第十四話 真なる姿
☆午後十時四五分 港区市街
「ほう、この子が助けてくれた?」
「はい、現に俺の腕もこの通りです」
高級感漂う車内にて、内藤さんはハンドル片手に唸った。
「あぁ、やっぱり」
困惑する俺に、内藤さんは説明する。
「実は脱走自体は知ってました。監視カメラに映ってましたし、妙に弱ってましたしね」
力尽き、眠る暦。暦に抱かれ、子猫達も微睡む。
「じゃあ、どうして放置したんです? 暦ちゃん、凄く弱ってて─」
「今に分かりますよ」
車はガタガタの道路を通り、瓦礫の街へ向かう。
「数年は廃墟のまんまでしょうか? 下手したら十年、二十年かな?」
やけに呑気な後ろ姿に、何故か妙な物を感じた。同じだったのか、暦達もトロンとした目を開く。
「着きましたよ」
廃虚の奥から、固まった泡のドームは白く輝いていた。
「…なんでここに」
「なんでだと思います?」
内藤さんは答えた。
「こういう事です」
銃声。咄嗟に暦を突き飛ばした俺の頬に血が滴る。
「な、内藤さん…?」
呑気に硝煙燻る拳銃を見つめる内藤さん。
「ありゃぁ、鈍ったかな。今度練習しなきゃ」
「内藤さん!?」
いつも通りの糸目が笑い掛ける。
「何、仕事ですよ」
固まる暦の腕の中で三匹が震えた。
「─いや、これは『本業』ですね」
物影からぞろぞろと黒スーツの男達が現れる。果たして、俺達は無数の銃口に包囲された。
「よぉ。まさか怪楽会に手ェ出して生きられると?」
怪楽会、困惑する俺に内藤さんは語る。
「分かりませんか? 『本業』ですよ」
糸目がゆっくりと開き、冷たい瞳が現れる。
「内藤雅彦。怪楽会のボスの名です」
直後、異様な殺気。暦の瞳がかっと見開く。…だが、何も起きない。苦しげに咳き込み、赤黒い血を吐くだけだ。
「さっきの答えです。ボクは、大事なターゲットは自分の手で殺す主義ですが、元気な猛獣とやり合う勇気はないんです」
暦を庇い、俺は見渡す。完全に囲まれていた。
「─どうするつもりだ」
「聞くまでもないでしょう?」
トリガー達に指が掛かる。
「先生らにはこう誤魔化しておきます。『一条竜は脱走した津上暦に操られ、殺された』と」
内藤さん─いや、雅彦は冷たく笑い掛けた。
ピキリ。
「え?」
振り返れば、ピシピシと音を立てる泡のドーム。次々と亀裂が走り、グラグラと大地が揺れ始める。
「な、何ですかこれは」
内部から閃光が迸る。瞬間、俺達の目に映ったのは、蠢く巨大なシルエット。
ボロボロとドームは崩壊し、黄色い体液が廃墟へと降り注ぐ。凄まじい刺激臭に目覚めた人々は、夜空に立ち上がる白き巨体を見た。虫らしい鉤爪を備えた屈強な両足が大地を割り、大鎌が如き両腕が空気を切り裂く。
蘇ったヴェルセクトは甲虫が如き大角を掲げ、以前より遥かに悍ましい咆哮を上げた。
「馬鹿な!! 死んだんじゃ─!?」
右鎌が金属音と共に白く輝き始める。周囲が瞬く間に熱され、空気が鎌に向かって圧縮されていく。想定外を前に、雅彦達は怯え、固まるばかりだった。
(やばい!!)
我に返り、咄嗟に暦達を瓦礫の影へ突き飛ばす。
次の瞬間、空気が『弾けた』。高音と共に強烈な衝撃が周囲を吹き飛ばし、巨大な一振りが灼熱の鎌鼬として大地ごと軍病院を両断する。
炎と轟音と共に病棟が崩れ落ちる中、叩き付けられた俺はのたうち回る。左が見えない。生暖かい体液が左目だった場所から流れ出ていた。
「あ、あがっ─!!」
瓦礫の下敷きになった雅彦。折れ曲がった腕を伸ばすが、返ってくるのは呻きと悲鳴、そして恐慌した銃声のみ。
闇に吠えた複眼が目障りな『虫』達を向く。血塗れの糸目が恐怖と絶望に見開く。口からぶくぶくと泡が吹き出し、そのまま動かなくなった。
(に、逃げないと─!!)
痛みに耐え、立ち上がる。気絶した暦達を抱え、大量の赤黒い血を流しながらボロボロの高級車へと飛び込む。
異音を伴った発進と同時に、バックミラーのヴェルセクトは蜻蛉の如き巨翼を広げ、飛翔した。




