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第九話 一条竜

 目を開けば、ベッドの上。何故ここにいる? 寝起きの自問自答の末、俺は経緯を思い出す。


「おい、仕事増やすな」


 聞き慣れた嫌味。氷の眼差しが俺を睨んでいた。


「あっ、先生。今回もありがとうございます」


 木野飛彩キノヒイロ、二八歳。ワンダJAPAN医務局長兼、ギガント・ベース医務室長。


「お前の馬鹿に付き合うのもこれで五回目だ」


 乱暴な言葉とは裏腹に、包帯は丁寧に巻かれている。しっかり処置され、傷も大して痛まない。今日中には仕事に戻れそうだった。俺は思わず表情を緩める。それが気に食わなかったのか、先生は舌打ち。少し乱暴にアンパンを投げ付けた。


「さっさと帰れよ、特攻マニア」

「あっ、墓参りにいっぱいいるんじゃ」

「いっぱい買ってんだよ」

 

「竜君」

 不意に、聞き慣れた声がした。


 現れた従姉の姿に、俺は心底安堵する。


「良かった、サワさん怪我ないんですね」

「そうじゃなくて」


 艶ぼくろが俺を睨む。


「─ごめんなさい。心配させちゃって」

「自己犠牲って聞こえはいいけれど、犠牲になるのは自分だけ?」


 ただの呆れだけではない。純粋に肉親としての思いがそこにはあった。気まずい。どう返せばいいか分からない。


「─オレはお前のことが嫌いだ。だが、その気持ちは分からんでもない」


 空気の悪さに耐え兼ねたのか、先生が口を開く。

「トラウマなんだろ。三年前のあの巨人の一件。最近、アルガって名付けられたらしいが」


 忘れるはずがなかった。いや、忘れてはならなかった。全て奪われた三年前のあの日のことを。


「目の前で全部奪われ、そのまま逃げられた…ここだけは同情しているぞ」


 明らかに本心だった。俺を見つめる瞳は何処か複雑だ。


「─だからこそなんです。俺はもう犠牲を出したくない」


 先生は俯く。再び気まずい空気が医務室を支配した。


「─だからお前は嫌いなんだ。余計にタチが悪い」


 アンパン入りの袋を持ったまま、先生は不機嫌な足取りで医務室を去った。


「ったく、竜君も司令も馬鹿というかなんというか」


「司令? まさか、乗ってたのって」

「その馬鹿が夕食来い、だって」


 嘆息するサワさん。


「正義の馬鹿同士、ウマは合うのかしら…」


 ☆午後七時 ギガント・ベース食堂

 

 眼下に広がる街は、トーチカ達のサーチライトと飛び回る戦闘機達により冷たい雰囲気を醸し出していた。


「ラーメン一杯で二千円、三人で六千円。嫌な時代だ」


 最上階、職員食堂にてメニューを見つめる司令の表情は苦々しげだ。最も、文句を言えるだけマシか。松葉杖を持ち、額に包帯を巻いた姿は実に痛々しい。


「佐神司令、何か言うことは?」


サワさんの言葉に司令は申し訳無さそうに俯く。


「謝るだけじゃ済まないな」


 司令の視線が俺に向く。


「二人の口座にそれぞれ三千万円を振り込んである。好きに使ってくれ」

「ありがとうございます」

「金の問題じゃないですよ」


 気まずい空気の中、やって来たかつての庶民の味も今では高級品。ズルズルと麺を啜れば灼熱の醤油と出汁の効いた罪の味が喉を突き抜けた。


「しかし、ゼージス強かったですね」

「強くなければ困る」


 輸送機達に吊るされ基地へ運び込まれるゼージス。地上では誘導員たちが忙しなく走り回る。


「あの日以来、世界中で怪獣災害は急増している。我々には力が必要なんだ」


 サワさんは麺を啜り続ける。


「怪獣の細胞から素体は作りましたからね。しかも、元は六六年に大阪城をぶっ壊したディノスターです。強さはお墨付き、なんですけどね」


 司令は、外を眺めながら呟いた。


「倫理といい怪獣の力の是非といい、まだまだ課題だらけだな」


「少なくとも力自体は使いようです。今回お二人が許されたのは実績ありきですし」


 皮肉を尻目に、天井のテレビは淡々とニュースを読み上げる。


〈都内を中心に活動するマフィア『怪楽カイラク会』。昨日、幹部十人が何者かに襲撃され、病院へ搬送された事件に対して声明を発表。『地の果てまで追い、生まれた事を後悔させる』。警察は混乱に乗じて活発化する可能性が高いとし、警戒を呼び掛けています〉


「我々が、いち早く平和を取り戻さねばな」


 司令は、静かに嘆いた。

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