地下城塞 7
そろそろ習近平につなげるのもなかなか厳しいものがある。
だってたとえ習近平といえども、毎日活躍してるわけではないから。
オリンピックのフィギュアにでも出てくれれば話は変わるのだが。
苦々しそうに渋面で腕を組んだドンズに、らちが明かないと思ったのは公太郎だけではなかった。
「この街の男たちは皆、『淫魔』に呪をかけられたのさ」
ガレラは黙りこくった夫のに代わり、小さな声で事情を話し出す。
「呪…ですか。どんな…?」
淫魔の呪。穏やかでない言葉に問い返したのは、同じ淫魔でもあるイリスだった。フェルズのようはしゃべり方は、やはりドンズを諫めるためだったのだろう。ガレラに対してはいつもの丁寧な口調に戻っている。
「そうだねぇ…なかなか言いにくいんだけど、平たく言えば『やる気が出なくなる呪』…かねぇ…」
「ガレラッ、余計なこと言うんじゃねぇっ!!」
イライラと貧乏ゆすりをするドンズがガレラに怒鳴る。しかしすっかりやり込められたせいか、先ほどまでの威勢は見る影もない。
「はいはい…わかってるよ。いちいち怒鳴るんじゃないよ。あたしだってこんな娘にする話じゃないと思ってるさ」
ガレラはめんどくさそうに肩をすくめると、それ以上は黙ってしまった。だが呪とやらがわずかでも開示された以上、黙ったとて場が収まるはずもない。
「チッ…めんどくせぇなぁ…」
ぺしんと禿げた頭を叩きながら、ドンズがしぶしぶ口を開き始めた。
「…まぁ…ともかく、だ。ガレラの言った通り、今の俺らには『やる気』ってもんが欠けている。このしみったれて、簡単にへし折れそうな腕を見ろ。ぶっとくたくましい腕っては、ドワーフの男にとって、何よりの誇りで、魂のはずなのによ。それがこんなみずぼらしいザマになっても、俺らはどうにかしようって気力すらわきゃしねぇ」
ドンズは骨と皮だけのほとんど枯れ木のようになった両腕を、自虐とともに「どうだ」とひけらかしてみせる。
────そういえば、あの男も…
その様に公太郎は路地で会った男も同じようなことを言っていたのを思いだした。酒に濁ってはいたが、あの男の寂しげな瞳と、ドンズのそれは正しく被って見える。
「だからよぉ、さっきの…その、なんだ、新しい街ぃ?そらぁ……無理だな。ほんとのとこを言っちまえば、そっちの魔王サマが『淫魔』だろうがなかろうが、関係ぇねぇ。俺らはハナっから受ける『やる気』はねぇのさ。まったく…魔王サマには悪いが、とんだ無駄足だったな、ハッ」
ドンズは顔の横で手をひらひらさせ、「さあ話は終わりだ」というジェスチャーをした。
だがもちろん、ここで終わってしまうつもりなど、公太郎にはない。
「…女子供にする話ではない…とのことですがー、それでしたら、私ひとりであれば事情をうかがえる…ということですかー?」
「あぁん?」
粘る公太郎にドンズが鬱陶しそうに唸る。その顔には「帰れっつってんのがわかんねぇのか、空気の読めねぇヤツだな」とはっきり書いてあるが、公太郎は気づかないふりで無視した。
「私だけがお話を聞くー。問題はない…ですよねー?」
「あのなぁ、あんちゃん。バカなのか?おめぇにだけ話しても、主に筒抜けになるのは目に見えてんだろが」
「それは…まあ…主従の立場上、全く報告しない…というわけにはいきませんけどもー。けれど、このまま何も知らずに終わるのは、魔王様の意に沿いませんー。ですから、私がうかがい、その上でドンズさんたちにとって伏せるべきところは伏せる…これでご納得いただければ、とー」
「…信用できるかよ、そんなこたあ」
公太郎の提案など、話にならんとドンズが首を振る。取り付く島もない…という感じだ。
そりゃあ、彼らからしたらそうだろう。さっき顔を合わせたばかりの者が、ただの口約束を信じろと言う方が無理がある。
────何か、担保が要るな。納得させる、保証が。
だがそんなものがジャストタイミングで見つかれば誰も苦労はしない。それでも考えないわけにはいかず、公太郎が頭を巡らせると、ふいに手が硬い棒状のモノに触れた。妙に手になじむ感覚がする。腰に差したまま忘れていた剣の柄であった。
────勇者の剣…か。
これなら…果たして担保になるだろうか。
手が触れたのは偶然だが、予感…というか天のお告げのような気がして、少し真面目に考えてみる。
なにせかの勇者ナユタと暴凶竜グリモアより受け継いだ剣だ。ネームバリューは間違いないだろう。
しかし。
例えば、「約束を違えたら、この剣をどうぞ差し上げます」…でいけるだろうか?
あるいは剣を抜き放ち、「自分は勇者だ、その誉れ高き勇者の名のもとに誓ってみせる!」…とか大見得を切れば、ドンズは納得するだろうか。
────……しないな。
自問自答の応えは秒で出た。
もし自分がドンズの立場であれば、絶対受け入れないと確信がある。なぜなら、自分自身が勇者の剣をそれほどスゴイ物だと思っていないからだ。抜けば光るという特徴はあるが、はっきり言って、その辺の剣より丈夫でよく切れるくらいの感覚しかない。
誉れ高き勇者の名というフレーズも軽薄すぎる。そういうのは立派に勇者として振舞った者だけが口にしてよいセリフだ。それこそ…1000年前のナユタのように。
何かを担保とする時、その「何か」は当然…価値が無くてはならない。けれども公太郎は、剣も勇者の名も、本来の価値をはっきりと理解し、信じ切れていないのだ。そういった芯の無い、ふわっと浮ついた心は、相手に必ず伝わる。
提示する側が価値をあやふやに思うものを担保としたとて、得られるのはドンズの不審ぐらいだろう。
────困ったな。
地味に訪れた「詰み」の気配に、公太郎は内心焦った。正攻法でいくなら、酒でも持って足しげくドンズの元へ通い、信頼を少しずつ醸成する手もあるが、そんな悠長な時間はあるはずもない。街は冬が訪れる前につくらねばならないのだ。
────…かといって、他に手立ても…思いつかない…
その時。
「必要ありません」
凛としたよく通る声に皆の注目が集まる。イリスだった。
「な、なにが、必要無いんだー?イリス…様ー…」
「報告など、必要ありません」
言いながらイリスはゆっくりと立ち上がると、艶やかなしぐさで肩にかかった髪を一度掻きわける。
「ドンズよ、よく訊け。このハムタロは、わたしが最も信頼する男だ。彼が訊き、考え、判断することは、言わばわたし自身のそれである。なればこそ、わたしは『魔王イリス』の名と、名誉と、その誇りのもと、この件に一切の口を挟まないことを約束しよう」
「…魔王…サマの、名か…」
威風堂々としか形容できないイリスの風格に、さしものドンズも黙るより他がない。
「ハムタロ」
イリスは隣の公太郎へ向き直ると、その場の皆へ言い聞かせるように宣言した。
「あなたに全権を任せます。…いいですね?」
「ハッー…!!」
椅子から立ち、膝をついて、公太郎は微笑むイリスへ頭を下げる。
────な~にが「ハッ」だよ。
思わずやってしまった自分の大げさなふるまいに、公太郎は内心でツッコミを入れた。
────会社でだって「ハッ」とか口にしたこともない。それになんだこの、女王を前にした忠義の騎士のような、芝居がかった体勢は。我ながら、似合わなさすぎて、こっぱずかしいったらありゃしない。
だがそう言いながらも、不思議と悪い気分ではなかった。それどころか、どこかゾクゾクしてくる。これがカリスマを前にした人間の心理というやつだろうか。
────まったく…大したものだよ。ウチの魔王様は。…よぅし。及ばずながら、全力を尽くしてみせようじゃないの。
公太郎は胸に『やる気』の炎がメラメラと燃え上がるのを感じた。
…うまくいくかは、わからないけれど。
TIPS:うまく書けてるかはわからないけど、書いてる方はイリスの王の資質が描けてとても楽しい




