ラピルの本性
高市早苗総理がどう見ても無理ゲーな首脳会談を見事に切り抜けたので、公太郎にも無理難題を押しつけることにした。
とはいえ、切り抜けたと言っても相手は思い付きでしゃべるトランプ。
近々まためちゃくちゃなことを言いだすのは確定的に明らか。
しかし高市さん、トランプをほめる時、歯が浮くようなというか、「自分でも言ってて恥ずかしいわ」と思ってる感が正直声に出てた気がする。
もっと本心から言わないと、そのうちおべんちゃらとバレてしまうかもしれない。
にらめっことかして羞恥心を抑える訓練をしてみたらいいのではなかろうか。
たとえば習近平とかと。
ちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこ…
右から左に流れていくちんこ。長いちんこ、短いちんこ。太いちんこ、細いちんこ。まっすぐなちんこ、曲がったちんこ。重たいちんこ、軽いちんこ。伸びたちんこ。縮んだちんこ。上品なちんこ、下品なちんこ。
公太郎は鼻先に並んだ、いろんなちんこを見ていた。ひとそれぞれ好みはあるけど、どれもみんなやわらかい。
だがやがてすべてのちんこは、この中で誰が一番だなんて争い競うように、公太郎の手の中で誇らしげに、しゃんと固くなっていく。
────無だ。無になろう。俺はちんこを握るマシーン。無心で、解呪につとめるのだ…
公太郎は、ともすれば己の心が今の自分の有様に、その作業に、何か疑問を持たぬよう、感情を閉じることに務めた。いかな暴風が吹き荒れる中であろうと、波風立たぬ澄んだ鏡のような水面の心、即ち明鏡止水。公太郎は不動の心と共に、ベルトコンベヤーによる流れ作業よろしく、握っては固く、握っては固く、とルーティーンワークで次々ちんこを処理していく。
その目はちんこを見ているようで、見ていない。焦点はちんこを通り過ぎた、その先の空間に合っている。なぜなら…などと言うまでもないが、他人のちんこなど、すき好んでまじまじとなど見たくないのだ。
武術の達人は、相対する相手のみではなく、場の空間そのものまで視野と意識を広げ、不意打ちに備えるそうだが、はからずしも公太郎は、ちんこを前にその境地へと到達していた。
…が、気がつけば数々のちんこたちが、そんな公太郎をあざ笑うかの如く、ぐるぐるぐるぐるぐるぐる周りを駆け巡っている。
あと何人、あと何本のちんこを固くすれば、この地獄から解放されるのか。公太郎の目尻から、自然と涙が一筋こぼれた────
「うー…」
いつの間にか眠っていたらしい。悪い夢に現でも涙がこぼれたことで、公太郎は目を覚ました。うなされてたわりには、まぶたが濡れたこともあり、思いのほかすっきりと目が開く。すると、すぐに見知ったメイド姿の女性と視線が交わった。
「ラピル…さんー…?」
「おはようございます、ハムタロ様。よく…お休みでございましたね」
妙齢の女性らしい、たおやかなお山の向こう側から、ラピルがこちらを覗きこんでいる。その顔が上下反転していることから、また、公太郎の頭の左右をやわらかくも弾力のある温かい感触が包んでいることから、公太郎は自分がラピルに膝枕されているのだとすぐに気がついた。
普段の公太郎であれば、赤面し、慌てふためき、即座に飛び起きるようなシチュエーションである。しかしこの時、公太郎はにじりとも動かず、自身の頬をそっと撫でるラピルの指の感触にうろたえもせず、ただ彼女にされるがままとなっていた。
徹夜での過酷な解呪作業に精根尽き果て、指一本たりとも動かしたくなかったからとか、目覚めたばかりで半ばまどろみ、夢幻の心持ちにあったからというわけではない。むしろ公太郎の頭は、全身を蝕む重たい疲労感とは裏腹に、自分でも不思議なほど明瞭であった。
日の差さない、天蓋あるドワーフの地下城塞ゆえ、窓から差し込む光は魔法由来のものだ。だからそれを朝日と呼ぶのは正確ではないかもしれないが、ともかく、窓を背にしたラピルは朝日から逆光となっており、薄暗い部屋とのコントラストも相まって、顔に深い影が差している。
決してそれでラピルの表情がまったく判別できない…というわけではない。だが公太郎は、影が彼女の顔全体に黒いベタを塗りたくってるような印象を受けた。ありていに言うなら、ジョジョ3部のDIOが最もイメージに近い。
そんな影に隠れた彼女の面の中、メガネの奥にある瞳はさらに暗く、そこに真っ黒な穴が開いてるように見える。まるですべてを吸い込む底のない深淵ような、一抹の感情すら映さぬ、昏く冷たい瞳。揺らぎのない瞳孔は、朽ち果てた洋館に置き去りにされた不気味なフランス人形を思わせる。
────たぶん、これがラピルの素なんだ。
公太郎はまぶたを開いてから、そんなラピルのおぞましいほど冷ややかな眼差しに、しかし釘付けとなっていた。
そういえば、初めて彼女と出会った時も、自分に向けられた視線はこんな感じだった気がする。
楚々として穏やかなラピルは、彼女が演じている仮初の姿にすぎない。この闇を宿した姿こそがラピルの本質なのだという予感が公太郎にはある。どうして今、その素を自分に晒しているかは知らないが。
「…薄々そうじゃないかなって思ってたんですけどー。ラピルさん…あなた、本当は俺に興味とか無いんじゃないですかー?」
「まぁ…」
公太郎の指摘に、ラピルがアルカイックスマイルの薄い笑みで応える。
「どうして、そのようにお考えなさるのでしょう?」
「そりゃあ…なんとなくー?でも…見てればわかりますー、なんか不自然だからかなー、いろいろとー」
「不自然…」
公太郎からすればそもそも論として、初対面の関係で、前振りもなく、平然と婚約するところからおかしいのだ。それでも、心酔するリュナとずっと共にありたいという想いを聞いて、まあ…そういうこともあるのかと無理やり納得してきた。が、やはり心に刺さった違和感はどこかぬぐえず、今こうして素の彼女を前にしたことで、確信へと昇華していく。
「俺に…と言いましたがー、おそらくあなたは、何にも興味が無いー。違いますかー?」
大方、自分にすらも…だろう。だからこそ、易々見知らぬ男と婚約…などという話が平然とできるのだ。本来、そんなことは自分を大事にする者、自分に価値を見出す者のやることではない。自分の行く末すら傍観し、人生の伴侶すら他人の基準を基に決めてしまう。それほどラピルにとっては、この世の何もかもがわずらわしく、どうでもいいということなのかもしれない。…だからこれは、あるいはまさかなのだが、もしかすると、リュナへの敬愛すら、フリなのかも…
「びっくり、いたしました」
そうは言いながらもラピルは不動で、どう見ても言葉ほどにはびっくりしていない。ハイライトの消えた目をした彼女は、態度も言うこともどこか空々しく、嘘っぽく、こちらの背筋がうすら寒くなる恐ろしさがある。
だが公太郎は、一方で、今のラピルともう少し話をしてみたいという欲求に駆られた。本来の彼女と語り合う機会が得られたというのもあるが、単純に未知なる者、ミステリアスな存在に興味がわくのだ。
「以前、同じようなことをリュナ様にも言われたことがございました」
「リュナにー…」
「わたくし、僭越ながら…これでも世渡りは上手な方でございます。幼少の頃より、本心はうまく隠して生きてまいりました。本当にいい子だったんですよ、わたくしは。だって…いまだこの性分は、両親にすら知られておりませんし」
「…世渡り上手ー」
ラピルの本人評に、公太郎は「妙だな」と感じた。
たしかリュナの話では、ラピルは婚約の話が出ても、心を読むような恩寵ゆえ、いずれも相手側に嫌がられるとかではなかったか。…果たしてそれを世渡り上手というのだろうか。
「いでででっー!!」
瞬間、ラピルの指が公太郎の頬をつねった。結構容赦なく、思いっきり力が込められている。
「べ…別に、何も言ってませんがっー。計算しましたー?ってか、離してーっ!!」
「わたくしとて、見ればわかることもございます。あれは、わたくしが結婚など興味などありませんでしたので、あ・え・て、そう仕向けたまでですから」
ラピルは拗ねたような表情を作り、公太郎の頬を解放する。たぶんそれも演技だろうが、頬は普通に痛かった。
「…ですのに、リュナ様ったら、いとも容易くものの見事に、わたくしの醜悪な素顔を看破なさいました。まだ学生の時分でしたが、あの時のわたくしが受けた衝撃といったら…ふふっ、今でも思い出すと笑ってしまうくらいでございます。優等生ぶってたわたくしの、あのみっともない狼狽ぶりといいましたら、それはもう…ふふふっ。思いますに、リュナ様とわたくしは本質が似ておりますので、本能的にわかってしまわれたのでしょうね」
「本質ー…」
いや、全然似てないだろ、と公太郎は思ったが、今度は顔に出ないようにスルーした。またつねられたら嫌だし、なんかラピルはイメージしてたよりずっと力が強いし。
……と思ってたら、上からラピルに覗きこまれ、見透かされ、やっぱりつねられた。
「いででででー!!」
「おわかりになりませんか?わたくしたちは共に、内なる虚無を抱えておりました。リュナ様は顔に負った癒えぬ傷痕に、わたくしは日々のあまりの退屈さに、どうしようもないと諦観した者同士なのです」
「いた、たっ…退屈…というのは、やはりラ…ラピルさんの恩寵に関係しますかーっ!?」
ぎゅうぎゅうねじられて涙目の公太郎に満足したのか、ラピルが薄っぺらくにこりと笑い、手を放す。
────チャ、チャンス!!
それを見計らい、公太郎は「つねられるのはもう勘弁」と身を起こそうとしたが、しかしラピルの手によってあっさり押しとどめられてしまった。
────うおおおお、動けんー。
ラピルが手にかける力はそれほど強くない。だというのに、人体の構造の要点を制されてるのか、公太郎は歯を食いしばってみても全く身動きができなかった。昔、就寝時に金縛りにあったことがあるが、ちょうどそれに似ている。首から下が無くなってしまったような、気合いや根性ではどうしたって覆らないお手上げ感がある。
どうやら、ラピルは話が終わるまで、解放してくれる気はなさそうだ。
起き上がることを早々に徒労と諦め、公太郎は再びラピルのされるがままになることにした。…まあ、ラピルの太ももは柔らかいし、いい匂いがするから、別にそれならそれで不満は無い。なんならこのままもう一眠りしてしまおうか。
ともかく。
────虚無になるほどの退屈か
さもありなん…と公太郎は首肯した。
『眼鏡越しに見通す悪魔』は、大変便利である一方、持つ者…ラピルからすれば、つまらなさもここに極まれり、というしろものに違いない。なにしろ目に映る事象、全ての行く末が、彼女の計算した通りとなるのだから。
言うなれば、あらゆることを常にネタバレされてるようなものである。大谷翔平の打球がホームランになるのか、バットに当たる前からわかってたら、打球の角度や勢いで膨らむ期待感を味わえなければ、そりゃあ、退屈にもなるだろう。
そう考えれば、ラピルもまた己の恩寵に悩まされる者なわけで、この点においては、なるほどリュナと似ていると言えなくもない。
ということは。
「…ラピルさんも、恩寵を変えられるなら変えたい、ってことー?」
「とんでもございません。わたくしのような性根の卑しい者は、他でリュナ様のお役に立てませんから。とうに受け入れております、退屈も倦怠も、わたくしが支払う当然の代価として」
公太郎の問いに、ラピルは首を横に振って否定する。だがそれは受け入れているというより、彼女自身の言葉を借りるなら、諦観だろう。
「俺はラピルさんが役に立てないとか、そんなこと無いと思い…」
思いますけど…と言いかけて、公太郎は「あれ?」となった。自分を見つめるラピルの瞳に、わずかな、まばたきをすれば消え去ってしまいそうなほど小さな光が差している。姿勢や角度が自分を押さえ込むために変わって、窓からの朝日が反射してるのだろうか。さっきまで死んで腐った魚の目をしていたのに…
「いでででででっー!!」
三度頬をつねられた公太郎が泣き叫ぶ。ラピルの力加減には今度も全く容赦がない。
「…ですが、恥ずかしながら…わたくし、ちょっとだけ、ほんの少し、ハムタロ様に期待しておるのです。わたくしと同じく虚無に蝕まれたリュナ様を、お救いになったあなた様に。…いいえ、ご安心ください。なにも、わたくしも救ってほしいなどとは、一欠けらも考えておりません。…ただちょっぴり、いつかどこかで、たとえわずかであっても、わたくしを楽しませてくれることがあるのではないかと」
「ひーっ」
そう言いながらも、公太郎をいじめるラピルはすでに十分楽しそうなのだが、そこを指摘すると…どころか、そう考えただけでもさらに指に力が入りそうで、公太郎は心を無にすることにした。幸い、無心となる手法には心得がある。明鏡止水は昨日徹夜で身につけた。人間万事、塞翁が馬とはこのことだ。
「申し上げておきますが、わたくしの醜い本心が、殿方を…いえ、他人様に興味を…といいますのは、そうそうあることではございません。なにしろ、これまでリュナ様ただお一人。あまりの珍しさに、わたくし自身が驚いております。ですから、先ほどのハムタロ様のお言葉は、誠に僭越ではございますが、訂正させていただけますでしょうか。わたくしは、ハムタロ様に、興味がございます」
ラピルは頬を赤く染め、もじもじとしながら公太郎の頬を引っ張ったり撫でてみたりしている。
「けれども、それだけに、わたくしは大きな不安を感じております。今日より未来のある日、この期待が裏切られてしまったら、あるいは…そう感じてしまったら、わたくしは己を御することができるでしょうか。人は全く希望がない時よりも、わずかな希望が手に入らない時にこそ真に絶望するもの。今、わたくしには予感があるのです。ハムタロ様がもしも、わたくしを少しも楽しませられないその時は────」
コンコンッ。
ラピルの言葉は部屋の扉をノックする音に阻まれる。一拍置いて、ガチャリと開いた入口から上機嫌のイリスが入ってきた。
「あっ、ハムタロ!!起きてましたか、おはようございますっ!!」
「お、おはよう…イリスー」
イリスは元気よく挨拶をしてくれる。さすがにラピルもイリスの前とあっては強引に話を続ける気は無いようで、解放された公太郎はようやく身を起こせた。だがすぐにイリスは公太郎の頬が赤くなってることに気がつき、キョトンとする。
「どうしたんですか、そのほっぺた。真っ赤ですよ?」
「い…いやー、それが…」
どうしたもんかと公太郎は己の頬を撫でながら困ってしまった。イリスに事の真相、ラピルの素顔など、どう説明したらいいかわからないし、言うつもりもない。…というか言えないのだ。なにせラピルはイリスから見えない角度で公太郎の背中の肉を優しくつまんでいる。当然、「バラしたらどうなるかわかってるな?」という無言の圧力が指先にかかっていた。
「ハムタロ様はどうやら、少々寝違えてしまったようでございます」
「寝違え…?ああ、椅子で寝ちゃってましたもんね。傷薬…湿布の方がいいかな?鞄から出しましょう」
ラピルの相当に適当な説明を、素直なイリスが真に受けて、魔法鞄をあさりはじめる。
「だ、大丈夫だよイリスー。ほっときゃ治るからー。ほら、回復魔法だってあるしー」
「そうですか?痛かったら遠慮せずに言ってくださいね?」
裏表もなく、打算もなく、ただ優しいイリスの心遣いに、公太郎は心が洗われる気分になった。特にラピルのような腹黒に散々つねられた後ではなおさらである。…などと思っていたら、つままれた背中の肉が回転し始めたので、公太郎はあわてて再度明鏡止水の境地へ突入し、心を無にした。
「…あ、いけないっ!!わたし、ハムタロにお礼を言いに来たんですっ」
鞄を閉じたイリスが、興奮気味に握り拳を上下にぶんぶんする。
「お礼ー…?何の?」
「解呪の、に決まってるじゃないですか!ありがとうございます、ハムタロ。おかげでドワーフさんたちが、わたしたちに協力してくれるそうです!!…まさか、そこまでやってくれるなんて!!」
「あ、ああー。そうなんだー、そりゃあ…よかったー。ガンバッタカイガアッタナー」
「はいっ、さすがはハムタロ、すごいです!!」
イリスは満面の笑みでほめてくれたが、当の公太郎としては、どこか後ろめたい気分であった。
なぜなら。
────い…今の今まで、ドワーフのことなんですっかり忘れてたな…
公太郎はこめかみを押さえるフリをして、イマイチうかない顔をイリスから隠す。
どうにも起きてからのラピルの印象が強すぎて、肝心の事がどうなったのか、すっぽり頭から抜け落ちてしまっていた。うまくいったなら結果オーライだろうが、尻切れトンボというか、どこか無責任というか、最後までやり切った感じがしない。
「それで…今後のことをドワーフさんたちと早速打合せしたいんですが、ハムタロ…起き抜けでしょうけど参加できます?」
「も…もちろんー!よし、がんばろうー!!」
「おーっ!…なんて、えへへ」
己の中に沸いたフン詰まりのような手ごたえを解消すべく公太郎が気合を入れると、そうとは露ほども想像してないイリスも嬉しそうに拳を突き上げる。
「では、わたしは先に行って皆さんと準備してきますね。…ラピル、お前はハムタロの身だしなみを整えてから一緒に来るように」
「かしこまりました、イリス様」
いつも通り楚々とかしこまるラピルにうなずくと、イリスは踵を返して部屋から出て行った。
二人きりに戻った部屋に帳のような静けさが降りてくる。別段気まずい沈黙というわけではないが、それでもどちらともなく無言でいると、不意にラピルがふっと笑った。
「御髪に少々寝癖がついております。鞄の櫛で梳かしましょう」
だがラピルは言葉とは裏腹に鞄へは目もくれず、公太郎の背後へ回り込むと、首筋へと絡みつくように腕を回しはじめる。
「…します」
「えー…?」
公太郎の背中に密着したラピルが、何事かを囁いた。
「殺します」
「…なんですってー?」
聞き返す公太郎にラピルはさらに顔を近づけ、ついには耳たぶを甘く噛んでから、はっきりと告げた。
「わたくしの期待を裏切った時は、ハムタロ様を殺します」
「コ、コロ……!?や、やめてくださーいー!!」
間近で見たラピルは、慈母のように優しく微笑んでいる。しかしラピルが舌でぺろりと舐めた彼女の唇は、ひかれた赤いルージュが妖しく濡れ光り、漏れ出た言葉が冗談ではないことを公太郎へと印象付けた。
だが。
「ぐ、具体的には、いつまで…とかあるんでしょうかー?」
それは公太郎からすれば、至極当然の問いであった。純粋に、タイムリミットがあるなら事前に知っておきたいという、ただそれだけの事である。
「まぁ…っ」
けれどもラピルは、公太郎が出会ってからこれまでの時間の中で、間違いなく最も意外そうな顔…まさに鳩が豆鉄砲を喰らったような貌をした。
「ふ…ふふ、ふふふっ…。で、できない…とは、おっしゃらないんですね。ふふふっ、やはり…ハムタロ様は、面白いお方…」
なにかツボに入ったのか、ラピルが必死に笑いを噛み殺しながら肩を震わしはじめる。その様をしばらく公太郎はポカーンと眺めていたが、やがて重大なことに気がついてツッコんだ。
「いや、めっちゃ笑ってますやんー。じゃあ、それでよくないですー?」
「ダメでございます」
あっさりと命が助かった感を出した公太郎に、しかしラピルは真顔でダメ出しをした。
それはどう考えてもレギュレーション違反である。
だが、訴えてもつねられそうだったので公太郎はしぶしぶ諦めた。
TIPS:ラピルの恩寵が「眼鏡を通して見通す悪魔」から変わってるのは、10文字以内でないとルビがふれないからというシステム的な問題から。




