その6:義兄 2
必殺技:しゅうううう きんんんん ぺええええええ
「話を訊いていただける根拠、それは…私がこの地の領民だから、ですー」
公太郎の主張に、フェルズは品定めをする顔になった。
「貴様が?」
「単純な話ですー。私はこの地の領主である『魔王』イリス様の従者ですから、この地に共に住みます。そしてイリス様の命に従い、この地のために働き、糧を得、税を納めることになるでしょう。ですので、私は今、この地の領民なのですー」
言いながら、公太郎は背中に冷や汗が流れた。
────我ながらかなり苦しい。「魔王イリスの従者=この地の領民」なんて式、どう考えても無理筋だ。なにしろこっちはこの世界に来て半日ほど。「イリスが魔王」に至っては、たった今、知ったばかりなのだ。
正直言って、公太郎は自分もよく知らない自社の新商品を、客前で適当にプレゼンしているような気分だった。
「フン、たかだか数時間前、従者となった人の身で、図々しくも言ってのけることよ。だがそこに目をつぶれば、たしかに理屈はそうだ」
やはりツッコまれたかと公太郎は内心舌打ちしかけた。が、意外なことに、フェルズは気づきつつも論理の弱さをあっさり流した。
これはフェルズという魔王の器の大きさゆえなのだろうか?あるいは、苦しい意見を並べるさまをサディスティックに楽しんでいるのか?今は判断つかないが、進むしかない。
「先ほどー、フェルズ様がイリス様から、この地を取り上げるとの話がありました。その理由を要約しますと『領民をないがしろにしたから』だったと記憶していますー」
「そうだ。ここはまともに作物が育たぬ地。冬も身体の芯まで凍てつき、長い。民は貧しく飢え、凍えている。『魔王』たる者、懈怠は許されぬ」
「……け、けたいー?」
話の流れ的に、「サボってる」とかそんな感じだろう。…たぶん。知らんけど。
公太郎はコホンと咳払いをした。
「そのお考え、ご立派ですー。であれば、フェルズ様は領民をないがしろにはされない。意見を受け入れるかは別として、領民からの弁明くらいは耳を傾けてくださる、そうですよねー?」
「……ふむ。まあ、筋は通っている。いいだろう。弁明とやらをしてみせよ。訊くだけは訊いてやろう」
フェルズが腕を振ると、眼前の獲物を焼き尽くさんと構えていた炎の不死鳥は、一旦上空へと解き放たれた。不死鳥は公太郎たちの頭上を大きく旋回すると、フェルズの肩に舞い降り、翼をたたんだ。……熱くないのか、あれ。
「ありがとうございますー。ではこちらをご覧ください」
公太郎はフェルズに一礼すると、魔法で育てたリンゴの木のそばまで歩み寄った。
「重ねて申し上げますがー、フェルズ様のお考えはご立派です。…ですが、やはり我が主『魔王』イリス様が領民をないがしろにしている、という点につきましては賛同できかねます。証拠がこの木ですー」
「…?その木がなんだというのか」
「この木は本日ー、私が育てました。イリス様にいただいた依頼により、イリス様にいただいた種を、イリス様にいただいた魔法で…ですー。言い換えるなら、イリス様が私を使って成した木なのですー」
途端、フェルズの顔に失望が如実に浮かんだ。
「貴様…まさか、『愚妹が木を一本生やしたから、以前より豊かになった、』などと屁理屈をこねるつもりではあるまいな?」
「正直に申しますと私はー、王都でイリス様より『花を植えるおてつだい』という依頼を受けた際、年相応の女の子らしいかわいい『お願い』だと思っておりましたー。しかし実際に、このやせた土地にやって来てみれば、どうもそういうメルヘンな話でもなさそうだ、と心に引っかかるものがあったのですー」
公太郎はハラハラと心配そうにこちらをうかがうイリスを眺めた。
「その違和感の正体は、イリス様が『魔王』というお立場にあることを知り、簡単に解けましたー。『領民をないがしろにしている』など、とんでもないー。イリス様は民のため、この地をどうにかしようと心を砕いておられたのです」
あんな小さな女の子が、魔王として、領主として、責務に向き合っている。心から立派だと思う。フェルズへの弁明はアドリブで紡いでいるが、これはマジの本心だ。尊敬してますよ、イリス様。
「さっき、フェルズ様はおっしゃいましたよねー?『この地は微塵も豊かになっていない』と。しかしながら、リンゴの木一本であろうと立派な成果です。実だってあんなにたくさん生ってますでしょうー?」
「……愚かな。愚妹の従者などしょせんこの程度か。バカバカしい。たかがリンゴの木一本で民が救えるか。フン、真に愚かなのは、付き合った私だな。時間の無駄であったわ」
フェルズは眉間にしわを寄せ、苛立ったように首を振る。
「私は…フェルズ様、『未来の話』をしているのですー。『希望の話』を。たしかに、今はたった一本の木。ですが、明日は二本、明後日は三本、いずれこの地は実りをもたらす楽土となるでしょうー」
「もうよいと言った!」
「……などと、悠長なことを言うつもりはありませんー」
「なに?」
「イリス様ー」と公太郎はイリスに向き直った。
「冬が来るまで、あとどれくらいですー?」
「えっ…冬、ですか?」
急に話題を振られたイリスが、あたふたと指を折りはじめる。
「そうですね、あと三ヶ月から遅くとも四ヶ月くらいかと」
「では三ヶ月でいきましょうかー」
「え…、どこに?」
公太郎は演壇で政治家が衆目にそうするように、両手をバッと勢いよく広げた。
「ここに街をつくりますー!誰も飢えず、凍えない街をー!!」
「えええっ!?」
公太郎の宣言にイリスが口を両手で覆って驚いた反面、フェルズはわずかに目を丸くしたものの、真面目に取り合う価値すらないという冷めた表情をした。
「目に余る愚かさよ。愚妹、その蒙昧な従者を下がらせろ。私に消し炭にされたくなければな」
「あなたにはできませんかー?」
「…なに?」
「あなたには三ヶ月で民を救うことができませんかー?フェルズ様。できないのであれば、私とイリス様にお任せなさい」
瞬間、フェルズの怒気が爆発した。
「愚弄か貴様!!戯言をっ!!」
フェルズの怒りを感じ取り、肩に控えていた不死鳥が大きく翼を開いた。翼から幾枚かの羽根が鋭く飛び出し、公太郎の周辺に突き刺さると轟と炎を上げる。
ザシュッ!
ついに一枚の羽根が刃となって公太郎をかすめ、左腕を浅く切り裂いた。公太郎は思わず「痛い!」と口から発しそうになるのを噛み殺し、冷静と平然を装った。
「ああっ!!ハ、ハムタロッ!?」
だが、代わりにイリスが悲痛に叫んだ。
悲痛な顔で駆け寄ってきたイリスに、公太郎は右手で「大丈夫だ」と合図する。
実際、傷は浅い。焼き切る刃なので、服は破れたが出血はほとんどない。ただ、やけどになって超痛い。
公太郎は『回復』魔法で速攻治療した。
「お、お待ちくださいお義兄さま!!ハムタロッ!いますぐ謝るのです!はやくっ!!」
「どけっ!」
「お義兄さまっ!」
公太郎をかばうようにイリスが二人の間に分け入ったが、フェルズによって手荒く押しのけられた。
「愚弄でも戯言でもありませんー。イリス様より賜った魔法であれば可能です。そうですね、納得いただくよう、ひとつ芸をお見せいたしましょうー。たとえばこんな『風』にー」
公太郎は人差し指を空に掲げると、ゴルフボール大の火球を作った。そこからさらに球体をどんどん大きくしていく。野球のボール、ソフトボール、バスケットボール、ダイエット用のエクササイズボール。
中身はすっかすかの中空だが、見た目だけは立派な火球ができた。
「児戯に等しい魔法で虚仮おどしなどやめろ。見苦しい!」
さすがにフェルズは見せかけの火球のからくりを即刻看破したようだ。
しかし…。
「私の故郷の近くにはー、習近平という偉大な指導者がいる国がありまして、そこの古い言葉にこういうのがありますー」
公太郎は火球を火の文字列へ形状変化させた。
『彼を知り己を知れば百戦殆からず』
「事を起こす前によく調べろということですー。相手はなにができて、できないか。己はそれにどうでるか。たとえば、フェルズ様。あなたの炎魔法に、俺がどんな対策をすると思いますー?」
「対策…だと?」
「…フェルズ様の炎魔法、不死鳥と呼んでもいいですかねー?たしかに俺の魔法とは比べ物にならないくらい高等な魔法のようだ。でもその鳥、なんかだんだん小さくなってませんー?」
「な…に…!?」
フェルズが首を回して確認すると、肩で威を放っていたはずの不死鳥が、火勢を急激に弱め、たよりなく、風前の灯火のように揺らめいている。
「こ…れは…カヒュッ!!」
今度こそ驚愕に目を見開いたフェルズの口から、乾いた呼吸が漏れた。
ぐらりと体はよろめき、フェルズがたまらず片膝を地につける。
炎の不死鳥が完全に消滅した。
TIPS:フェルズがもしイリスの領地を支配した場合、彼が領民の生活を立て直す方策として打つのは、元々の彼の領地への移住政策。ガザ市民をまとめてトランプがアメリカに受け入れるみたいなイメージだ。現実的だな。