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第七話 三年後

前回のあらすじ


二〇二四年、東京は消滅した。

東京に来襲した炎山怪獣ボルメラー。

誰も止められないかのように思えたボルメラーを、

たった一撃で東京ごと仕留めた謎の白い巨人。

果たして、世界は変わってしまった……


かつて、笑いの都だった大阪は、大量のトーチカ達に守られた無骨な要塞都市へ変わっていく。消えゆく故郷を前にしても僕、星野啓太郎ほしのけいたろうは文句を言えなかった。今のご時世、仕方ないのだろうと─


 ☆二〇二七年 五月九日 正午 大阪都港区 

  市立天星ヶしりつアマホシガオカ高校    

 

「えっ、唐揚げ!?」

 クラス中から素っ頓狂な声。弁当箱の唐揚げに注目が集まる。


「叔父さんが鶏肉譲ってくれたんだ。唐揚げなんて三年ぶりかも」


 少女はまじまじと唐揚げを見つめる。物珍しさにクラス中がシャッターを切りまくり、全ての視線が唐揚げに集中した。


〈連絡です。五・六限目のワンダ戦闘講習会に向け、お客様がお見えです。準備委員の星野さん、応接室へお願いします〉


 放送に我に返る。時計は開始三十分前。過去の自分を恨んだ。決まらないからって志願なんて馬鹿だった。もし遅れてしまえば、周りからの心証がどうなるかなんて考えたくもなかった。


 名残惜しげに唐揚げを見つめ、無念を押し込め走り出す。


 ☆正午五分 応接室前

 

〈傷病処置講習会開催のお知らせ〉

〈兵器工場短期バイトあります〉

〈ワンダ志願隊員募集中〉


 いつも通りの掲示板を横切り、応接室のドアを開けた。


 むにゅっ。柔らかな感触が僕の顔を覆う。驚き、飛び退けいた僕にさらなる衝撃が殴りかかる。


「あぁ、ゴメンゴメン。怪我ない?」

 へそ出しの黒いタンクトップの上に白衣を羽織った美女が軽く謝する。黒曜石の髪を靡かせ、たわわな谷間を揺らす姿に僕は全てを察し、顔を赤らめた。


「気にしない、気にしない。事故ならノーマンタイっつーやつよ」

 見た事もないような長身から見下ろし、陽気に笑うたわわな胸元にもワンダのエンブレムが輝いている。


「あっ、今回の講習会はよろしくお願いします。どうぞお手柔らかに…」


 返事は申し訳無さそうな嘆息だった。


「─悪いんだけど、あたしは九瀬サワ《クゼサワ》。教官の従姉で付き添い。あいつ、遅れるって」


 衝撃に沈黙する僕を尻目に彼女は座り込む。

「墓参りに浸りすぎて遅れるって。全く、あたしは実戦は管轄外よ」


 柔らかく健康的な太腿を組み、頬杖をつく。綺麗な二重と程良く厚い唇で飾られた顔には、苛立ちと呆れ、そして、何故か寂しげな『共感』らしき感情が浮かんでいた。


「─まあ、あたしも同類か」


 豊満な胸に、ロケットがゆらゆらと揺れる。ボロボロで、勝手に開くその中では、一組の家族が楽しそうに笑っていた。


 不意に電話が鳴る。サワさんだった。


「ハーイ、もしもし。こちら九瀬でーす」

 打って変わり、再び陽気に笑うサワさん。次の瞬間、僕らは凍り付く。 


〈こちら怪獣監視局!! 本部局長、只今大阪港沖五百メートル地点にて、怪獣の出現を確認しました!!〉

 

 ☆正午半 天王寺区 ギガント・ベース 


 轟音と共にトーチカ達が火を吹き、音速を超え飛び交う戦闘機達がマズルフラッシュを迸らせる。次々と水柱が天高く噴き上がる中、大波が金属音と共にタンカーを転覆させていく。


「─我々が翔べさえすればな」

 私は、司令室から苦々しく呟く。ロックホークも、今や巨大な基地の足元に惨めに横たわるだけだ。


〈佐神殿、貴公は日本総司令になったそうだな〉


 モニターのウィンドウは語り掛ける。顔も見せず、海を超えたはるか遠くから声だけが司令室に語り掛けた。


〈前回のような無様な戦いはよしたまえ。ワンダに金を出しているあらゆる軍隊の代弁だ〉


 三年前が脳裏をよぎり、オペレーター達が顔を歪ませる。あの日を、ここにいる誰もが忘れる訳が無い。


〈君達の敗北は、我々世界各国の軍の面子にも関わる。面子が無ければ出来ることも出来ない、違うか?〉


 誹謗らしい真実だった。あの日以来、世界は変わってしまった。人々は信頼できる『面子』を失い、恐怖に震えている。誰もが『安心』に依存せねば生きてはいけない。あの日の敗北は、『安心』を生み出す『面子』を焼き尽くしてしまった。


「─異論ありません」

〈反省を活かしたまえ〉


 ウィンドウが消え、鋭く細長い八本の足が街へと上陸する様が映し出される。クワガタの大顎を持ったクモとでも形容すべき黒い巨蟲は、我が物顔で大阪を蹂躙していた。


「─反省しろ、と言われてもな」


 我々は、やるべき事を続けた。


「データベースに特徴の一致する怪獣を確認、巨蟲怪獣ヴェルセクトです!!」


 降り注ぐ爆弾達に怪獣は爆炎に包まれる。甲高い咆哮を大阪中に響かせ、荒れ狂うヴェルセクト。


 次の瞬間、大きく開いた大顎から快音と共に勢いよく六本の赤黒い舌が飛び出した。空を切り裂く無数の鞭声と共に爆撃機達は次々と叩き落とされ、市街地で大爆発。黒煙が上がり、激しい炎が街中へ広がる。人々がますますパニックに陥る中、天星ヶ岡高校は迫りくる怪獣に恐怖に震える。


「まずい、阻止できないのか!?」

「データベースによりますと、六一年東京及び六六年中東に現れた初代・二代目は共にバンカーバスター級の超大型爆弾による長時間爆撃にてようやく討伐されたとのことです。恐らく、今回の個体も同様、はっきり言って阻止不可能です!!」


 あまりに残酷で、あまりに現実的な言葉だった。


「天星ヶ岡高校、避難状況は?」

「一部避難不能者が出ているとのことです!!迎撃を考慮しても被害は避けられません!!」 


 ─被害は避けられない、か。


 私は、どこまでも幼い人間だと自嘲した。現実的に、そして時には非情になれと士官学校で何度も教えられたのに、現実的になれないし、非情にもなれない。私はどこまでも綺麗事好きで、空想的な人間だった。


 ─そしてそれが、私をとある無茶へと誘うことになった。


「─いきなり実戦とはな」


 困惑する司令室。そんな中、一人のオペレーターがハッとした表情を浮かべた。


「司令、まさか─!?」


 私は、ゆっくり頷く。 


「OPERATION" Z-GIS"《オペレーションゼージス》。私が出よう」


 ☆正午四〇分 市立天星ヶ岡高校 


〈現在、怪獣ヴェルセクトは本校に向かって侵攻中、出来るだけ内陸部、そしてトーチカなど迎撃設備の整った大正・西区方面へ速やかに避難してください!!〉


 パニックの中、スピーカーから聞こえるサワさんの声は先程の陽気なお姉さんと同一人物とは思えない冷静な大音声だった。 


「星野君、急いで!!」 


 保健室の先生が叫ぶ。焦燥に駆られた顔は壮年の女性と思えないほど老けて見えた。


「急いでいないように見えます!?」

 保健室にて寝込む少女。僕達は必死に彼女を担架に乗せる。内心、後悔していた。いくら後味が悪い、気掛かりだからって寄り道なんてするんじゃなかった。まさかこんなにも都合悪く体調を崩した子がいるなんて。


〈繰り返します、出来るだけ内陸部へ〉


 次の瞬間、鞭声と共に校舎に凄まじい衝撃が迸る。放送がブチリと切れ、僕らは悲鳴と共に転倒。壁にバキバキと亀裂が走り、校舎に迫る八本の足が視界に入る。体がガクガクと震え、ズボンに生温かい感触と汚いシミが広がる。


「あ、あぁ─!!」


 恐怖に折れ、先生は担架を捨ててよろよろと逃げ出す。僕は彼女の後を追おうとした。

 ─が、動けない。それどころか体は無謀にも少女を抱きかかえて逃げようと藻掻く。絶対的な恐怖の中、自己嫌悪がますます燃え上がる。死んだら何もかも終わりじゃないか。英雄扱いされたって何の意味がないのに!!


 立つことさえままならぬ中、迎撃をものともせず怪獣は迫る。もはや、死は避けられなかった。走馬灯が脳裏によぎる中、僕は自らの微妙な良心を恨んだ─


 風が吹いた。たったそれだけだった。だが、その一陣は街に静寂を齎した。爆撃が止み、怪獣が足を止める。今に死ぬと考えていた僕の心は困惑に染め上げられた。何一つ現状を理解できない。だが、確かに街は静止していた。


 ─いや、正確には一つだけ動いていたものがあった。風だ。


 風は徐々に勢いを増し、やがて明らかな熱と独特のニオイを帯びる。暴風と化し、窓から吹き込み小物たちが吹き飛ぶ。僕が少女を庇い蹲る中、外から多くの人々が驚嘆するのが聞こえてくる。


「おい、なんだあれ!?」

「怪獣!? いや、あんな─!?」


 次の瞬間、凄まじい衝撃が校舎を揺るがす。怪獣は吹き飛ばされ、着陸音と共に激しい土煙が舞い上がる。虫らしい甲高い悲鳴の中、おそるおそる顔を上げた僕が窓から見たのは、立ちはだかる蒼き背中。


「あっ、いたっ!!」


 呆然とする中、不意に腕を掴まれる。振り返れば息を切らせたサワさんの姿。


「放送室まで案内してくれた礼を言おうとして探してたの!!」


 サワさんは少女を手慣れた手付きで抱き上げる。


「何が起こってるんですか!?」

「今は逃げて、外で話聞かせたげるから!!」


 僕らは息を切らせながら校舎から飛び出す。少しばかり離れた大通りにて立ち止まった瞬間、僕の脳裏に今までの記憶が迸る。改めて恐怖し、生きていると実感。そして、漏らしたことを恥じながらも息を整え、僕はようやく振り向く。


 ヴェルセクトがようやく立ち上がった時、その複眼に映ったのは『怪獣』。


 ─いや、違う。野性味溢れる頑丈な鱗に守られた巨躯に、立派な鬣と鋭い牙。竜か獣か、その怪獣は、蒼き鎧を纏い、鋼の三本角を輝かせ背中のジェットを燻らせていた。長大にして屈強な尾を大地に叩き付け、重厚な装甲が蒸気を噴き出す。

 

 唸り、独特の駆動音と共に二足でゆっくりと歩を進めるその巨体には、ワンダのエンブレムが輝いていた。


「対怪獣用機械制御型有機戦闘艇Z-GIS、あたしらの秘密兵器よ」


 人々がざわめく中、サワさんは少女を抱えたまま呟いた。


「あの馬鹿司令、まだ調整中なのに─!!」

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