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夜明けには知らないきみと  作者: つゆり
第1章 ひるなかの彼
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6 おなじく能力を持つひと

 店を出て、ふたりは電車を乗り継ぎ二十五分ほどだという保科のマンションへ向かった。


(わたしがふだん使うのとは反対方向の電車なんだ。こっちのほうはあまり行ったことがなかったなあ。この景色をみながら保科さんは毎日帰っているのか……)


 と、最初のうちは浮かれていられた。しかし六つ目の駅で地下鉄に乗り換え、空いていたひとりぶんの座席を譲ってもらい、立ったままの保科と会話が途切れたところで、急に椿は冷静さを取り戻した。


(わ、わたし……、任せてくださいとか、いってなかった……?)


 酔いが覚めてきたせいだろう、大きくなっていたきもちはすっかりしぼんで、いまでは安請け合いした数十分前の自分を殴りたくてたまらない。


 〈ひとではないもの〉がみえる。それは決して嘘ではなかった。しかし幼いころの話だ。


 ふだん目にうつるひとびとを群衆としてしか認識しないように、その存在は椿にとって景色の一部分でしかなかった。ぱっと見はひとと変わらない、けれどじっと目を凝らせば明らかに違うと感じるなにか。


 異質ではあるものの〈彼ら〉はそこにたたずんでいるだけで、危害を加えられたことなど一度たりともない。だれにでもみえるものではないと気づいてからは、周囲を驚かせないよう配慮する必要があったけれど――人に話しかけるときや、列に並ぶときは特に、目のまえにいるのがふつうの人間なのかよく確認しなくてはならない――慣れてしまえば不便とも感じなかった。不思議を不思議と素直に受け入れていたのだった。


 小学校に入学し、大勢と接するようになってはじめて、他人と違うということは恰好の標的になるのだとおもい知る。


 認知ができるだけで、接触はおろか会話ができるわけではない。いくら説明しても無駄だった。


 うそつき。みえるというなら証明しろ。


 おなじ人間同士だというのに、まったく言葉が通じない状況に頭がくらくらした。〈彼ら〉よりもこのひとたちのほうが、よっぽど遠い存在に感じる――。日々ちいさな衝突とストレスが蓄積されていき、ある日、いままではっきりと区別できたはずの両者がないまぜになってしまった。


 〈ひとでないもの〉には顔がない。正確には、あるかどうかわからない。顔に意識を向けたとたんぼやけてしまい、細部に焦点が合わせられなくなるからだ。目印ともいえるその現象が、すべてのひとにあらわれるようになっていた。いつも接している家族でも、先生でも、友達でも、顔を確認しようとするとたちまち輪郭があいまいになってしまう。椿は混乱し、失敗をおそれてしだいに誰とも話すことができなくなった。


 幸運だったのは〈ひとではないもの〉ともうひとつ、認知できるものがあったことだ。


 〈おなじく能力を持つひと〉


 そして椿は、小学校入学まえに叔母がいった「もしものときは、わたしを頼ってね」という言葉の意味をようやく理解した。叔母は、この事態を予見していたのに違いない。彼女はただひとり椿が会ったことのある〈おなじく能力を持つひと〉だったから。


(あのときもらった魔除けのペンダント。これがあれば顔のない存在は決して寄りつかないんだと信じられたおかげで、ふたたび人間の顔を判別できるようになった)


「本当はあなたにペンダントなんて必要ないの。ツバキの木には邪気を祓うちからがある。椿の名は、あなたを守るよう願いをこめてつけられたんだから。あなたがそばにこないでほしいと願うなら、自然とそれは叶うんだよ」


 叔母の言葉どおり、ペンダントをはずしてみても魔除けの効果は消えなかった。以来〈ひとではないもの〉の姿をみていない。小学校卒業を境に十三年ものあいだずっと――。もちろん当時の椿はごくふつうの生活を手にいれよろこんだのだが、いまこの状況となっては、長い〈彼ら〉の不在が気がかりだった。


(魔除け、という言葉を鵜呑みにして、わたしのまわりにそういった存在が寄りつかなくなったのだとおもっていた。だけどもしかしたら体質自体がなくなっているのでは。身のまわりに存在しないからみえないのではなく、存在していてもみえていないのでは……)


 だとしたら、今回の依頼にはまるで力不足だ。不都合なものを遠ざけようとするばかりで、自分の体質について一度も深く考えてこなかった。それが先延ばしにした夏休みの宿題のように重くのしかかってきたのだった。


(ウワサだけだったコピーさん騒動とは違い、今回は物が不自然に動くという現象がある。なにかしらの原因があるんだ。それが〈ひとではないもの〉なら、それがそこにいるのなら、わたしにはきっとみえるはず……)


「井ノ瀬さん、この駅で降りますよ」

「……はい」


 試験会場に赴くようなきもちで、椿はホームに降り立った。


 地下鉄の駅を出て、歩くこと五分。六階建てのマンションだった。オートロックの自動ドアを抜けてエレベーターに乗り、三階の角部屋。ドアを開けると、短い廊下の右側にシンプルなキッチン、左側には、おそらくトイレと浴室のふたつのドア。そして正面のドアの向こうに、広めのワンルーム。


 そこへたどりつくまで、椿は全神経を集中させ、周囲にくまなく目を向けつづけていた。

 そしてそのときは来た――。


「どうでしょうか?」

「……な、なにも、みえません~……」


 椿はちからなくその場にへたりこんだ。

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