【第一章】すれ違う青春の間で
突然だが、俺と幼馴染の半生の話をさせてくれ。
俺には、幼稚園から高校まで一緒だった幼馴染というか親友がいた。
幼かった頃から、互いの家に当たり前のように行き来していたし、親同士も仲が良かったから、いわゆる家族ぐるみの付き合いというやつだった。
高校までは、ソイツと一緒にゲームをしたり、漫画の貸し借りをしあったり、親に隠れて酒をちびちびと飲んだりするのが楽しかった。どちらもあまり、人付き合いが得意な方ではなかったが、ソイツといる時は楽しかったし、その頃は、こんな関係がいつまでも続くと思っていた。
そんな俺たちは、高校2年生後半に差し掛かった頃から、進路を意識するようになった。
2人とも、優等生でもなければ、不良でもなかった。ましてや、将来なりたい職業なんてなかった。そんな個性の乏しかった俺たちだったが、俺はなりたい職業がないなら、ひとまず大学に行っとけば、つぶしがきくんじゃね?という結論に至って、大学進学を目指すことにした。彼はと言えば、親父さんが大学教授で、大学に進学することを自然なことと捉えてる家庭環境のようだったので、彼も大学進学を目指すことになった。
俺の家では、浪人や留年をしないことが、大学の学費を出してもらえる条件だったから、成績は良くなかったなりに頑張って勉強して、無名だけども大学への進学がなんとか決まった。学費が高い私立に通わせてもらえたのは、ありがたかった。
親友も滑り止めの無名大学には合格していたけど、突然「どうせ大学に通うなら、有名大学でなきゃいやだ」と言い始めて、浪人することになった。いやいや、お前も俺と同じで、勉強ができるほうじゃないくせに、何様のつもりだ、とその時は思った。
だが同時に、有名大学に通いたいと言い始めるとはアイツらしいな、とも思っていた。見栄っ張りな親友は、幼かった頃からブランド志向で、服や持ち物は有名ブランドものばかりだった。しかも、自分と他人をやたらと比べたがる傾向があった。俺は服や持ち物は機能重視で、ブランドなんて何でもいい派なのに、俺の持ち物を見ては「それ、なんてメーカー?」とか「いくらしたの?」とかいちいち聞いてくるのが、ちょっとだけ、めんどくさかった。俺の腕時計を見て「無名メーカーかよ」って苦笑いしてたこともあったな。
彼は小学校から、中学校、高校と、どこに行っても教師たちから、「教授の息子さん」として特別扱いされていたから、プライドばかりが膨らんで、自分が無名大学の出身になるなんて、受け入れられなかったんだろう。まあ、浪人が本人の希望で、親もそうさせてくれるのなら、そうすればいい。
さて、大学受験が終わった俺はコンビニでバイトを始めることにした。もちろんだけど、働くことが初めてだったから、よく失敗もしたし、怒られもした。怒られた時は、俺って不器用なんだなと自己嫌悪に陥ったりなんかもした。バイトを辞めることも考えたが、ここで逃げては何もできない奴になると思って耐えた。すると、失敗を重ねながらではあるが、徐々に仕事の仕方やコツを覚えて、怒られる頻度も減っていって、俺の人生は今、ステップアップの途中なんだな、と実感していた。
一方で親友はと言えば、受験生のまま立ち止まった状態だった。今思えば、この頃から俺たちの生活は、すれ違いはじめていたのかも知れない。
それは親友も感じていたようで、高校の卒業式の日に「お前はいいよな、大学進学おめでとう」と言ってきた時の、彼の乾いた笑顔は、今でも瞼に焼きついている。「お前はいいよな」ってどういうつもりだ、滑り止めを蹴って浪人を選択したのは、お前自身だろうに…。
さて、大学に入学してからの俺は、単位計算やら授業やらで、慌ただしく大学生生活を送っていた。大学の授業は予想以上に難しくて、成績優秀でなかった俺は、ついていくのに必死だった。ついていくために授業はいつも、最前列で聞いていた。席が決まっていない大学の授業では、教室の後ろから席が埋まっていくのが相場だから、最前列で授業を聞いている俺は、他の学生たちから変人扱いされていた。だが、遊び目的で大学に入って、足の引っ張り合いをしてるばかりのチャラい奴らが寄ってこなかったおかげで、勉強には集中できた。
結果として、交友関係の乏しい学生生活ではあった。少しだけ、友達付き合いみたいなものもあったけど、そいつらが俺の知らないところで旅行とかに行っていたことを後から知って、俺はコイツらとは同級生であっても友達ではないんだな、と割り切った。それ以降、より勉強に集中することにした。
コンビニのバイトは続けていたから、学業と両立させることは大変だったが、それなりに充実感はあった。
本当は親友を遊びに誘いたかったけど、彼はまだ受験生だから、遊びに誘うことはしばらく控えていた。そして、久しぶりに親友の家に行くことになったのは、夏休み。
卒業式ぶりに会った親友と、将来の展望について話した。俺は大学の授業についていくだけで精一杯で、将来なんてまだわからなかった。彼は相変わらず、有名大学にこだわっていた。その反面、部屋にあった問題集が新品同様のまま綺麗に本棚に並んでいたことに違和感を覚えたが、そのことは指摘しないことにした。でもその時の彼は、俺の大学生活を応援してくれていたし、俺も親友の大学受験を応援していた。
そこからまた、親友とはしばらく疎遠になり、次に彼の情報が入ったのは、翌年の春。大学入試の結果が全滅で、二浪することになったらしいという、親経由での情報だった。
俺はその結果に驚かなかった。彼の部屋で見た問題集が新品同様だった光景を見ていたから。
しかも親経由の情報によると、二浪が決まった時の親友は、両親に向かって叫んだり暴れたりしたらしい。しかし、柔道有段者の親父さんにあっさり押さえ込まれ、来年の入試で必ず結果を出すと約束させられたとのこと。叫んだり暴れたりするとは、彼なりに今の状況に対して焦ってるんだろうな。
俺は、彼にどう声をかけていいかわからなくて、しばらく連絡できずにいた。
次に彼に会ったのは、また夏休み。親経由の連絡で、「久しぶりに会って元気づけてあげて」とのことだった。「元気づけてあげて」ってどういうことだ?なんかいやな予感をさせる言い方だが…。
さて、1年ぶりに見る彼の部屋は、高校卒業当時で時が止まっているかのように、何も変わっていなかった。いや、むしろ殺風景にすらなっていた。そして、問題集は相変わらず、新品同様のままだった。
本人はと言うと、明らかに様子がおかしくなっていた。痩せこけた頬、正気のない目。「元気づけてあげて」とは、このことか…。
話の内容も、俺の大学を無名と揶揄したかと思えば、大学生活に嫉妬する様子を見せることもあって、一貫性がなかった。一貫性がないのは、自分の意思や目標が定まってない証拠なんだろうと思った。
幼かった頃はなんでも一緒に楽しんでいた俺と親友との間に、なんだか距離ができつつあることを感じた。
そして「二浪したからには絶対有名大学に入らなければ」と言う彼の表情に、正気のようなものは感じられなかった。
目標を見直すことを勧めるも、返ってきた答えは、「将来、自分の出身大学を言うときに、恥をかきたくない」だった。
なんだそりゃ、と思った。無名大学なら恥で、有名大学なら誇らしい、なんて単純なものなのか?
俺は今、無名大学だが機嫌良く通っている。一番肝心なのは、自分が大学でどうステップアップできるかじゃないか。それに世の中には、有名大学出身の悪い奴もいれば、学歴がなくても立派な大人だっている。無名大学に通う俺が言うと、負け惜しみに聞こえるだろうから、そうは言えなかったが。
やはり、「教授の息子さん」として、教師たちから特別扱いされてきた彼は、自身が成績優秀でなかったことにコンプレックスやプレッシャーみたいなものを感じながら生きていたのかも知れない。
その日の帰り道、俺は繁華街を歩きながら、感情を整理していた。
彼は、親が有名大学の教授だからといって、自分もそうならなければいけないと思い込んでいる。大学選びで重要なのは、その大学の雰囲気が自分に合うか否かなのに。
それと、彼のブランド志向が相まって、彼は自分は有名大学に通わなければならないという固着観念を自分で作り出し、まるで自分で自分に足枷をはめているような状態だ。
俺の大学は無名だけど、俺はいま、機嫌良く大学に通っているし、知名度どうこうよりも、自分の大学が好きだ。だから、今のアイツに「無名大学」と揶揄されても特段、悲しくはなかった。
だが、自分の大学を「無名大学」と見下されても悲しくなかった俺は、もしかして逆に、アイツを見下しているのだろうか…。
そんなことを考えていたら、頭の中はいろんな感情でグチャグチャになっていた。そんな複雑な心境で、あてもなく繁華街を歩いていると、ネオンのある一角に引き寄せられるように足が向かっていた。すると突然、セクキャバの客引きが声をかけてきた。いや、むしろ内心では、声をかけてもらうことを期待しながら歩いていた。俺は客引きの声かけに足を止めることにした。
頭がグチャグチャだったからと言えば言い訳になるが、その時の俺には刺激が必要だったんだ。
そういう店は初めてだったけど、初心者だからとナメられたくなかった俺は平静を装って、「いくらで遊べますか?」と聞いた。返ってきた答えは、
「本当は8000円だけど、お兄さん初めてだよね?7000円でいいよ」
だった。初めてなのを見抜かれていたのは、さすがプロだなと思った。
さて、客引きのオジサンに7000円を払って階段を登ると、そこは異世界だった。
薄暗い部屋に並べられた、たくさんのソファーと、イチャイチャする男女。俺も今から、これができるのかな。
そして、その中のひとつのソファーに案内されて、しばらく待っていると、下着姿にブラウスだけ羽織った、ギャル系の女の子が俺の隣に座った。せっかくこういう店に来たんだから早速、他の客のようにイチャイチャしたかったのが本音だったけど、それを始めるキッカケを見つけられず、しばらくは、天気とかの無難な世間話をしていた。内心、なんだあんまり楽しくないなと思っていると、その女の子は突然、「そんなことより、ここセクキャバよ?」
と言いながら、俺の手をとって自分の胸に
【セクキャバ描写につき自粛】
女の子は、俺の耳元で「店には内緒よ」と囁くように言った。この、「店には内緒」という背徳感が、快感を増した。さすが、客を夢中にさせる術に長けている。女の子は、俺に触られて感じている素振りを見せていたが、それが演技なのは、童貞の俺でもわかった。それでも俺は、この状況が楽しかった。この時点で、俺の約1日分のバイト代が消えていたが、出費を惜しんでいる余裕はなかった。女の体って、こんなに触り心地がいいものだったのか…。そして、この状況を楽しみながら俺は、こう思った。
身の丈に合わない目標を頑として変えない幼馴染は、一体どこに向かおうとしているのか…。
そう考えながらも俺は、夢中で女の子の体を触り続け、女の子は俺の腕の中で、感じる演技を続けていたのだった。
その時、彼の部屋にある問題集は、新品同様のままだった…。
=つづく=