた。
***
あくる日、私は言われるがままにパンジーとルカを会わせた。
ティーテラスにて私とパンジーが向かい合い、ルカが間に座るという形になった。そして、彼の後ろには何だか厳ついおじさんが立っている。最初は侍従かと思ったのだが、ルカに対して敬語を使わないし、受け答えも塩対応過ぎる。
「へぇ、ルカ様というのですか、とっても良いお名前ですねぇ」
ルカから自己紹介を受けたパンジーさんは媚びた声を出した。彼を見る視線も何だか熱い。それで良いのか、既婚者。
「パンジー様、今からあなたに自白魔法をかけさせてもらいます」
ルカは唐突に宣言した。
「自白魔法?」
パンジーさんはアヒル口を作り、首を傾げる。
「言葉通り、真実を自白してしまう魔法ですよ」
その魔法は聞いたことがある。犯罪の捜査などに使われる、中々便利な魔法だ。けれど術者にとって都合の良いことを喋らせる危険があることから、特殊な資格を持つ人間しか使うことが許されていない。
そして自白魔法の使用には必ず監査員が立ち会わねばならない。なるほど、恐らく後ろの厳ついおじさんは、ルカが不正をしないか監視する役割を担っているのだ。
「さて、では始めましょう」
ルカが詠唱を始めた瞬間、パンジーさんの表情が曇った。自分が何を自白させられるか気付いたのだろう。
「わ、私そろそろ帰らないと……あ、あれ? 立てない」
パンジーさんは立ち上がろうとしたようだが、体をよじるだけの形となっていた。恐らくルカが体を拘束する魔法も使っていたのだ。
小さい頃からいたずら好きだった彼は、こういうことに関して異様に頭が回る。
「パンジー様、ではお聞きします。カーラの大切にしていたブローチを取ったのはあなたですか?」
「はい、そうです」
ちゅるりと認めよった。自白魔法、恐ろしい子。
パンジーさんの顔に動揺が色濃く浮かび、厚塗りの化粧が汗で崩れかかっている。
何とか取り繕おうと首を激しく振り、叫ぶ。
「違わないんです! 違わないんです! 本当に私がブローチを盗んだんです! 出来心ではなく計画的に盗んでああああああああああああああ」
パンジーさんはわけの分からない声をあげている。
「他にも盗ったものがありますよね」
ルカは尚も笑顔で聞く。
「そんなもの、あるに決まっているじゃないですか! 盗って、盗って、盗りまくってまいりました!」
そんな決意の元盗みを働いてたの!?
「ちっくしょー!!! 何で本当のこと言っちゃうのよおおおおおおおおおお!!! 私はただこの家から搾取し続けたかっただけなのにっ、てあああああああ!!! 違わないのおおおおおお!!!」
パンジーさんは髪をかきむしりながら叫んでいた。そんな彼女に対してルカは冷めた笑顔でこう言った。
「ということで、全て洗いざらい吐いてもらいますね、お姉さん」
***
こうしてパンジーが私の物を始め、屋敷中の物を盗っていたことが明らかになった。その後も出るわ出るわ、出血大サービスなのかと思う程の悪行の数々が。
こんな人間が我が屋敷に出入りしていたのかと思うと、遅ればせながら寒気がする。
隠し場所や売却先までしっかり自白なさったので、事実であることは直ぐに確かめられた。
しかし彼女は特大の爆弾を抱えていた。それは自白させていたルカも予想外の告白だった。
最後のトドメに等しい、ある事実。
何と、彼女が妊娠している子は、夫、モーガンの子供ではなかったのだ。
これには後で事実を知った家族全員がびっくりした。
モーガンはびっくりしすぎて後ろにひっくり返り、三回転していた。
パンジーには数多の問題があれど、てっきり二人は愛し合っているものとばかり思っていたからだ。実際愛はあったようだが、彼女は男一人では満足できなかったらしい。
そんなことまで赤裸々に語られたのだから、私もルカも、そして後ろで聞いていた厳ついおじさんも硬直してしまった。
結局パンジーは離婚され、実家に戻されることになった。浮気相手にもきっちり慰謝料が請求された。
彼女は明らかな窃盗を犯していたのだが、身重であることを考慮され、投獄は一旦保留にされた。
しかし子供が生まれたらしっかり罪は償わされる。もう貴族として生きていくことは出来ないだろう。
そして一連の騒動の後、彼女の「元」夫であるモーガンは侯爵家にやって来た。
「これまでうちの妻が迷惑をかけて、いや、僕たち夫婦が迷惑をかけて、本当に申し訳ありませんでした」
とパンジーに関して何度目かの謝罪をしてきた。間違いなくこれが最後だろう。
彼は「僕はもう二度と結婚しない」と言って実家を去っていた。だいぶやつれていた。
そして私は今、ルカの実家であるスターヒル侯爵家に向かっている。
お茶会に呼ばれたのだ。あれから私たちは子供の時以来に話をするようになり、茶会に招かれるまでになった。
子供の頃はいたずら好きなだけの男の子だと思っていたけれど、知的でユーモアがあり、時々見せる真剣な眼差しにはクラっとしそうになる。
結局、侯爵家から散々搾取を続けてきたパンジーは全てを失い、逆に私は色々と盗られたけれど、それらは全て返却されてきて、尚且つ良き出会いまでもらえた。
何がどう転ぶか、人生分からないものだ。
馬車の中、アルジャンの頭を撫でながらそう思うのだった。
おわり




