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第5話:遠くの知らない誰か、あるいは身近な誰かの話

 ヒナ先輩と電車で移動する。

 それなりに人がいるためか、いつもの元気な様子は控えていて、ちょこりと席に座って電車に揺られている。


 ……鷲尾と佐伯の反応は過剰だが、こうして見ると確かに可愛らしい人だと思う。


 俺が見ていることに気がついたのか、ヒナ先輩は照れたように笑う。


「どうしたの?」

「ああ、いや……あー、空間系スキルってやっぱり珍しいんですね」

「ん、そうだね。私が知ってる限りだともう一人だけかな」

「いることにはいるんですね」

「うん。『麻薬王』『世界に勝った男』『ハンド・ポケット』……通称、J(ジャック)・ポケットマン。知ってる?」


 いつもと違い控えめな声で彼女は話す。


「いや、不勉強で」

「ふふ、私は常日頃から勉強を欠かさないからね。昨日もその人について調べたから寝不足だよ」

「昨日調べたのかよ……。どんな人なんですか?」


 ヒナ先輩は少し咳をして喉を整えてから話していく。


「J・ポケットマンの持つスキルは『ポケットの共有』というものだった」

「ポケットの共有? なんかさっきまでの二つ名に比べてしょぼいですね」

「そうだね。効果の規模は同じ空間系スキルでも、トウリくんよりもだいぶ劣ってると思う。けど、スキルがまだ広まっていない過去の時代ではそれでも驚異的だった」


 パチリとした切れ長の二重まぶたを瞬かせる。

 いつもはコロコロと表情が変わっていて分からなかったが、真面目な表情をするとその顔立ちの綺麗さが際立って見えた。


 薄桃の唇が小さく動く。


「彼は何人かの協力者とともに麻薬の運び人を始めた。普通ならすぐに捕まるけど、彼のスキルでポケットの中身を協力者に移動させたり、逆に協力者のポケットから麻薬を抜いたりして、スキルへの対策がなかった空港職員や警察の目を掻い潜ったんだ」

「……悪いことしますね」

「それで一財産を築いた彼は、人のポケットに盗聴器を忍ばせたりして人の弱みを集めていった。時には爆弾をポケットに移動させてバーンって爆発させたりね。……驚異的な力だけど、何よりも彼が凄かったのは、自分の正体を隠し通していたんだ。何者かも分からない人にいつのまにか殺されるかもしれない。マフィア達は怯えて、あるいはポケットマンの有用性に気づいて、彼に服従していった」


 電車の揺れに揺られてぽすっとヒナ先輩の肩が俺にぶつかり、少し照れながら話を続ける。


「協力者、いや、部下を得れば得るほど彼の能力は真価を発揮した。彼のよくやる手口は相手のポケットに脅迫の手紙を仕込むことだった。その手紙の内容に背くと部下達が倒しにいく。従えばポケットマンの部下の仲間入り。そうして、恐怖によって地域を支配した彼は、政治に踏み込んでいった。秘密を握ることや直接的な脅しなどを駆使して、国の機関を乗っ取って自分に都合のいい法律を作っていった」

「……それでどうなったんだ」

「とても、態度の悪い人が大統領選挙に出たんだ。ポケットに手を突っ込んで演説するようなね。そして、本来なら誰も投票しないような彼が当選……」

「終わりだろ、その国」

「そうだね。……それで、その大統領就任の演説のとき。みすぼらしい格好をしたおじいさんがテクテクと、大統領の前にやってきたんだ。そして銃を取り出した」


 彼女は人差し指と親指を立てて、手で銃の真似をしながら俺に向け……それから、スッと自分のこめかみに当てた。


「──『世界よ、私の勝ちだ』。そう言ってそのお爺さんは自分を撃って死亡」

「……へ?」

「その大統領はすぐに辞任して、それからポケットマンらしき犯行は一切なくなって国は元に戻っていきましたとさ」

「……何がしたかったんだよ。ポケットマン」


 俺がそう言うと、ヒナ先輩は少し物憂げな表情を浮かべる。


「さあ。……世界が嫌いだったんじゃないかな。……なんてね」


 俺がぼーっと見ていると電車が止まり「わわっ」とヒナ先輩が立ち上がる。


「こ、この駅だった。話に夢中になってた」


 慌てて二人で駅に降りて、はぁー、と息を吐く。


「あっぶなかったー。ごめんね」

「ああ、いや……興味深かったですね」

「真似しちゃダメだよー」


 ヒナ先輩は俺を揶揄うようにそう言うが……。


 最後の表情。「世界が嫌いだったんじゃないかな」と言ったときのその横顔を思い出すと……今の真似をしたらダメという言葉は、もしかしたらそれなりに本気のものなのかもしれない。


「ん、どしたの?」

「……いや、なんでもないです」


 電車から降りたからか、声はいつものトーンに戻っていて楽しそうだ。

 ……真剣に見えたのは気のせいか。


 それから少し歩いて、やたらと大きなキャンパスに着く。


 行き交う生徒はもう大人に見える大学生から子供にしか見えない中学生と幅が広く、物珍しさに目を動かしているとヒナ先輩に服の袖を引かれる。


「こっちこっち」と連れて来られたのは随分と古い……厳かな建物で、嗅いだことのない独特な臭いがする。


「よし、じゃあこの辺りかな。みんなを出してくれる?」


 俺が頷きながら【404亜空間ルーム】の扉を開けて中を覗き込むと……。


「キレてる! キレてるよっ!」「ナイスバルク!」「もはや大胸筋がメロンパン!」


 テッカテカのマッチョが海パン一丁でポーズを決めていた。

 俺は扉を閉じた。


「えっ、なに、どうしたの?」

「いや……なんか、こう、スキルが暴走して悪夢の世界に繋がったらしくて」

「えっ、なにそれ怖い」

「……幻覚だと思うんでもう一回開けますね」


 ゆっくり、ゆっくりと、扉を開けていく。


「まるで黒豹のようなしなやかさ!」「山脈! 山脈がポーズとってるよ!」「グラム当たりの単価が金を超えてるだろ、その筋肉!」


 俺は再び扉を閉じる。


「と、トウリくん?」

「……俺のスキルはもうダメです。もうスキルは封印します」

「ど、どうしたの?」

「いや……半裸のマッチョがポーズを決めてて……」

「あー、片山くんかな。高柳くんか前田くんかも。大丈夫だから安心していいよ」

「ポージングしてる半裸のマッチョの該当者が複数いることに何の安心要素があるんですか……?」


 と言いながら扉を開ける。


「おーい、みんなー、着いたよー」

「んー、ああ、今いく」


 ドタドタと半裸のマッチョがやってくる。いや、服は来てこいよ。


「もー、ボディビルはこんなときにやっちゃダメだよ、高柳くん。トウリくんが驚いてたよ」

「はっはっは、すまない。みんなが退屈していたから少しでも楽しませようとね」


 楽しくはないだろ。と、ツッコミを入れたくなったが、結構盛り上がってたしな……。

 と考えていると高柳と呼ばれた男に肩を叩かれる。


「ふむ……改めて見ると結構鍛えているな。感心感心」

「ああ、ありがとうございます。……服の上からよく分かりますね」

「まぁ俺ほどの筋肉からすると、なんとなく分かるものさ」


 他にも続々と部屋から出てきて、周りの景色を見て驚く。


「うわ、マジでキャンパスまで来てる。すげ」

「揺れとかも一切なかったのに不思議だねー」

「はーい、じゃあ昨日決めた通り、みんなもらってきてね。集合時間は……1時間後の15時ぐらいで」


 ヒナ先輩の声と共に散り散りに移動していく。


「よし、じゃあ私達もいこっか。えーっと、トウリくんのスキル的に……保存食の研究してるところとか行ってみる?」

「俺に合わせていいんですか?」

「いいのいいの。買い逃しがあっても近いからまた来たらいいし、それにさ、トウリくんってウチのギルドに入るつもりないでしょ?」


 ぴょこぴょこ、先輩の長いサイドテールが動く。

 これも勧誘の一環だと思っていた俺の不意を突かれて思わず返事が遅れると、ヒナ先輩は「やっぱりー」と笑う。


「うちのギルド……というか、一人でやるつもりでしょ」

「……なんで分かったんですか?」


 ヒナ先輩は作ったような演技めいた笑顔で俺を見つめる。笑顔なのに、少し寂しそうに見えた。


「んー、似てるからかな」

「誰にですか?」

「J・ポケットマン。……もしくは、私に、かな。……ほら、入学初日にダンジョンに突っ込んだりするところとか!」


 わざとらしく大きな手振りの先輩。


 俺は金がないからこの学校に来たし、入学初日からダンジョンに向かった。

 金がないのは親が死んだからだ。


 ……だからというわけではない。

 不幸自慢をするつもりも、社会への不平不満を語るつもりもない。


 けれども少しだけ彼の気持ちは分かるのだ。


「……君のことは、特別心配でさ。だから、いい場所は教えておきたいなって、迷惑かな」


 作った楽しそうな表情の奥に見える不安げな少女の瞳。


 俺に共感するところがあるから余計に、心配に思うのだろう。


 けれども、俺とヒナ先輩は知り合ったばかりだから『心配だから』と何かを強制することは不躾で、何か言うことは出来ない。


 グイグイと押しが強いのに、変なところで常識的だ。


「今日は甘えさせてもらいます。ありがとうございます」

「よかったー。余計なお世話だったかもって思ってさ」


 楽しそうなヒナ先輩を見て、少し思う。


 共感するところがあると、心配になるものなのだな、と。

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