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第三皇子が公開プロポーズをしているので、今日も飯がうまい

作者: 小津 小酒
掲載日:2026/06/06

「リリィ・コール。僕と結婚してくれないか」


 昼休みの教室にざわめきが走った。


 王都の魔導士養成学校、二年A組の教室の中央で、青年は胸に手を当てて言った。

 太陽の光を紡いだような金色の髪に深い青色の瞳がコントラストを作る、美しい青年だ。


 彼の名はルーカス・レーダック。

 レーダック国の第三皇子だ。


 対するリリィ・コールは同級生の少女。

 チョコレート色の巻き毛を腰まで垂らした素朴な少女で、榛色の丸い目と低い背丈が小動物のようだ。


「馬鹿にしてる?」


 リリィの短く太い眉がみるみるうちに吊り上がる。


「結婚ですって? 私と、あなたが? 馬鹿にしているわよね?」


 ロバートは教室の隅から中央の二人を眺めていたが、やがて食べかけの林檎を床に放り出すと、机をガタガタと移動させた。

 騎士の家庭の出身で体格が良く、常に無表情の青年である。


 教室後方の見通しが良い場所に机を設置し、彼は鞄からメガホンを取り出すと、淡々とした声で語りだす。


『こちら実況のロバート、実況のロバートです。本日も始まりました、昼休みの痴話げんか。解説のガビさんどうぞ』

『こちらガビ、解説のガビです。灰色の学校生活の潤い、究極のエンターテイメント。他人の痴話げんかでございます』


 長い黒髪に分厚い眼鏡を付けた、ひょろりとした体型の女子生徒が「実況」と書かれた木札をロバートの前に置き、自分の前に「解説」と木札を立てた。


『しかし急展開ですね。まさか第三皇子のルーカス殿下が平民のリリィにプロポーズするなんて。解説のガビさん、どう思います?』

『この屈折した貴族社会において極めて悪手と思えますが、まさかルーカス殿下がそれを知らないとも思えません。これは絡め手。暗黒の貴族社会を乗りこなす絡め手と見るのが妥当でしょう』


「私はあんたのことなんて大嫌いよ。あんたが一番知っているでしょうに。何を考えているの?」


 リリィはこめかみに青筋を立てながら、口角を引きつらせて笑った。

 ルーカスはそっと目を伏せた。


「もしかしたら、ちょっと嫌われているのかもしれないと思っていたが」

「『ちょっと』? 『ちょっと』ですって? 脳みそ腐ってんの?」

「でも、この二年で僕たちはお互いのことを知り合った。少しずつ歩み寄れば、きっと仲良くなれるのではないかと思うんだ」


 ルーカスは優しく目を細めた。


「君と幸せな家庭を築きたい。僕と結婚してほしい」

「端的に言うわ。お断りよ」


 リリィはスカートをたくし上げると、勢いよく前に向かって足を踏み込んだ。

 ロバートは声を張り上げる。


『赤コーナー、赤コーナー。怒りの炎をたぎらせるリリィ・コールです。田舎の花屋出身で、勉強の「べ」の字も知らない両親を説得するため、小さな学校で教師にかじりついて勉強し、同時に幼いころからコツコツ学費をためてきた、絵にかいたような苦労人。同時にこの名門魔導士学校に入学するという、絵に描いたようなサクセス・ストーリーの描き手でもあります。子供時代を三歳で終了させた我慢強いリリィにも、堪忍袋の紐が切れるものがある。ルーカスです! 第三皇子ルーカスの存在そのものです!』

『対する青コーナー、青コーナーはルーカス・レーダック殿下。レーダック国の第三皇子であり、上品で柔和な人物。何よりその溢れんばかりの善良さで、あらゆる怒りをひらりとかわし、ついでに相手の神経を逆なでる。ルーカス殿下にあらゆる精神攻撃は無効です。リリィが火なら、ルーカスは水。リリィが虎なら、ルーカスは竜。さあ、この勝負、一体どうなってしまうのか』

「はじまったぞ」

「痴話げんかだ」

「プロレスだ」


 学生たちが椅子を引く音が教室に音高く響き渡る。

 廊下の窓から物見高い学生たちが目をキラキラ輝かせて見物している。

 どこからか「えーえ、おせんにキャラメル」と観客向けに商売を始める生徒が現れ、教室の周辺一帯に甘い香りが漂い出した。


 リリィはリスのようにあどけなくかわいらしい顔をゆがめて、ルーカスに人差し指を突き立てる。


「はっきり言うわ。私は金持ちの男が嫌いよ」

『はっきり言った――!』

「国民の血税でご飯を食べている貴族のボンボン・ショコラと結婚する趣味はないわ。あと両親の権威にあぐらをかいて、いい気になっている苦労知らずのガキなんてお断り。そのキラキラピカピカした見た目が嫌。やたらといい素材で金がかかってそうなその服も嫌。私より若干成績がいいところも嫌」

『つらつら述べていく――!』

「これ以上ガタガタ抜かすと、民主主義運動を広めるわよ」

『民主主義者だ――!』

「……君の言いたいことはわかった」


 ルーカスは眉を下げて頷き、静かな口調で言った。


「君は僕に嫉妬しているんだね」

「は?」


 ルーカスはリリィに歩み寄ると、そっと顔を覗き込む。


「つまり、金持ちで、苦労知らずで、キラキラした見た目で、金がかかった服を着て、君より若干成績が良い僕が羨ましくて、だから認められない。そういう話だね?」

「……」

「リリィ、大丈夫だよ」


 ルーカスは首を傾げると、照れたように微笑んだ。


「君にもいいところがあることを、僕は知っている。だから自信をもって」


 リリィは目を見開き、眉を高く吊り上げた。

 素朴な顔じゅうに青筋が立つ。

 鼻の下にも青筋が立っている。


『出ました、ルーカス殿下の必殺技、無自覚の煽りです! ご観覧の皆様、驚くなかれ。ルーカス殿下は無自覚です!』


 ロバートが喜色ばんで声を張り上げた。隣でガビがほほ笑んで頷く。


『彼の善性は絶好調です。宮廷で臣下に囲まれて、蝶よ花よと育てられてきた殿下は、悪意から最も遠い人間だと言えましょう。下町で苦労を重ねて育ったリリィ、これに対抗できるのか』


「あっ、あんたみたいな……」


 リリィは顔を真っ赤に染めると、興奮のあまり涙目になって怒鳴る。


「あんたみたいなかぼちゃパンツが世界一似合う人間にここまで侮辱され、挙句の果てに求婚されるなんて――どれだけ私を惨めにすれば気が済むの!」

『プロポーズされて惨めになっています! 解説のガビさん、どうお考えですか?』

『世間一般的な常識に照らし合わせると、惨めになるのはプロポーズを断られた方です。ルーカス殿下の攻撃は、あまりにも巧みと言えましょう。まさに柔よく剛を制す』

「しかも公衆の面前でプロポーズとか最ッ悪! 最低限のモラルってものがないの!?」

『至極真っ当! 至極真っ当な意見です!』


 ルーカスは眉をきつく寄せて黙りこくり、リリィに数歩踏み出した。

 そして、リリィを上からふんわりと抱きしめる。


『ハグだ――――!』

「かわいそうに。君は、好意を素直に受け取ることができないんだね」


 ルーカスは優しい、よく通る声で言う。

 教室内の全員が黙りこくり、誰かが煎餅をポロリと落とした音だけが教室に響いた。

 甘やかな醤油の香りが、さらに状況を沈痛にしているようだった。


「大丈夫だよ、僕はリリィのそういう欠けたところに恋をしたんだ」


 ルーカスは右手でそっとリリィの顎を取る。

 リリィの怒りのあまり青ざめた顔が浮かんだ。


「僕が一生をかけて、君を守るよ」

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

「だははははははははは」

「ひぃっ、ひぃっ、お腹痛い」

『観客席は大爆笑! 解説のガビさん、観客席は大爆笑です!』

『いやはや、偉い人のスキャンダルほど楽しいものなんて、この世にありませんからね。リンゴを食べる口がすすむというものです』

『あっ、それ俺のリンゴ』


 リリィは青ざめたままプルプルと震えていたが、やがて口から声を絞り出した。


「あっ、あんたなんか……」


 その両手の甲に描かれた魔法陣が星のように青白く輝いた。

 次の瞬間、リリィの手は真っ赤に燃え滾った。


「あんたなんか大っ嫌いよ――!」


 リリィが両手を掲げると、両手の炎が爆発し、火の玉となってルーカスに襲い掛かる。


『乱闘です――! 乱闘でございます! 盛り上がってまいりました!』

『リリィが使用しているのは、本人の十八番の攻撃魔法ですね。一刻ほど放置すれば、教室は焼け野原になるでしょう』


 リリィの火の玉が一部流れ弾になって、最前席で観覧していた男子生徒の髪をかすめ、「あっつう!」と叫び声が響く。

 オーディエンスは身体を縮めて身を守る。


 ルーカスは走ってリリィから離れると、両手を前に突き上げた。

 手からは青い壁が現れ、炎の攻撃を防ぐ。


「リリィ、何か怒ってる?」

「馬鹿にしてッ、馬鹿にしてッ……」

「ああ、もしかして遊んでる? あはは、ここまで当ててごらーん」

「きいいいいいいい!」

『ルーカス殿下が展開している魔法、あれは一体なんですか?』

『防御魔法の一種です。あらゆる魔法攻撃を無効化します。この魔導士育成学校で使われたら、ひとたまりもないですね。素晴らしい』


 笑いながら魔法を展開していたルーカスだったが、勢いよく飛んできた三角定規の三十度の角が頭にさくっと突き刺さる。

 彼は「はうっ」と悲鳴を上げ、頭から噴水のように血を噴きだしながら、その場に膝をつく。


 振りかぶった体勢のリリィは高笑いを上げる。


「あはははは! 王族と言えど、血の色は赤いようだな、ルーカスぅ!」

『原始的! 魔術戦においてあまりにも原始的な攻撃です!』

『しかし、的確な戦法と言えましょう。さすが苦労を知る奨学生リリィ、対応が的確です』


「駄目ェ! 落ち着いて、リリィ!」


 廊下から栗色のおさげ髪の女子が飛び出してきて、リリィを羽交い絞めにする。


「殿下に怪我させるなんて! お願いだから謝って!」

『場外からの乱入だ――!』

『あれはリリィと同じ奨学生のニーナです。優しくて家庭的な雰囲気が人気。校内女子の「付き合いたい女子ランキング」でも二位を獲得しています』

『えっ、女子って女子の格付けランキングやってんの? ガビ、お前マジ?』


 ニーナはリリィの両肩を掴むと、涙目で怒鳴る。


「殿下が怒れば、私たちは終わりよ! 学校のみんなから後ろ指差されて嘲笑われ、寮には石を投げつけられ、実家には落書きされて人生詰むのよ! 最悪よ――!」

『世間体を気にしている――!』

『そういう心配性なところが彼女の魅力です。お母さんのような包容力がありますね』


「そんなことはない、ニーナ。君たちが不敬罪なら、ルーカスは全人類に不敬罪だ!」


 廊下から飛び出してきた若者がルーカスを羽交い絞めにしたので、教室内にざわめきが起こる。


『王太子殿下だ! 王太子殿下が来たぞ――!』

『ああ、優秀な王太子殿下が来てくれるなんて、わがクラスも鼻が高い……』


 大興奮のロバートがメガホンに向かって怒鳴り、ガビが目頭をハンカチで押さえる。


 十八歳の若き王太子殿下は艶やかな黒髪に、ルーカスそっくりの青い目を持った端正な男だ。

 きりっとした眉からは理性的でクールな印象を与える。


「聞いてくれ、ルーカス。僕の学年はお前のクラスの上にあり、僕は昼休みのたびに毎回お前の教室の前を通らなければならない」


 王太子は声を震わせた。


「来るたびにみんな『ルーカスがルーカスが』と騒いでいて、こっちを見てひそひそと『ルーカスの兄ちゃんだぞ』と囁き合い、くすくすと笑う。僕は――僕は――」


 俯いた艶やかな黒い前髪の向こうから、大粒の涙がほろほろと零れ落ちる。


「恥ずかしい――!」


 観客がわっとどよめく。


「兄ちゃん泣かせた――!」

「兄ちゃんを泣かせたぞ――!」

「ルーカス殿下、謝れよ!」


 騒がしい校舎に、耳をつんざくような予鈴が鳴り響いた。

 ロバートは父親にもらった宝物の銀時計を取り出して、舌打ちを打つ。


『しまった、あと五分で授業が始まる。先生が来るぞ』

『そうね。私たちは先生を尊敬する良い子の学生たち。先生には渾名なんてつけないし、授業の邪魔なんてもっての他だわ』


 ガビは鞄から大きな厚紙を取り出す。

 厚紙には毒々しい巨大な魔法陣が描かれている。

 ガビはナイフで親指の皮を小さく切ると、魔法陣の中心にこすりつけた。


 次の瞬間、教室内の生徒たちの前にステータス画面が現れる。

 左側に赤い「リリィ」と書かれたボタンがあり、右側に青い「ルーカス」と書かれたボタンがある。


『さあ、お待ちかねの「ざまあ投票」です! 皆様、どちらにざまあされて欲しいか、率直なご意見を入力してください!』

『これは歴史に名を残す「アンケート魔法」でございます。その場にいる人々全員に投票の権利が平等に付与されるという縛りによって、この魔法の効果は絶対です』


 観衆は目を合わせると、それぞれ入力していく。

 ロバートとガビの頭上に突如現れた画面に、赤と青の棒グラフが表示された。

 二本の棒はそれぞれぐんぐん伸びていくと、同じメモリで止まった。


『同票! 同票でございました――!』


 ロバートの頭上に金色の魔法陣が浮かび上がり、中央から赤い絹糸で織られたらしい艶やかな太い紐がするすると降りてくる。

 ロバートはくいっと紐をひっぱった。


 何もなかったはずの空間から、巨大な銀たらいが現れ、ものすごい速さで落ちてくる。

 真下にいたリリィとルーカスは頭で受け止める。


「カアン」と乾いた衝突音が響いた。

 二人は一瞬硬直すると、無言でばったりと倒れる。


『終了! これにて勝負は終了でございま――す!』

「こら、何をやっとる。授業を始めるぞ」


 戸口から老教師が現れ、メガネをくいっと上げた。


「すみません、先生」

「すぐに片づけますので」


 生徒たちは慌てて教室の中を片付けだした。


 ***


 教室の中央に横たわっていたリリィとルーカスは、放課後になって意識を取り戻した。


「痛い……こぶができちゃった」

「僕も……」


 リリィは立ち上がると、悔し気に吐き出した。


「もう、あんたのせいでまたクラスで恥をかいちゃったじゃない」

「え? 僕、何か変なことをしていたかな?」


 リリィは舌打ちを打つと、ルーカスに向かって人差し指を突き立てた。


「奨学生は勉強で汚名返上よ。今度の研究発表会では、私と組みましょう。だれよりも成果を出して、クラスのみんなをアッと言わせるの」

「いいよ、別に」

「よし、そうと決まれば作戦会議よ。いつものドーナツ屋でいい?」

「どこまでもついて行くよ」


 勢いづいて教室を出て行ったリリィとルーカスの背中を眺めながら、ロバートはそっとメガホンを机の上に置いた。


「お似合いなんだよな……」


 ガビも隣で頷く。


「観客が一番楽しい痴話げんかは、最後にくっつくやつだから」


 ガビはロバートのメガホンを取り上げると、そっと声を吹き入れた。


『キャラメルがすすむというものです』

「あっ、それ俺のキャラメル」

【おまけ ルーカス殿下の無差別爆撃】

いじめっ子「あのリリィって女、いい子ぶりっこして、貧乏人のくせに生意気じゃない?」

ルーカス殿下「なるほど、君たちはリリィ・コールが優秀だから、劣等感を感じているんだね」

いじめっ子「なっ……!」

ルーカス殿下「大丈夫だよ。例え能力が無くても、人間はいるだけで価値があるんだ」

ニーナ「リリィ、殿下を止めて! 大変なことになっちゃう!」

リリィ「行け! ピカ〇ュウ!」

ニーナ「リリィ――! 殿下はでんきタイプのポケ〇ンじゃない!」


お読みいただきありがとうございました!

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