解呪の後
諸事情から…というほど大した事情でもありませんが、ほとんどイリス視点で書くことになりました。
そのため、公太郎の表記がところどころハムタロへと揺れてます。
ややこしくなるだけだから、呼び方なんて2通りにするんじゃなかった…
ところで、気がついたら3月になってました。たしかちょうど1年前に書き始めた記憶があります。
たしかエピックシックスだかセブンだか言ってた気がしますね。
そのうちの一人が習近平。
習近平、まだ読んでくれてるのかなあ。
「ハムタロッ!!ど…どうしたんですかっ!?」
ドンズの解呪の翌日、公太郎を迎えに来たイリスが絶句した。
ガレラが押し開いた扉の先、薄暗い部屋の中心で、公太郎は目蓋を閉じて力なく椅子へともたれかかり、抜け殻のようにうなだれている。
「ハムタロさま…」
イリスの呼びかけにピクリとも反応を見せない公太郎に、後から付き従っていたラピルも言葉を失った。
────まさか…
不吉な予感が背筋を奔り、イリスが真っ青になる。
────『淫魔の呪』について、ハムタロには事情を聞いてくれるだけでいいと思ってた。でも、わたしは浅はかだったかもしれない。ハムタロのことだ、呪を解こうと無理をしたのだろう。
前に、誰かから少し聞いたことがある。呪は解呪しようとすると、その者にも反射して襲いかかることがあるらしい。
もし…『淫魔の呪』がハムタロに反射してたら、それが人間にとって命にかかわるものだったら、わたしは…ああ…どうしようっ!!
「ハムタロッ!!しっかりして下さい!!ハムタロ!!」
イリスは脇目もふらず駆けより、肩をゆすってみたが、やはり公太郎からの返事は無い。
燃え尽きていた。何もかも…魂までも尽くしたように、公太郎は燃え尽きていた。
────まるで…バルガの時と同じだ。
数年前の出来事が公太郎と重なり、イリスが泣きそうな顔になる。村一番の戦士グルガの父であり、誰からも尊敬されていた、あの偉大な老戦士バルガが天へ旅立った時とそっくりだ。
しかし。
イリスがおそるおそる公太郎の鼻と口へ手をかざしてみると、微かに吐息がかかった。
「息は…してる…。よかった…」
胸によぎった最悪の結末が杞憂だったことに、ひとまずイリスはほっと息をつく。
「…マナを使い切ってしまわれたご様子です。ハムタロ様の手に魔法の痕跡が…」
公太郎にすがりつくイリスに寄り添うようにラピルが腰をかがめる。しかしその言葉は最後まで紡がれなかった。
無残だったからだ。
公太郎の口元はかろうじてかすかな微笑を形作っているが、頬はやつれ、唇はひび割れ、肌はかさかさに乾いている。精も根も尽き果てるとはまさにこのことだろう。
その時。
「疲れてんのさ、あんちゃんは。徹夜だったみたいだしよ。寝かしといてやりなぁ」
背後からイリスたちに声がかかった。低くずっしりとした、バリトンの男の声だ。
「……え?」
かけてきた声の主に、しかし、振り向いたイリスは戸惑ってしまう。
部屋の壁際に、こちらへ背を向けたままのドワーフが一人、立っている。背中ごしで顔は見えないが、若い男だ。肩まである黒髪を雑にひとまとめに結び、力強く盛り上がった背筋がはじけそうな、がっちりとした体格をしている。
────…誰?…いえ、それよりも…どうして服を着てないの…?
困惑するイリスには目もくれず、なぜか上半身裸の男は太く発達した腕を、ああでもないこうでもないとしきりに曲げ伸ばしつつ、なにやら思い悩んでいるようだった。
「ど…どなた、ですか…?」
「…どなたぁ?」
イリスのどもりながらの呼びかけに、男がようやくこちらを向いた。
意志の強そうな太い眉に、ギラリと光る眼。大きな鼻に黒々と豊かな顎髭。掘りの深い顔が精悍な印象をさらに強めている。
男の背後には端のひび割れた古い姿見があり、どうやらそれに向かってポーズを決めていたようだ。…しかし、やはりイリスにはその男の顔に心当たりが無かった。
「眠たいこと言ってんなぁ。ここは俺ぁの家だぜ?魔王サマよぉ」
呆れたように頭をかいた男に、イリスの中でようやく正体の察しが付く。
「…ド、ドンズ…、ですか??」
「他に、いねぇだろうが」
ドンズは「おうっ」とサイドチェストをしながら応えた。パンプアップされた大胸筋がぴくぴくと震え、めまいを覚えるほどアピールが暑苦しい。
「そんな…、その姿は、どうしたのです?昨日のお前は、もっと…」
イリスは自分で目の前の男がドンズであると言いつつも、まったくもって腑に落ちていなかった。昨日の彼は枯れ木のようにやせ細った年寄りだったはずだ。
なのにこの自称ドンズときたら、巌のように全身ムキムキの筋肉ダルマで、皺だらけだった肌にはハリが満ち、どう見ても青年期後半の男である。
なにより…
「昨日、魔王様の前ではあんたハゲてたから、わからなくて当たり前だろう?」
イリスの疑問は、横から口をはさんだガレラによって代弁された。
「ああ…そうだなぁ。こんなにふさふさになったらわからねぇかぁ。それより…魔王サマ、見てくれよ、俺ぁの腕!!これぞドワーフの男の腕なんだよ。どうだ、立派だろ!?」
「は、はぁ…」
いっそう力を入れて血管の浮いた腕を見せつけられ、どうしていいかわからずイリスが曖昧にうなずく。
「これも、あんちゃんのおかげさぁ!!」
白い歯をのぞかせて、ドンズがニカッと笑った。そこに昨日の横柄でひねくれた老齢の男の影はまったくない。
「ほんと、ハムタロさんには感謝しかないねえ」
ガレラも夫の腕へ感慨深げに手を回し、そっと寄り添い微笑んでいる。
ドンズとは異なり、ガレラには外見の目立った変化はない。けれどもやはり、ガレラもどこかが変わったとイリスは感じた。
昨日の彼女からは、ドンズのような明確な敵意を向けられることはなかったが、『淫魔の呪』ゆえか、よそよそしい雰囲気があったのを憶えている。だが今日、それは嘘のようにどこかへ消え去ってしまっていた。
代わりとばかりに今は、立ち振る舞いや仕草にどこか余裕があるというか、もっと具体的に言えば、これはドンズも同じなのだが、なんだかテカテカしてるのだ。肌が。みずみずしく。
「ハムタロは…あなた達に、何を?」
十中八九…むしろ十中十でハムタロが『淫魔の呪』をどうにかしたことはわかる。けれども、彼らが一夜にして、こんなにも若々しく溌溂となった仕組みがわからない。
しかし。
「魔王サマよ、そいつは後にしてくれや。…おう、ガレラ。あいつらぁ、もう集まってるよなぁ?」
ドンズはイリスの質問には答えず、ガレラへ顎をしゃくった。
「とっくにだよ。…というか、あたしらが最後なんじゃないかね?」
「そうかよ。ならとっとと行くか。魔王サマ、ついて来てくれ。あいつらぁ、待たせたらうるせえからなぁ」
やれやれと肩を回しながら、ドンズがわけしり顔で、のしのしと部屋から屋外へと出て行ってしまう。
「え…どこへです?」
「行けばわかりますよ。さあ、魔王様もどうぞ」
聞いてみたものの、すでにドンズは部屋におらず、さらにガレラにも促されたが、「でも…」とイリスは逡巡した。
────まったく意味がわからない。状況から完全に置いてけぼりだ。行けばわかる…ではなく、きちんと説明してほしい。
なにより、ぐったりしたままのハムタロを、ここに残していくわけなどいくもんか────
首を横に振りかけたイリスへ、そばに控えていたラピルが耳打ちする。
「…イリス様、ハムタロ様はこのラピルにお任せください。どうぞ、彼らと共に」
「ラピル…」
眼鏡越しに目が合ったラピルはいつものように柔和な笑顔だった。察するに、把握する悪魔を持つ彼女には、事の成り行きが、すでに大体のところを読めているらしい。だったら教えてくれればいいのに、と口に出そうになったが、イリスは我慢した。
ラピルのことだ。必要であれば、こちらが言わずともそうしてくれるに違いない。そうしないのは、きっと自分の目で確かめ、耳で聞いた方がいいということなのだろう。
「…わかりました。ではラピル、ハムタロは任せます。疲れて寝てる…というのであれば、せめて寝具に移してあげてください。そこの魔法鞄に入ってるはずです」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ、イリス様」
イリスはラピルにうなずくと、公太郎の額をそっと撫でてから、ガレラを伴ってドンズの後を追った。
TIPS:ドンズとガレラは年の離れた夫婦ではなく、EDになったドンズが老け込んでただけ。人間で言うと30歳前後。大人になってないイリスにはわかるはずもないが、二人の肌がテカテカしてるのは、何十年ぶりに営んだからに違いない。




