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時間よ、永遠の音を鳴らせ

時間よ、永遠の音を鳴らせ


1. 2025年、聖衣が刻む止まった時間


佐藤愛の部屋は、2025年の世界に**「止まった時間」を抱える、奇妙な「特異点」**だった。


全身を覆う浜崎あゆみスタイルのヒョウ柄、厚底ブーツ、濃いデカ目メイク。愛にとってこのヒョウ柄は、兄の情熱が失われた1999年の輝きを拒絶させないための**「聖衣ユニフォーム」**だった。その合成繊維は、時代遅れの重さを愛の全身に感じさせた。


愛の前のデスクには、兄の愛機、Windows 95搭載のPCと、DTMソフトXG Worksが鎮座する。PCケースの黄ばんだプラスチックは冷たかった。愛は知っていた。兄の自己肯定感を回復させるには、彼が敗北したこの古い土俵で、未来の知識を使って勝利を収める必要があった。


愛はヘッドフォンを装着し、XG Worksのシーケンサーにコードを打ち込む。彼女は、2025年のデジタルトランスの概念でしか成立しないような複雑で過剰なデータ構造を、古いチップの許容量を無視して無理やり押し込んでいた。


2. 量子的なノイズ


愛は、長い年月を費やし、最高のキメの3和音フレーズを打ち込んだ。これが「完成形」だと愛は確信した。


愛が立ち上がろうとした瞬間、ヘッドフォンコードが古いPCに引っかかった。


「だめ!」


愛の悲鳴と共に、コードはポートから**「キッ」という、嫌に甲高い摩擦音を立てて抜けた。耳には、無音になったヘッドフォンの皮の冷たさが触れる。そして、過剰にロードされていた未来のデータ構造が、許容量を遥かに超えてXG音源チップに逆流**した。


空間を捻じ曲げるような、異様な大音量の3和音が響き渡る。それは、過去の技術が悲鳴を上げるような、硬質で耳を抉るノイズだった。部屋全体が、白と黒のストロボのような光で点滅し、愛の眼球の裏に焼き付いた。隣室の兄から驚愕の声が響いた。


「なんだこの音は!?こんな硬質なアタックと低音の融合、当時の技術じゃ、出るわけがない!」


光が収束したとき、二人は、1999年春の部屋に着地していた。窓の外の空気は、妙に乾いていて、それでいて活気のある匂いがした。


3. 1999年、最高の共創


愛は、時代の流れから切り離された自身のヒョウ柄の聖衣を身にまとい、1999年に立っていた。


「何だこの音!?今の、お前が作ったのか!最高のデジタルアレンジだ!」


飛び出してきた兄は、純粋な情熱に満ちていた。兄は愛のDTM画面を見て熱弁を振るう。「このサウンド、トランスとユーロビートを基調にした当時の技術の遥か先だ!愛、俺が理論と業界知識でサポートする!この音の秘密を解き明かそう!」


愛は未来の知識で、兄が長年求めていた幻のキック音をXG音源上で再現してみせた。兄はヘッドフォンを通して、キック音の硬質なアタックが胸郭に響き、地を這うような低音が腹の底を震わせるのを全身で受け止めた。


兄は、目を開けても言葉を発せない。数瞬の沈黙。愛は、その静寂を長年のトラウマが溶け出す音として受け止めた。


そして兄は、震える声で言った。 「これだ!俺がコンペで求めていた音だ!当時の技術じゃ、理論的に不可能だと諦めていたのに……!愛、お前は俺の才能が間違っていなかったことを証明してくれたんだ!」


兄の顔から挫折の影が消え、まるで太陽の光を浴びた植物のように、純粋な喜びが溢れているのを愛は見た。愛は、兄の魂が満ち足りたことを確信した。


4. 2025年、時間と永遠の音


兄が**「この曲は、俺たちの最高傑作だ!完璧にやりきった!」**と心の底から言った瞬間、愛は兄の愛機だったXG Worksを優しく撫でた。


その瞬間、DTM機材が再び激しく揺れ、二人は2025年の部屋に戻された。


愛は数秒間、部屋の天井を見上げた。ヒョウ柄の部屋の静けさと、外の空気の音を再認識する。


隣室から聞こえてきたのは、最新のDAWソフトが奏でる、力強く未来志向の音だった。愛は即座に気づいた。それは、引きこもりではない、生き生きとした音だ。


愛が隣室を覗くと、兄はもう暗闇にいなかった。最新の機材に向かい、愛に前向きな笑顔で話しかけてきた。


「お、愛。聞いてくれよ、このアレンジ。お前が使ってたあの古いXG Works、あれ見てたら急にやる気が出たんだ。技術は進化するが、情熱は変わらない。あの曲があったから、俺は自己肯定感を取り戻せた。俺たちのDTMは、これからだ」。


兄が再びDAWに目を向けたとき、愛の耳に、最新のスピーカーから放たれた**「あの幻のキック音」**が、さらに鋭く、深く、未来へと昇華した姿で響いた。


愛は自身のヒョウ柄の服に触れた。愛は一瞬、指を離し、目を閉じた。長年、厚底ブーツに慣れていた足の裏に、床の冷たさと軽さが、奇妙な違和感となって伝わった。


「この服は、もう兄を守る鎧ではない」。


愛は、ヒョウ柄のシャツを脱ぎ、それを黄ばんだXG Worksが鎮座するデスクの椅子に、そっと、聖衣を収めるように置いた。愛は、デスクに残された黄ばんだPCとヒョウ柄に、二度と振り返らない決意で背を向けた。


愛と兄の魂に刻まれた永遠の音は、今、2025年の未来へ向かい、完全に動き出したのだ。

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