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第二〇話 境界

☆二〇二七年 七月二〇日 正午 京都府京都市


 砲声が響き渡る。悲鳴の中、降川フルカワ高校の上空を戦闘機達が飛び交っていた。


〈竜君、いけそう!?〉


 校舎の前で、巨体同士が激しくぶつかり合う。装甲を軋ませ、蛮力で攻めるゼージスに、赤い花々を咲かせた蠅取草が如き『怪樹』は顎を開き、茨を振り回す。


「お陰様です、サワさん!!」


 背後の装置に繋がれた暦。目を閉じ、祈る様に送られた力は全身へと浸透し、鋼の巨体を動かす凄まじいパワーへと変貌する。


 茨を引き千切り、鋼の右爪を首筋に食い込ませる。赤の花弁を散らせ、悲鳴を上げる怪樹。抵抗を機械の超パワーが捻じ伏せる。


 瞬間、唸るモーターと共に、ドリルのように回転した右掌が繊維をブチブチと引き千切った。


「やったか!?」


 直後、緑の顎より溶解液。反撃に怯むゼージスを他所に膨張した傷口は木質化、瞬時に再生した。


〈竜君、ヴェルバッサー使って!!〉


 土煙と共に迫りくる怪樹を前に、長大な靭尾から金属音が響く。

 

 刹那、勢い良く振り抜かれるは光剣と化したヴェルセクトの鎌鼬。切れ味抜群の光の斬撃が、火花と快音を伴い怪樹を文字通り『伐採』、傷口より緑の蒸気が勢い良く噴き出す。


〈付焼刃にしちゃ上出来ね!!〉


 怪樹の再生速度が鈍っていく。それでも、俺は油断はしていないつもりだった。弱々しく振り回す茨の反撃さえも最大限警戒しているつもりだった。 


 次の瞬間、茨が打ち据える。

 

 ─ゼージスではなく、校舎を。

 

「なっ!?」


 悲鳴と共に蹲る生徒達。茨達は建物全体に巻き付き、じわじわと締め上げる。


〈まずい、人質だわ!!〉


 亀裂から粉塵が噴き出し、建物が軋む。


「サワさん」


〈─絶対に動かないで〉


 膠着の中、怪樹の足元が土煙を上げる。シェルターを締め上げたまま太い根が蠢き、震動と共に緑の巨体が地中へと消えていく。俺達に、打つ手はなかった─

 

 突然、機器が唸る。直後、慣性が俺を背後から殴り付けた。


 邪念なき力に装甲が唸りを上げ、飛び出した巨体が怪樹を吹き飛ばす。シェルターを巻き込み引き千切られる茨。怪樹は強引に引き摺り出された挙句、鋼の超重量に押し潰された。


 装甲の下がバチバチと唸りを上げ、ゼージスの全身は黄金に染まった。瞬間、激しい雷撃が大気に迸り、痛ましい悲鳴と共に緑の巨体を焼き焦がす。攻撃の余波が家屋を粉砕し、トーチカを崩す。轟音の中人々は恐慌し、逃げ惑う。


 我に返った俺は咄嗟に操縦桿を握った。


「よせ、よすんだ!!」


 暦は淡々と殺意を向け続け、ゼージスは俺の操作を受け付けない。喉奥より漏れる黄金の輝きに、暴風が荒ぶ。


 次の瞬間、黄金の火柱が街を揺るがし、天高く昇った─


 ☆午後九時 ギガント・ベース司令室 


〈早朝、京都に出現し、甚大な被害を出した肉食怪樹ロズベオン。ゼージスにより撃退されたものの、周囲の被害を顧みぬ戦いにはやはり賛否も…〉


 モニターに映る廃墟の街に、暦の表情は他人事だった。


「責められているの?」


 司令室は、言い表せぬ空気に支配されていた。


「─何したか分かっているのか?」


 咎める俺に、淡々と返す。


「怪獣を、倒した」

「違う!!」


 俺は、無力だった。ただ困惑し、憤慨し、恐怖し、声を荒げて胸倉を掴む事しか出来なかった。


「分かってるのか!?」


 動揺のまま捲し立てる。

 

「俺達は、命を背負ってるんだぞ!?」

 

 暦は、首を傾げた。


「竜こそ、何で止まったの?」


 嫌味などない純粋な疑問だった。


「逃がしたら、もっと大変なのに」


 俺は、反論を見つける事が出来なかった。


「あれ自体で怪我人は出ていないんだ。今回は幸運に感謝するしかない」


 宥める司令の表情もまた、強張っている。


「だが、このままだとオレ達も庇いきれん。目を付けられるのも時間の問題だな」


 木野先生の言葉を尻目に、暦はキョロキョロと辺りを見渡す。重苦しい空気の中、尚も不思議そうな表情がそこにはあった。


 不意に、暦の肩をサワさんが叩く。


「今日はもう遅いし、帰るわよ」


 帰りゆく俺達を、二人は黙って見送った。


 ☆午後十時 天王寺区 ワンダ専用マンション

 

「ただいま」


 ミルクに群がる子猫達を卓上から眺める俺達。


「タマもミケもクロも呑気ね」


 空になった皿に尻を向け、三匹は布団へ潜り込む。暦と眠るその寝息は、とても安心していた。


(あとで、教えて)


 今日を思えば、あの時の純粋な瞳を思う。馬鹿な奴だ、ここまできても俺は信じたいらしい。


「暦ちゃんは、知らないだけなんだ」

「知らない、じゃね」


 薄暗い部屋にサワさんの言葉が響く。


「あの子がいるのは境界よ。人にも怪獣にも転んじゃうね」


 冷徹ながら、何処か迷いを孕んだ言葉。


「サワさんは、どっちだと思います?」 

「─今は、どっちでもない」

 

 俯いた彼女の表情は、暗がりに隠れてよく見えなかった。

 

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