第一話
穏やかな波に揺られる帆船。その左舷側で、巫女服に身を包み、腰に刃渡り三尺の打刀を差した妖狐族の女の子が、先端が白く染まった金色の尻尾をゆらゆらさせながら、船べりに寄りかかって寝息を立てていた。頭部に生えた狐耳が時折ぴくりと動いて波の音に反応しており、その右手は腰に差した刀の柄から離れていなかった。
「……んぅ」
港に着いたのだろう。接岸時の音と衝撃で目が覚めた女の子――ユウカは、顔を起こして頭を左右に数回振り、眠気を飛ばす。
「行かなきゃ」
料金を支払って船を降りた彼女は、懐から地図が描かれた小さな紙を取り出した。
「こっちかな?」
ユウカは、紙を頼りにおおよその見当を付けて歩き出す。
◇
港から歩き出して十分後、ユウカは目的地――〔冒険者ギルド サーレル支部〕に到着した。
「サーレル支部……と。うん、ここだね」
掲げられた看板に書かれた文字を確認したユウカは、ギルドに入った後、一直線に受付へと向かって登録の旨を伝えた。
「登録、出来ますか?」
「冒険者登録? 犯罪者以外誰でも出来るから安心してね。で……これが、登録用紙だー」
「はーい」
受付のお姉さんに登録用紙を渡されたユウカは、羽ペンですらすらと必要事項を記入していく。
「書けました」
「うん、問題ないね」
ユウカから登録用紙を受け取った受付のお姉さんが、その紙を受付横にある魔道具らしき水晶に翳すと、用紙はカードに変化した。
「そのカード、身分証明になるから紛失に気を付けてね。もし失くしたら再発行に色々な手続きが必要だし、お金も掛かるから肌身離さず持っててね」
「お金は幾ら掛かりますか?」
「2700cだね。まあ失くさないに越した事はないから、しっかり管理するんだよ」
お姉さんの忠告を聞き入れたユウカは、カードを懐に収納すると、改めてお礼を口にした。その後、ギルド内にある訓練場で基本的な戦闘術を学んだり、魔物についての講義を受けたりした。
その後、簡易宿泊施設になっているギルドの二階で各種武器の手入れをし、ベッドで船旅の疲れを癒した翌日の朝、彼女は依頼ボードの前に立っていた。
ボードには失せ物探しから討伐任務まで様々な依頼書が貼り付けられており、ユウカはその中から自分でもできそうな物を探していた。
「んー……」
来たばかりで土地勘の無い状態とはいえ、頼れるものは己の腕っぷししか無く、薬草採取の依頼で毒草でも納入したら大惨事である。
「これしか無いかぁ」
仕方ないと言わんばかりに盗賊団の討伐依頼を受付に持っていくのであった。
◇
「……初任務が盗賊団の討伐はキミが初めてだよ」
「そうなんですか?」
「少なくとも、私は見たことないなぁ。ま、団の規模も小さめだしきちんと立ち回れば大丈夫でしょ」
お姉さんは軽く雑談をしながら、依頼の処理を進めていく。
「死体にカードをかざして青く光ればいいからね」
依頼書の下段左側の欄に赤いスタンプを押して、受付の後ろ側にあるコルクボードにピン留めされた。
「これで依頼の受理が出来たから、討伐に向かって大丈夫だよ」
「ありがとうございます。いってきますね」
「いってらっしゃい」
お姉さんに見送られてギルドを後にしたユウカは、市場で水と食料を買い込むとその足で山中の砦に向かうのであった。
◇
砦と聞いてはいたが、こうしてすぐ傍にそそり立つ様を見ると、砦というより城ではないかとユウカには思えた。
人々の往来を妨げる目的ならば、彼女の背丈の倍ほどの高さで問題無く、ユウカもそんな壁しか見たことはなかった。
だが、この砦を守る壁たるや、山中に築いたものとはとても思えぬ高さがあり、彼女の知る建築物でここまでの威容が必要なものは、都市サーレルの城壁か故郷の城くらいのものであった。
だが、如何に立派な城壁とて肝心要の門が開きっぱなしでは、何の意味もなかった。
(人が使う以上、仕方のない問題なのかな?)
ユウカは、物陰からゆっくりとその姿を現した。
「こんにちは、盗賊さん」
砦入口で立ち番をしていた二人の盗賊は、突然道端から現れた驚くほどの美少女に目を丸くしていた。
「お……おう、こんにち、は?」
「おめえさんは、一体……」
訝しげな顔をする男二人の前でユウカは、にこりと笑うや否や腰の刀を抜き放ち、袈裟懸けで男達を斬り伏せた。
男二人が倒れる音は、それほど大きなものではなかったのだが、それに気がついた門の内にいた男がひょいと顔を出してきた。
「どうした?お前た」
無防備に出てきたツラへ突きを叩き込んで絶命させると、開け放たれていた門へと滑り込み、閲兵式が出来るほど広い中庭へ出る。
そこにいたのは盗賊達であった。
見たところ、三十人ほどがこの中庭で思い思いに過ごしていたようだが、ユウカの乱入と、彼女の手にした血刀を見て即座に戦士の顔へと変わっていった。
「殴り込みだぁ!皆、斬っちまえ!」
猛然と突っ込んできた男をすれ違いざまに斬り伏せると、すぐさま次なる敵が襲い掛かる。
横薙ぎの斬撃に対し、女は咄嗟に剣を構えようとするが、速度差からまともに受けられず、上半身と下半身に別れて千切れ飛ぶ。
その勢いのまま、逆側から迫る男の胴を横一文字に斬り開くと、槍を持った三人が突っ込んできたが、
「我ら三兄弟の槍を受けy」
一人目は突き出した槍を避けられて、逆に突きを叩き込まれ、
「兄貴!?そんn」
二人目は動揺した隙を突かれて首を蹴り折られ、
「嘘だろ!?兄j」
三人目は眉間に短刀を投げこまれて絶命した。
「三兄弟があっさりやられた!?勝負にならねーよ!」
ユウカは祖父の教えに従い、乱戦の最中にある時は、必ず周囲の状況を確認するようにしていた。
そう出来るように鍛錬を積み重ねてきたのだが、目の前の男の頭に矢が刺さるのを見た。
(まあ出るよね、弓矢。私の知ってる形とは違うけど、矢は矢だから警戒しないと)
火縄銃の斉射よりは遥かにマシだ、と自分に言い聞かせながら、ユウカは身を翻す。
降り注ぐ大量の矢を躱し、時に刀で弾きつつ途中で案山子のように突っ立っていた二人を斬り伏せ、中庭を突っ切って奥の建物へと走り、扉を蹴り開けて飛び込んだ。
ロビーに当たる場所のようだが、それほど広くはなく、左右に長く廊下が伸びており、正面にも通路が続いている。
待ち伏せは無く、慌てふためく男達が三人いた。
一人目は、剣を抜く前に袈裟懸けに斬り、
二人目は、剣を抜ききる前に頭から股まで斬り通し、
三人目は、焦りで剣を取り落としたところで首を刎ねられた。
「何人斬ったっけ」
ひい、ふう、みいと斬った数を数えていると、階段から十人近くが押し寄せるようにして駆け下りてくるのが聞こえてきた。
「よくも、俺達の仲間を!」
「斬れ斬れ斬れ!斬っちまえ!」
「普段、何の罪も無い人達を襲ってるのに、自分達が襲われたら被害者ヅラか……」
服の裾で適当に刀の血を拭うと、駆け下りてくる盗賊達を階段の下で待ち受ける。
勢いが付き過ぎてつんのめった何人かを蹴り殺し、駆け下りる勢いを利用して突撃した奴は、すれ違いざまに斬り殺した。
そうして十人を殺した後、階段を上って二階に足を踏み入れた途端、二人ほど突っ込んできた。
それをあっさり斬り捨てると、ご機嫌な男の声が聞こえてきた。
「女の剣でここまでやるとはすげぇなぁ!女!女が!ひはははは!」
この場には十人以上の盗賊がいたが、彼らを制したこの男『速剣のベルゲル』は、ご機嫌な様子で前に進み出た。
「俺はさぁ!斬り合いなんてしたのもう五年は前なのよ!で、すっげぇ面白かったのよ!そいつとの斬り合いが!お前も分かるだろ?剣士の端くれならよ!ひひひひひっ!」
「無駄話に興味は無いなぁ」
ユウカは一切の加減をせずに斬り込んだ。
油断無く、目の前の男を殺すために振り抜いた一撃が、避けられた。
紙一重で、上体を反らしただけで回避されたのだ。剣の動きと間合いを把握出来ていなければ死に直結する躱し方だろう。
(ベラベラ喋るだけある……かな?)
刀を振り抜いた隙を突いてベルゲルが突っ込んできたが、片手で雑に振るう剣に当たるほどユウカは間抜けではない。
「こいつを受け止めるたぁ、やるねぇ」
「……(油断したら死ぬね、コレ)」
ユウカがまっすぐ正眼に構えた姿勢から、右、左、上段、下段と剣先が自由自在に飛び回る。その全てに触れたら死ぬと言わんばかりにベルゲルは受け流しつつ、回避に徹する。
受け流せる一撃は受け流し、致命に至る一撃はしっかり回避するベルゲルに、ユウカは内心舌を巻いた。
(おじいちゃんと戦ってる時みたい)
ユウカの幼少期の記憶に蘇るのは、老齢になっても現役である祖父の姿。
その剣捌きは鋭く、手数も多く、そして何より老練であった。
(今でも勝てる気がしないなぁ、おじいちゃんには)
そんなことを考えている間も、ベルゲルの猛攻は続いていた。
「おいおい、嬢ちゃんよぉ、こんなもんか?」
「おじいちゃんは、もっと早くて、もっと鋭い。こんなのおじいちゃんに比べたら楽勝だよ」
余裕さえ感じさせるその言葉に、ベルゲルの表情が一瞬歪む。しかし、すぐに不気味な笑みを取り戻した。
「言うじゃねぇか、嬢ちゃん!その自信がいつまで続くか見ものだぁ!」
ベルゲルはさらに踏み込むと、剣戟の嵐を巻き起こす。ユウカは冷静に、その一つ一つを見切り、最小限の動きで受け流し、あるいは避け続けた。
(油断すれば死ぬ鋭い剣だけど、癖を読めばこんなものかな)
祖父との稽古で培われた経験が、ユウカの感覚を研ぎ澄ませていく。ベルゲルの動きには明確なパターンがあった。力任せの一撃の後には必ず隙が生まれ、連撃の際には僅かな間が空く。それは長年の戦いの中で形成された癖であり、同時に致命的な弱点でもあった。
「どうした、嬢ちゃん!防戦一方か!」
「もう飽きてきたよ」
ユウカは、ベルゲルが力強く振り下ろした渾身の一撃を、ほとんど力を込めることなく、巧みな受け流しでいなす。バランスを崩したベルゲルの、がら空きになった胴へ袈裟斬りを叩き込んだ。
「なっ……」
信じられないといった表情でベルゲルは膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなる。
なんとかベルゲルを下したその最中、ユウカ、ベルゲルの死体、そしてベルゲルの配下数人を巻き込んで、石造りの天井が砕け、瓦礫の山が降り注いできたのであった。




